pとfのフェルマータ

囲会多マッキー

第1話 ホルン

 この世には、不幸が多すぎる。だったら少しぐらい幸福を求めたって良いはずだ。誰かを不幸にしても。「自分勝手だ」って? 。でも、そうしないと生きていけない。全員が私を忘れないようにしなければ。


 とある日の公園。子供たちが彼女の周りに集まっている。でも、彼女たちは遊んでいるのではない。何かを確認している。しばらくすると、その子たちに謝罪をしながらバッグにすべて片づける。


 何をしているのだろう。彼女を取り巻いていた子供たちをのぞき込んでみよう。と、俺は少しずつ近づいていく。


 おっと、彼女が歩き始めたぞ。公園を出てから数分後。太陽とは真逆にゆっくりと歩いていた。この先にはだいぶ前に閉校した学校がある。何故、彼女はそこに向かっているのだろうか。敷地内に入ると、彼女はそのまま奥の茂みに歩いていく。


「さて、あと何回でここが壊れちゃうかな」


 そうつぶやいた彼女は、プレハブ小屋の中に入っていく。窓からのぞくと、そこは酷い環境だった。長いこと人の手が入っていないであろうこの小屋。天井の蛍光灯はどこに行ったのだろう。


 周囲は緑に囲まれており、まだ正午だというのに辺りは薄暗い。その中で一体何をしようというのだろうか。奥の方にコケに隠された引き戸が一枚あったようで、そこから不思議な形をした箱を持ってきた。丸が2つくっついたような箱である。


「うわ……カビ臭い」


 中から出た来たのは円形に管が密集し、でっかいスピーカーが付いたような形の変なものであった。一部がさびたのか青銅色になってしまっている。


「これ、本当に吹けるのか?」


「吹けるわよ。安心して」


 全く気が付かなかったが、同じ部屋の中に別の男もいたみたいだ。確かに、この錆び方ではもとに戻すのは不可能だろう。でも、いつの間に彼は入って来ていたのだろうか。


「じゃあ、吹いてみろよ」


 吹く? ということは息を吹き込むのか? 明らかに金属の異臭を放っている物体に口をつけたくないだろう。この男は中々酷なことを言うじゃないか。


「……ちょっと待ってて」


 そう言うと、彼女はいきなりバラし始めた。元の形に戻ったのは日が暮れた頃。物体は真鍮の綺麗な琥珀色になっていた。


「今吹くから。そんな目で見ないでよ」


 彼女は、小さな漏斗のような形をしたものを先程の物体にくっつけた。その漏斗に息を吹き込む。しかし、出てくる音は「プシュー」といった空気の抜けた音だけ。今までの時間を返してほしい。


「まったく。ほら、貸してみろ」


 彼女は男に手渡すと、すぐに口をそれにつけた。何の抵抗もなく。ここまで抵抗がないと、下心丸出しの俺は恥ずかしくなった。間接キスだが、とても綺麗な音色。でも力強くて、なんとも言えない迫力がある。


「ほんとに久しぶりね」


「あぁ。ここを卒業した以来か」


「うん。久々にしゅんの音を聞けて良かった」


「そういえば、ホルン以外は直さないのか?」


「え? あ、うん。とりあえずここのホルンを直すまでは……ね」


 この楽器はホルンというらしい。でも、彼女は何故そこまでホルンにこだわるのか。他にも楽器があるなら、いろんな楽器をやればいいのに。彼女がホルン以外を修理しないのには訳があったのである。

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pとfのフェルマータ 囲会多マッキー @makky20030217

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