28.解体作業
汗を落とし身を清めシャワーブースから出ると、ノーマンさんが衛兵への報告から帰ってきていた。
「ノーマンさん、どうでしたか?」
「衛兵には上手く伝わっただろう。だが、やはりエレナたちはまだ帰還もしていないし、特に報告も来ていないとのことだ。もちろんワイバーンの討伐には大喜びだったが。」
ノーマンさんの言葉を聞いて窓から門の方を覗いてみると、先ほどとは打って変わって人の出入りが激しくなっていた。
衛兵だけではなく商人の数も増え、これから出発するのであろう馬車が10台以上見える。
「すごいですね・・・。」
「ここまで商人の馬車が門の前に揃うことは珍しい。まぁ、それだけワイバーンは脅威として捉えられて、街にとどまっていた商人が大勢いたということだ。」
そう言い残してノーマンさんもシャワーへと向かった。
意外にも、すでにノーマンさんは愛車のシャワーの虜であり、使用頻度は一番高く、彼からは常にボディーソープの香りがしているほどだ。
「報告から数分しか経っていないのに、すぐに出発できる商人もすごいですわ。」
「そう言われれば、確かにそうだな。」
さすがというか、シャーロットは着眼点が違う。
おそらくいつでも出発できるように準備を整えていたのだろうが、商人としての根性はたくましいものだ。
「シャーロットは、そういう勉強もしてきたのか?」
「そうですね。一通りは学びましたわ。貴族の娘としては珍しいことではあるのですけども。」
シャーロットに最初に会ったときに、クリスがチラッと言っていたことではあるが、兄弟の中で一番年齢が高い長女は例外として、この国では普通、貴族令嬢は内政には関わらず、ほとんどは政略結婚、それが嫌ならば軍の道に進むらしい。
そのため、一般常識を学習した後は、将来を見据えて、礼儀作法を学んでいくか、体を鍛え兵法を学んでいくかを選択するのが一般的であるようだ。
だが、バーナード様の方針は違う。
以前のクリスの話と総合すると、バーナード様は将来の選択肢を狭めないために、男女関係なく、礼儀作法、兵法、経済など様々なことを学ばせ、その上社会経験として騎士団に在籍させたのちに、冒険者として実際に世間を経験させる。
まさに英才教育という感じで大変そうだが、シャーロットに聞くとむしろ充実していて良いらしい。
まぁ、もともと才能があるからこなせているのだろうとは思うが。
「シャーロットは将来何をするか決めているのか?」
「いいえ、まだですわ。ただ、貴族の方と結婚してそのまま何もせずに終わるのだけは嫌だと思っていますの。」
むしろそれで幸せと思う女性も多いのかもしれないが、シャーロットの場合は行動力もやる気もあるように感じられる。
今日一日、一緒に戦ってみて単なる強さだけではなくて、年下にもかかわらず頼もしさも感じられるほどだった。もちろん、貴族令嬢としての上品さは戦闘の際も含めて、常に兼ね備えている。
この作戦が終わったらクリスと入れ替わりで冒険者に挑むようだし、次第に彼女自身の方向性も決まっていくことだろう。
レッドディストラクションに加入するかどうかは分からないが、仮に加入しなくとも、彼女の実力であれば、すぐに活躍できることは間違いないし、生きて行くには困らない以上の、ある程度の稼ぎも得ることができるはずだ。
「ということで、ここからの数年はわたくしの人生において、とても重要なのです。」
「なるほど。本当に色々考えているんだな。」
俺はアンヴァルという狭い世界の事情を少し知っているのみなので、どの職業が、どの階級がなどのことは全く分かっていない。
流されるままに冒険者を始めているが、シャーロットの話を聞いていると、俺自身もこの世界での将来のことを考えて生きて行かねばならないとも思う。
現時点で普通に考えれば、冒険者を続けていくことのメリットは薄いように感じる。
年齢的に体力等の問題で限界があるのはもちろん、怪我で引退する可能性も考えられるし、引退後も悠々自適に暮らせるほどの貯金を作っていくことは難しそうだからだ。
その辺の事情については全く聞いたこともないので、単純に俺が知らないだけなのかもしれないが。
女神に聞きたいことがどんどん増えている。別れ際には定期的に連絡を取ると言っていたが、今のところ全く音沙汰がない。
とは言え、こちらから連絡する手段がないので待つしかないのも事実。俺が次元の狭間にいることに気付いたのも数百年経ってからということだったし、時間の感覚が人間と違うとかだったら数年間現れないということも覚悟しておく必要があるのだ。
コンコンッ
そんな話をアイやシャーロットとしていると、愛車のドアをノックする音が聞こえた。
2回ノックはトイレだったっけ、などと日本で散々うるさく言われたことを何となく思い出す。
アイは接近に気付いていたようだが、危険性はないと判断して知らせなかったようなので不安はない。
窓から外を覗いてみると、アイの判断通り危険性のある人物ではなく、いつも通りの格好をしたパメラさんを先頭に、冒険者ギルドの職員らしい数名が軽装で待機していた。
いきなりのノックではあったが、知り合いだったため急ぎドアを開ける。
「シャーロット様、冬樹さん、この度はワイバーンの討伐ありがとうございました。」
ドアを開けると、満面の笑みを浮かべたパメラさんが挨拶をしてきた。
「いえいえ。それで、パメラさん、こんなに大勢引き連れてどうしたんですか?」
「ノーマンさんからの依頼です。ワイバーンの解体がまだ終わっていないということで。あの大きさの魔物を街の中で取り出すことは出来ませんので、ここでやってしまおうと。この方たちは、ギルドで解体を担当しているものです。」
なるほど。
パメラさんの後ろにいる数人の顔をよく見てみると、確かに初心者講習会の時などに解体所で見かけた顔であった。
「ワイバーン2体のうち1体は、わたくしのアイテムバッグにしまってあります。すぐに外で取り出しましょう。」
「ありがとうございます。・・・ところで2体とはどういうことですか!?」
リビングで話を聞いていたシャーロットが会話に加わる。
ノーマンさんは、途中で1体加わり2体を相手したことを言ってないのだろうか。
「おぉ、パメラ。随分早かったな。」
「ノーマンさん、衛兵に2体倒したことは話しましたか?」
「あぁ。そう言われれば話していなかったな。パメラ、実は途中で1体現れて、結局2体討伐したのだ。」
驚く顔を見せるギルド職員たちに、ノーマンさんが詳しく経緯を説明していく。
長くなりそうだったため、ワイバーンを持っておらず必要のない俺は、あとを2人に任せてリビングに戻ることにした。
「パメラさん、だいぶ焦っていたようだったけど。」
『そうですね。事前情報で1体だったものが実は2体だったとなると、冒険者ギルドの信用問題につながりますからね。今回に関しては、予測できないことだったので問題はないと思いますが。』
ワイバーン2体と言った瞬間から、パメラさんを含めたギルド職員たちの額には大粒の汗が浮かび、顔色も悪くなったから気になったのだが、そういうことだったのか。
「実は数が多かったなんてこと、結構ありそうな気がするけどな。」
『下位ランクの依頼だと、下調べもろくにしないとのことですから、数が正しいことの方が珍しいでしょうね。しかし、上位ランクの依頼は下調べをギルドが依頼として行い、事前情報として討伐依頼を受けるパーティーに数や場所、サイズ等の報告を行います。というわけで責任の所在がギルドに、ということになるのです。』
確かにゴブリン1体と、ワイバーン1体では重みが全く違うのも分かる。
今回は高ランクの冒険者が街に居ない特殊な状況で、恐らくギルドとしても十分な事前調査が出来ていなかったのではないだろうか。それもあって余計に焦っていたのかもしれないと思う。
ただ、下調べの依頼を出しているなら依頼を受けたパーティーに責任があるとなりそうだが、アイの話によるとギルドが責任を負うのだという。
個人の失敗による責任も、会社が背負うというということなのだろう。
日本で見聞きしたことから考えても、冒険者ギルドは成熟した立派な組織に感じられる。
何となく窓の外を見てみると、取り出されたワイバーン2体の解体が進められていた。
さすが解体の本職。俺とは比べるまでもないが、ノーマンさんやシャーロットと比べても相当手際が良く、スピードも速い。
この調子だと、巨大なワイバーン2体ではあるが、そう時間もかからないうちに解体を終えるだろう。
「冬樹様、パメラ様とのお話が終わりました。後は任せてもよいとのことで、ノーマン様が用がなければアンヴァルに向かいましょうと。」
「あぁ、分かった。特に用もないから、準備して向かおう。」
シャーロットが車に戻って数分後、ノーマンさんも車に戻り、3人で準備を進める。
準備とは言っても、持ち物を整え、アイテムバッグに整理するだけの作業だ。
準備を終え、装備を完全に外し普段着に戻った我々が外に出ると、ドアのすぐ外にパメラさんが待機していた。
愛車に入って待ってくれたらよかったのにと一瞬思ったが、よくよく考えれば俺の承認なしでは車の中に立ち入ることは出来ないのだ。
これは申し訳ないことをしたと思ったが、パメラさんは特に気にしていないようだ。
むしろ安心したような表情を浮かべているところを見るに、無事にノーマンさんとシャーロットとの話を終え、安堵しているということだろうか。
「では、一緒に参りましょう、お疲れとは思いますが、まずは冒険者ギルドにお願いします。」
俺は愛車を車庫にしまい、最後尾をついていく。
後方では依然、解体作業が続けられている。
少し歩き、門に到着すると、衛兵や出発目前の商人たちから拍手で迎えられる。
視線を集め恥ずかしさも感じるが、悪い気はしない。
数日しか滞在していない街ではあるが、馴染みも覚え、帰ってきたと安心感を感じるようになった。
門を抜け、街に入ってからも、通りすがる街の住民に感謝の言葉をかけられる。
ノーマンさんや騎士団所属のシャーロットは、このような経験を何度もしているのだろう、慣れた感じで返事をしたり手を上げたりしている。
俺も見よう見まねで感謝の言葉に答えるが、どうにも不自然な気がして、恥ずかしさが全く消えない。
『マスター、良い光景ですね。』
「あぁ、アイ。もちろん、お前もこの一員だ。」
アイが上ずった声で話しかけてくる。
俺自身、人からここまで感謝されるというのは、初めての経験だ。
恥ずかしさを感じつつも、冒険者のやりがいと、とてつもない達成感を感じる最高の瞬間だった。
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