26.ワイバーン③
追撃を受けることもなく、2人とも無事に車に戻ってくることができた。
体当たりを一発もらったシャーロットは、すでに範囲回復の効果で回復しており、骨などの内側にはダメージがなさそうということで一安心だ。
「なぜ、もう一体怪我をしたワイバーンが現れたのかは気になるが、今はどう倒すかを考えよう。」
外では新たに現れたワイバーンが、この車への体当たりを繰り返しており、定期的に揺れが襲ってくる。
すでに愛車にダメージがないことは確認済みだが、良い気持ちはしないのも事実だ。
しかし、ノーマンさんの言葉とは裏腹に、俺を含めた3人の表情に焦りは見えない。
攻撃をもらい、予想外のことが起きたため車に戻ったが、すでに1体はろくに動けない状態だ。
さらに新たに現れた1体は怪我をしていて、無理をして飛んでいるような状態だった。
作戦も何も、基本的には体当たりを仕掛けている、まだ元気なワイバーンを相手にすればいいのだが、厄介なのは最後の力を振り絞って瀕死のワイバーンが襲い掛かってくることだ。
見る限りでは、立っているのがやっとという感じではあるので、襲ってくることは考えづらいのだが、油断をすることは出来ない。
「これまで通りの戦い方をすれば、いずれは確実に勝てると思いますわ。」
「俺もそう思います。ただ動けずじっとしているワイバーンを先に倒すのか後に倒すのかということですね。」
3人とも色々なパターンを頭に巡らせ、考えてみる。
『マスター、シャーロットさん、ノーマンさん、見てください!』
突然のアイの声に窓の外を見てみると、体当たりを続けていたワイバーンが、瀕死の方に近づき、守るようにしてこちらを見ながら威嚇を始めている。
「もしかすると、つがいなのかもな。」
そう言うノーマンさんの言葉に少し心が痛む。だが、これでやりやすくなったのも事実。
俺が最初に大森林でレッドディストラクションに会った時のことを思い出してほしい。
怪我した3人を2人が守りながら戦う。格下であるウルフを相手にしながら、負傷した3人を気にして、なかなか攻撃を繰り出せずにいた。
後ろにいる怪我の酷いワイバーンを守ろうとしているこの状況でも、同じことが言えるだろう。
「こうなるとまずは守って前に出ているワイバーンを倒すしかないな。」
飛べないのであれば、愛車でぶつかって倒せばいいと思うかもしれないが、これまでの戦いでところどころ地面がえぐられ凸凹しており、特に今ワイバーンが居るところは酷く、慎重に移動しないと横転してしまいそうなのだ。
もちろん勢いよくぶつからないと攻撃したと判定されずダメージを与えることが出来ない。
「戦っているところから車で10メートル以内に近づけないのであれば、正直冬樹には車を車庫にしまって、一緒に戦ってもらいたいのだが・・・。」
ノーマンさんがうかがうような感じで、俺に言う。
いくらAランクのノーマンさんとはいえ、少人数及び生身で戦うのは楽ではないということだろう。
それに、それだけ愛車のステータスアップや常時回復の効果が大きいということだ。
戦闘支援や範囲回復の効果が届かないのであれば、ノーマンさんやシャーロットが離れたすきを狙い続けていた魔導砲での攻撃も限界を感じてきていたところではあるので、彼の言うことももっともだというのも分かる。
とはいえ、手負いではあるワイバーンも今の俺からしたら格上であることは明らかで、いくら回復があるとはいえ攻撃を喰らうのは危ないというのも事実だ。
あとは、俺が2人を信じることが出来るかどうか、それにかかっている。
もし毒を喰らってしまったら、もし攻撃が全く通らなかったら、もし挟撃されたら、もし飛ばれてしまったら・・・
数秒の間、様々な考えが頭の中を行き交う。
「・・・2人を頼りにしていますよ。」
「もちろんだ、冬樹。攻撃は俺が全て受け止める。」
ニッコリと頷いてノーマンさんが言い、その言葉を聞いてシャーロットもしきりに頷いている。
もしを考えても仕方がない。今できる最善を尽くし、仲間を信頼するのみだ。
そう決心をした俺は、アイテムバッグにしまっていた鎧を身にまとい、新しく購入したばかりの剣を腰につける。
『マスター、どうか無事で。無理はせずに戦ってきてください。』
「あぁ。分かってる。」
気合を入れるために両頬を強く叩く。
準備運動もさながらで、剣も初めて使うものではあるが、やれることをやるしかない。
「よし、冬樹の準備もできたようだし行くとしよう。俺が一番前で攻撃を防ぎ、冬樹が前衛として剣で攻撃、シャーロットは遊撃として場合によっては魔法による攻撃も織り交ぜてくれ。」
「ノーマン様、分かりました。」
3人ともフル装備で、いよいよ車を飛び出す。
俺は、少し遠くから相変わらず守りながらの威嚇を続けるワイバーンを尻目に、車庫を発動し愛車を端末化した。
「さぁ、行くぞっ!」
端末化の光が収まり端末をポケットにしまうと、ノーマンさんの掛け声を合図に、ノーマンさんを先頭としてワイバーンに向かって走り出す。
やはり守るワイバーンには、自分から積極的に動こうという気配がない。
《フレイム・アロー》
後ろからシャーロットの詠唱する声が聞こえ、幾多の炎の矢がワイバーンに向かって飛んで行く。
(これが魔法かっ!)
驚くべきことに魔法を見るのはこれが初めてであり、戦いの最中であるにも関わらず感動を覚えるが、すぐに切り替える。
ワイバーンに着地した瞬間に小爆発した炎の矢は、多少のダメージを与えることに成功したように見える。
次の瞬間には先頭のノーマンさんはワイバーンの目の前に到達しており、小爆発から態勢を整えて攻撃しようとしていたワイバーンに盾で一撃を加える。
これで完全にワイバーンのターゲットはノーマンさんとなった。
ワイバーンは立て続けに前足、尾、頭突きなどの攻撃を繰り出すが、ノーマンさんは難なく受け流す。
俺も決心して、新しい剣を急いで抜き、攻撃を弾かれて態勢を立て直そうとしているワイバーンの胴体に全力で一撃を加え、すぐに離脱する。
そこからはこれの繰り返しだ。
ノーマンさんの盾職は非常に安定しており、攻撃がこちらに向きそうになると、俺の前に現れ身代わりとなる。
シャーロットは、魔法での攻撃を軸に、隙が大きくなったと思ったら俺と一緒に剣で攻撃する。
(俺の攻撃も通用している!)
シャーロットが加わったことで、攻撃の手数も手段も増えていて、安定感が昨日までとは段違いだ。
パーティーを組むことが、いかに大事なのかを痛感する。
たまに瀕死のワイバーンにも目を向けるが、幸いなことに動く気配は全くない。
もし動いたとしても、アイがすぐに知らせてくれるだろう。
俺たちは4人で戦っているのだ。
同じようなパターンで攻撃を続けるが、予想通り飛ぶこともなく、瀕死のワイバーンから離れようとせず、攻撃よりも防御に熱心なため、時間はかかっているが、確実に相手の体力を減らせていることを実感する。
《ファイアストーム》
動きが鈍くなったワイバーンに、シャーロットの放った渾身の魔法である炎の竜巻が直撃し、ワイバーンが崩れ落ちた。
「今だ、冬樹。行け!」
俺は魔法が直撃した瞬間に走り出していて、ノーマンさんの言葉によって更に加速する。
崩れ落ちたワイバーンは急所である首も、がら空きだ。
(もらった!)
全力で走り寄り、勢いそのまま渾身の一振りをワイバーンの首元へと叩き込む。
深く突き刺さった剣には、確かな手応えがあった。
[ワイバーンを倒しました。大内冬樹のレベルが2アップし、スキルポイントを2獲得しました。レベル10到達のボーナスとして、スキルポイントを5獲得しました。『愛車』のレベルが1アップし、スキルポイントを1獲得しました。]
(倒すことができた!)
例の声が聞こえ、レベルアップが告げられる。
ボーナスもレベルアップも気になるところであるが、ワイバーンはもう一体残っている。
そちらに目を向けると、すでにノーマンさんは走り向かっていて、シャーロットも離れたところからの魔法攻撃を繰り出していた。
俺も後れを取らないよう、急いで向かう。
格上のワイバーンを倒せたことで、確実に興奮している自分がおり、全身の細胞が活発化しているような感覚を覚える。
怪我をしていた、オークの方が苦労した、ではない。この場合、自分の攻撃が通用し実際に倒せたということが重要なのだ。
(今ならできそうな気がする!)
瀕死のワイバーンに近づき、今まで発動を完了させることができていなかった剣技を発動する。
《ソードラッシュ!》
一撃目が魔法攻撃を喰らい横たわるワイバーンの首に命中する。
ワイバーンの眼光は未だ鋭く、闘争心は失っていないようだ。
いつものように高速で腕が動き出し、やはり持っていかれそうになるが、意識を集中して我慢する。
二撃目、三撃目、四撃目・・・
我慢を続け、次々と剣で切り刻んでいく。
ワイバーンも最後の力を振り絞り、避けるために身をよじろうとするが、俺もその動きに合わせて攻撃を続ける。
十秒にも及ぶ時間の間、高速で剣を振り、最後の一撃として全力で剣を振り下ろした。
(成功した!だが・・・!)
小説やアニメのように、これで倒しきることはできなかった。
しかし、すぐにシャーロットがカバーに入り、続けざまに今度は彼女が剣技を発動した。
急所を立て続けに攻撃され、ついにもう一体のワイバーンも息絶える。
[ワイバーンを倒しました。大内冬樹のレベルが1アップし、スキルポイントを1獲得しました。『愛車』のレベルが2アップし、スキルポイントを2獲得しました。レベル10到達のボーナスとして、スキルポイントを5獲得し、戦闘支援のレベルが1アップしました。]
ワイバーンを倒し終えたことで、3人に張り詰めていた緊張が一気に解ける。
「やりましたね、冬樹様、ノーマン様!」
「あぁ、やったな。」
色々な感情が溢れ言葉が出てこない俺は、何とか2人のハイタッチに笑顔で応える。
『お疲れ様です、マスター。』
「・・・3人とも、ありがとうございます。本当にお疲れ様でした。」
言葉を振り絞り、感謝の言葉を述べる。
こうして初めてのボス戦といえる戦いが終わったのだった。
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