29.街の人々

「では、ノーマンさんと冬樹さんのお二人はギルドカードの提出をお願いします。」


 ギルドに着くと、さっそくパメラさんにいつもの窓口で依頼完了の処理をしてもらう。

 高ランク冒険者がおらず相変わらず閑散としている冒険者ギルド内部ではあるが、それでも下位ランクの冒険者や職員が盛大な拍手で出迎えてくれた。


 街中とは違い、冒険者を始めたばっかりである俺が参加し、しかも倒したということで嫉妬の目もあるが、それも前に比べればごくわずかだ。

 俺が古代遺跡で強力な乗り物の遺物を手に入れたことは伝わっているし、大方それのおかげだと思われているのだろう。

 確かに間違えないではないが、努力をしていない訳ではないことだけは強調しておきたいものだ。


「シャーロット様、達成報酬はいかがされますか?」

「わたくしは受け取らないことにしていますわ。」


 これは我々が意地悪をしているわけでは当然なく、シャーロットは助っ人として騎士団から参加しただけで、依頼を受けたわけではないということが関係している。

 そのため、ワイバーンの買取料金に関しては3等分となるが、依頼の達成報酬は2等分となるのだ。

 このような場合は当人同士の話し合いで決めるらしく、俺としては3等分しても良かったのだが、シャーロットから騎士団の方で特別手当があるからと事前に断りを入れられている。


「ギルドカードを見ると、ノーマンさんがアシスト2、冬樹さんが討伐1、アシスト1となっていますね。」

「あれ?一応、2体とも止めを刺したのは俺ですけど、どういう基準なのですか?」

「う~ん、はっきりとしたことは申し上げられないのですが、総合的な貢献度が最も高かったものが討伐となっているようです。」


 なるほど。確かにそのようにしないと、最後の一撃だけを特定のものにやらせ、討伐を記録させるという不正が可能になってしまうのだろうか。

 色々考えられているとは思うが、俺とシャーロットで討伐1体ずつということは、与えたダメージ量が重視されているようで、そう考えると盾職は相当な不利であるような気がする。

 今回のワイバーンとの戦いで一番活躍したのは、間違いなくノーマンさんだ。


「心配するな、冬樹。パーティーには役割というものがある。討伐という側面で見ると分からないが、意外と公平になっているものだ。」


 不満げな表情を続ける俺を見て、ノーマンさんには何を考えているか勘付かれたのだろう。

 大きな手を俺の頭に置いて、落ち着いた声でノーマンさんがそう言った。


 表情を読まれてしまったのと、頭に手を置かれ子ども扱いされた気がして、少し恥ずかしくなったが、頭に手を置かれるのは意外と悪くないものだった上に、本人が何とも思っていないのなら余計な口を挟むまいと、それ以上は特に何かを言うことなく納得することにした。


「これで依頼完了の手続きは終わりました。達成報酬は金貨9枚となります。」

「金貨9枚か。通常より高くなっているようだな。」

「依頼受注時には、ワイバーン1体とお伝えしておりましたので。お詫びの意味も込めて、少しだけ上乗せしております。」


 しばらくしてパメラさんから報酬の金貨とともにギルドカードが返却される。

 報酬については、気を遣ってもらったのか、2等分できるように、金貨9枚ではなく、金貨8枚と銀貨100枚で渡された。


 しかし気を遣ってもらったところ申し訳ないが、俺としてはこのまま2等分するのではなく、ノーマンさんがワイバーンとの戦いに備えて購入したポーション等の費用もしっかり分割したいと思っているので、実質手元に入るのは金貨4枚ほどだろう。

 宿代、その他諸費用のことを考えると、どれほど残るのか。やはり冒険者は、難しい職業である。


「解体しているワイバーンは、どうなさいますか?」

「1体はこのギルドで買い取ってもらい、もう1体は王都に持っていってオークションにかけたい。冬樹とシャーロットもそれでいいか。」


 ノーマンさんの問いかけに、俺は頷き、シャーロットは「お任せしますわ。」と返事をする。


「では、そうしよう。ついでに王都への運搬とオークションの仲介の依頼を出したいのだが。」

「承知致しました。では解体が終わったら手続きを致します。明日、またギルドにお越しください。」


 これでギルドへの用事も終わりだ。一旦宿へと戻るのだろうと思い入り口の方を振り向くと、ギルドの中も外も妙に人が多くなっていることに気付く。

 ノーマンさんがなかなか動かないため声をかけようとすると、やっとのことで体の向きを変えたかと思うと、歩き始めるのではなく、大きく息を吸い込んだ。


「さぁ、お前ら!今日は俺のおごりだ!皆、飲め、食え、騒げぇぇえ!」


 普段の落ち着いた声とは程遠い野太い大声でノーマンさんが呼びかけると、ギルド内部含め、周辺に大歓声が鳴り響いた。


 ただただ圧倒される俺。

 一方で、シャーロットもパメラさんも予期していたのだろう。耳をふさぎつつ、こちらを見て微笑を浮かべている。


 当の大歓声の原因ともいえるノーマンさんはというと、慣れないことはするもんじゃないな、と小さな声で呟きながら、喉をさすっている。

 大方、強い魔物を倒した後の恒例行事なのだろうか。

 ノーマンさんの様子を見るに、掛け声の方は普段はパーティーのリーダーであるエレナの役割なのだろう。


 ということで、俺たちは休む間もなく、ギルドの俺たちが泊まる宿とは反対側にあるギルド直営の店へと行くことになった。

 どうやら主役が不在という訳には行かないらしい。



 ---



 その後、始まって2時間ほど経っただろうか。


 初めの方は突然現れた謎の冒険者ということで、遺物ということになっている愛車を含め、話題の中心は俺にあり、色々と質問攻めにあったが、前にレッドディストラクションの面々にも話した事情を説明すると、深く突っ込まない方がいいと思われたのか、話の話題はすぐにワイバーンとの戦いに移った。


 大人数であるため、ノーマンさんはあまり話したくないらしく、俺が話を進め、シャーロットが補足するという形で、出来るだけ忠実に、しかしドラマチックにワイバーンとの戦いを語った。

 予想以上に受けが良く、なかなか盛り上がったものだ。



 そして今。


 すでにシャーロットは屋敷へと戻り、俺とノーマンさんは店の中心の喧騒から離れ、店の端の方で軽く飲みながら話を続けている。


 皆浮かれて急ペースで酒を入れたこともあってか、所々で潰れている人もいる。

 店で騒ぎ続ける面々は俺たちが移動していることに気付きさえしていないようだ。

 最近のこの街は、暗い話題ばかりだったからストレスを開放する場も少なかったのだろう。


 そんな街の人々を見ながら、ノーマンさんが話しかけてきた。


「戦いの後は厳しいことを言ったが、冬樹のことは本当に頼りに思っている。」

「そんな・・・。ノーマンさんにそう言ってもらえて嬉しいです。」

「お世辞などではないぞ、冬樹。警戒していた毒を喰らわず、危なげなく戦うことができたのは、冬樹のおかげでもある。正式なパーティーメンバーに推薦したいと思うぐらいには、信頼しているのだがな。」


 最初はノーマンさんの言う通りお世辞も含まれていると思ったが、その後の言葉に本心で言ってもらえたのだと分かり、素直に嬉しいと感じる。

 気が利いた一言でも返すことができればいいのだが、恥ずかしさで、つい話題を変えてしまう。


「そういえばノーマンさん。怪我の調子は大丈夫なんですか?」

「あぁ、思っていたより治りが早い。本調子とまではいかないが、この調子だと、パーティーに戻っても迷惑をかけることなく戦うことができるだろう。」


 ここ数日のノーマンさんの戦いを見ていると、怪我をしているなんて思えないのだが、そういうことなら、数日間見てきた彼の強さも、ある程度は納得だ。


 しばらく沈黙が続き、騒ぎを続ける街の人々を眺める。


「この街はどうだ、冬樹。」

「皆、良い人たちだと思います。余所者の自分でも受け入れてもらえたような気がして。」

「そうだな。もちろん冒険者として、この街の守りに貢献する責任はあるが、それは義務感ではなく、そうしたいと思わせるものが、この街にはある。」


 ノーマンさんの言う通りだ。

 初めて街の人々と本格的に話をしたのだが、心配していたような嫉妬のような言葉は一切掛けられず、嫉妬というよりも羨ましいという単純な感情が存在するのみであるようだった。

 日本での交友関係が狭く、人との関わりが少なかった俺としては、他人と関わることへの不安は大きかったが、今その不安はほぼないと言ってもよい。


 もちろん、ノーマンさんを始めとするレッドディストラクションやシャーロット、パメラさんの影響も大きいのだろうが、この街、アンヴァルの住民の人柄が良いということなのだろう。



「さぁ、皆明日もあるだろうし、そろそろ一旦お開きにするか。」


 そう言ってノーマンさんが立ち上がった瞬間だった。

 店の扉が激しく開かれ、全員の視線が扉へと集中する。


 扉を開けたのは、ギルド職員である、パメラさん。

 焦った表情、額に浮かぶ汗。


 そのパメラさんから発せられた言葉を聞いて、所々からガタッと立ち上がる音がし、眠りに入りかけていたものも飛び起きた。


「ちょうど先ほど、エレナさんから早馬で連絡がありました。作戦は失敗した。死傷者は多数いる、と。」


 パメラさんの言葉を聞いて混乱したのは、俺だけではないだろう。



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