24.ワイバーン①

 剣を新調した後は宿屋へと帰り、ノーマンさんと夕食をとってから部屋に戻った。

 明日の作戦については、シャーロット様と合流した後に愛車で話し合うことに決まった。


『大変なことになりましたね、マスター。』

「そうだな・・・。アンヴァルに来てまだ数日だけど、まさかこんなことになるとは予想もしてなかったよ。」


 流れに身を任せてここまで来たが、女神がこの場所に導いたようなものだし、大森林のゴブリンもワイバーンも偶然ではないのかもしれないと疑ってしまう。

 女神が大森林の事情を知らなかったとは考えづらいので、その辺りのことは次会った時に必ず確認しないといけないだろう。


『マスター、ワイバーンに関する知識を共有しておきますね。ワイバーンは、一言で言うならドラゴンもどきです。翼竜といった表現もされますね。眼光が鋭く、威圧感もこれまでの魔物とは比較にならないでしょう。ドラゴンとは違いブレスによる攻撃は行いませんが、尾にあるとげには毒があります。とにかく、尾による攻撃だけは何としてでも避ける必要がありますね。』

「愛車の範囲回復では解毒は出来ないのかな?」

『レベル1では、恐らくできないでしょう。ノーマンさんが解毒薬を入手しているとは思いますが、戦いの最中だと使うのも一苦労です。』


 ワイバーンの毒は神経毒のようで、喰らってしまうと急速に麻痺してしまうらしい。

 アイもあえて言うことはなかったが、爪は鋭く攻撃力が高く、鱗は固く防御力が高く、スピードも速く飛ぶことが出来るのも、当然警戒するべきことだ。


『明日の役割を考えてみると、我々は後衛として魔導砲で攻撃することが主になるでしょう。』

「一応剣は買ったものの出番がない方が良さそうということだな。」

『そうですね。ワイバーンが飛べる状態なら魔導砲は当たりづらいでしょうが、これまでの戦いらかして、魔導砲のダメージは固定ですね。そこがメリットでしょう。』


 アイが言ったのは、どんなに防御力が高い相手にも確実に一発当たり40ダメージを与えることが出来るということだ。

 相手が固ければ固いほど、ダメージを与えるのは難しくなるので、強い相手と戦うときには大きなメリットとなる。

 何発当てればいいのか、という話はとりあえず置いておいた上でのものではあるけどね。


 ノーマンさんと一緒に依頼を受け始めてから、より一層考えることの大切さを学んでいる。

 接敵してから作戦を考えるなどもってのほかで、どんな簡単な依頼でも命がかかっているのならば、事前に立ち回りを考え、頭の中ではシミュレーションを繰り返し、必要なことは共有。可能であれば下見も十分にするのが良い。


『今回はオーク集落の時のような下見は難しいのでしょうね。』

「そうだな。怪我をしているなら、気配にも敏感になっているだろうから、見える距離まで近付けば見つかってしまうだろう。」


 愛車の防御力が破られるとは思えないので、車の中で待機し作戦会議をすることもできなくはないが、ノーマンさんとシャーロット様が車から飛び出すタイミングのことも考えると、リスクも高く難しそうだ。

 ということは、基本的には今持っている情報だけで明日挑まなければならないのだ。


 ノーマンさんがパメラさんからワイバーンの情報を聞き出そうとはしていたが、ギルドも発見した冒険者からの情報しか持っていないらしく、サイズはワイバーンとしては一般的な体長5メートルほど、羽は怪我、平原の見通しが良い場所にいて遠くから気付けたが襲ってはこなかった、といことしか分からなかった。

 そもそも調査する高ランクの冒険者が不足しているので、情報が少ないことは仕方がないことと言える。


 ノーマンさんが言うには、シャーロット様は魔法も剣も行けるオールラウンダータイプとのことで、それを元にシミュレートを繰り返す。


 ・・・意外だが、負けるビジョンはあまり思い浮かばないな。


 そもそもこの数日の戦いと違うのは、愛車の存在だ。

 端末の時にもスキル自体の効果はあったが、車庫にしまわないことで中に入って休憩したり、回復したりすることができるし、アイは戦いの最中に解毒薬を使うのは難しいといったが、車の中に入ることさえできれば、安全に解毒薬を使うことが出来る。


 ノーマンさんはもちろん、その彼が信用するシャーロット様の強さに加え愛車。

 きっと大丈夫だろう。


 そんなことを考えているうちに、次第に眠気が襲ってきて、明日のことを思い浮かべながら目を閉じた。



 ---



 朝になった。

 しっかりと寝ることは出来たが、勝負の日という感じがして、いつもより早い時間に自然と目が覚めた。


 さすがに今から緊張しているわけではないが、少しだけソワソワはするものだ。

 頭をすっきりさせるためにも井戸に行って顔を洗うことにした。


 一階に降りると、冒険者は誰もおらず、奥で朝食を準備する人が見え隠れしているだけだった。

 高ランクの冒険者が利用する宿とあって、ほとんどの高ランク冒険者が作戦に行っている現在は、我々しか泊まっていないのではないかというぐらいに人を見かけない。


「おはようございます、冬樹さん。今日はお早いですね。」

「おはようございます。井戸で顔を洗ってきますね。」

「どうぞ。行ってらっしゃいませ。」


 何度か話し名前を覚えてもらった受付の女性とあいさつを交わす。


 外に出ると、晴れてはいるが寒い。冬になりつつあると思ったのもやはり気のせいではないだろう。


 井戸に辿り着いても、予想通りというか人はいなかった。

 紐でつるされたバケツで水を汲み、手ですくう。


「ヒャッ。」

『マスター、なんて声を出すんですか。』


 あまりもの水の冷たさに情けない声が出てしまい、アイに突っ込みを入れられる。

 井戸水は年中温度が変わらないと聞いたことがあるので、むしろ冬だと温かく感じ、この時期が一番つらいのかもしれない。


 この冷たい水で顔を洗うと思うとゾクッとするが、目的を達成せずに戻るのも何か悔しいので、冷たさに耐えながら顔を洗う。


「・・・拭くものが何もない。」

『部屋に忘れてきたのですね。マスター、何か今日は調子が悪いんじゃないですか?』

「そんな不吉なことを言わないでくれよ。運をためているんだろう、きっと。」


 結局、着ていた服で水分をふき取るという、最悪な手段をとることになってしまった。

 その後もノーマンさんと朝食を食べているときなどにも、普段なら絶対にやらないであろう、ちょっとしたミスを繰り返した。


 さっきの運というのは冗談だが、緊張していないとはいえ、自分が普通ではない状態だというのはさすがに分かり、ノーマンさんにも気付かれる。


「冬樹、緊張しているのか?」

「いや、緊張はしていないんですけど。・・・どこかこう、いつもと違う感じで。」

「心配せずとも、それが普通だ。ケロッと普通にしてた方が俺としては心配だよ。」


 そう笑って励まされる。ノーマンさんも最初はこんな感じだったのだろうか。


 朝食を終え自室に戻ると、いつもより念入りに忘れ物がないかをチェックして準備をし、ギルドへと向かう。

 依頼は昨日受けているのだが、シャーロット様とギルドで落ち合うことになっているのだ。


 冒険者ギルドに入ると、相変わらず人は少なかった。

 昨日に比べると時間が早いせいか、受付や依頼掲示板の前に多少の列は出来ているが。


 待ち合わせの相手である同行者のシャーロット様は、出会ったときの立派な鎧をまとい、受付のところでパメラさんと話をしていた。

 エレナやメリッサだと周りの冒険者から話しかけられたりもしていたものだが、雰囲気なのか美しさなのか、近寄りがたく感じられているのだろうか、シャーロット様の周りは不自然に空白が出来ている。


(まぁ、貴族様の娘で、しかも騎士団の上官ともなれば近付き難い気持ちも分かるかな。)


「冬樹様に、ノーマン様。おはようございます。今日はよろしくお願いしたします。」

「おはようございます、シャーロット様。では早速向かいましょう。準備は大丈夫ですか?」

「はい、それはもちろん。行きましょう!」


 シャーロット様は装備といい格好といい、見るからに準備万端という感じだ。まるで俺の初日のようなので、もしかすると実戦経験は薄いのかもしれない。

 ノーマンさんがシャーロット様に敬語を使っているのは意外だ。面識はそこまでないのかな。


 全員準備が整っているということで、早速ギルドを出て門へと向かう。


 俺たちが噂のワイバーンを討伐しに行くことは既に知れ渡っているのだろう。

 街に人々は期待の視線を向け、さらには応援の声をかけてくるものも多い。

 このような視線や声援を受けるのは初めてのことなので、少し恥ずかしさを感じるのと同時に、やる気がみなぎってくる。


「シャーロット様、行ってらっしゃいませ。ご武運を願っております。」

「ありがとう。アンヴァルの街は頼みましたわ。」


 門では、とりわけシャーロット様が衛兵の上司ということもあって、熱烈な応援を受けた。


「少し恥ずかしいですわね。」


 赤くなった顔でそうつぶやくシャーロット様に心臓が撃ち抜かれてしまいそうだ。

 俺まで少し顔が赤みがかっているのを見て、ノーマンさんがニヤニヤしている。


(・・・さぁ、気合を入れて頑張るぞ!)


 門から少し離れたところまで歩くと、いつも通り車庫にしまっていた愛車を取り出す。


「これが噂の乗り物ですね!乗ることが出来ると思って、楽しみにしていたのです。」


 シャーロット様も例に漏れずに、車内を見て興奮している。普段は大人っぽい表情をしているが、このような姿は少女のようで年相応といった感じだろうか。

 思えば、初日にバーナード様に話したときに同席していたし、話を聞くとそのときから乗りたいと思っていたそうである。


 一通りスキルや機能、性能を説明し、落ち着いたところでリビングで作戦会議をする。

 一緒に戦うということで、味方と認識し、必要なことはアイの存在なども含めすべて説明した。


 バーナード様には教える情報は制限したのだが、あの時とは状況も変わり始め、信頼できることも分かったので、機会があればすべてを話し、より強固な後ろ盾になってもらいたいとも考えている。


 作戦会議を始める前に、シャーロット様が言いたいことがあると切り出した。


「冬樹様、ノーマン様、わたくしに敬語や敬称を使う必要はありません。そして遠慮をする必要も。クリスお兄様には劣りますが魔法は得意ですし、ワイバーンは大人数ではありましたが、騎士団で討伐経験がありますので。」

「分かった。では作戦会議を始めよう。」

「よろしくお願いします、ノーマンさんにシャーロットさん。」


 テレビ画面の中では、アイが旗を振って応援してくれている。

 そんなこともできたのかとびっくりする。


 アイのおかげもあってか、意外にも和やかな雰囲気で会議は始まった。


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