23.南の異変

 俺たちが顔を見合わせるだけで特に反応を見せないのを見て、パメラさんが状況を詳しく話し出す。


「ワイバーンが確認された場所は、このアンヴァルから10キロ南に行ったところです。」

「10キロ?ずいぶんと近いんだな。どこからか移動してきたか。」

「発見したのは依頼が終わって帰還途中のD級パーティーです。そのパーティーによると、どうやら羽を怪我しているとか。飛べないほどの大怪我ではないようですが、とどまってその名の通り羽休めをしているようです。」


 ノーマンさんが驚いたように10キロだと、飛ぶ魔物であることを考えるとすぐそこに居るようなものだが、怪我をしているということなら街から逃げ出すものが続出するほどではないのも納得だ。

 その情報を聞いてもノーマンさんの顔がこわばっているのは、ワイバーンに怪我を負わせた魔物のことを考えてのものだろうか。


「午前中に発見の報が知らされ、緊急で調査して情報を集めましたが、発見場所よりもっと南の方で飛んでいる姿を見かけたという目撃情報が多数あり、どうやらワイバーンに怪我を負わせた魔物というのは近くにいないです。」

「それは良かった。ギルドの方針はどうなっている?」

「上位の冒険者が帰ってくるのは明日の夕方の予定ですが、予定はあくまでも予定なうえ、過酷な作戦から帰ってすぐに向かうというのは難しいと判断し、ノーマンさんと冬樹さんに可能なら討伐していただきたいと考えています。それに、大森林の道が使えない上に、南の道も使えないとなると、物流に大きな問題が発生します。商人側からも早めの討伐をというお願いをされており、また場所が近いため、街の住民も不安を抱えて過ごすことになりますので。」


 なるほど・・・。

 怪我をしているということだったから、そこまで緊急性は高くないと思ったのだが、アンヴァルはそもそも多大なる恩恵を受けている大森林に大問題を抱えている。

 ギルドとしては、新たに発生した問題は出来るだけ早く解決したいのだろう。


「分かった。冬樹とも話して、ワイバーンなら討伐依頼を受けることにしている。それに手負いなら討伐が成功する確率も高いだろう。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

「出発は明日にする。暗くなってから戦うのは得策ではないし、準備も必要だ。」


 ノーマンさんが確認の意味でアイコンタクトを送ってきたため、頷いて答えた。

 彼が大丈夫と言っているならきっと大丈夫なのだろう。


「それでご相談なのですが、バーナード様より騎士団から助っ人として一人を同行させたいという話を頂いているのです。」

「助っ人?街の防衛として残している騎士団からか。ある程度実力があるものでないとな。正直足手まといになるものはいらない。」


 騎士団の精鋭は作戦に同行しているが、その他の騎士団に関しては有事に備えていつも通り、街に残っている。


「そこは心配には及びません。バーナード様から申し出があったのはシャーロット様の同行です。」

「シャーロット様?大森林での作戦に同行したはずではなかったのか?」

「精鋭を全員向かわせるのはまずいということで、大森林での経験があまりないシャーロット様を街に残すことになったようなのです。」


 シャーロット様とはバーナード様の娘だったな。

 アンヴァルに来た初日に、屋敷まで案内してもらった覚えがある。


 上官のようで部下に指示を出している姿も見たが、バーナード様の娘と言うだけではなく実力も伴っているようだ。

 まぁ、兄であるクリスはAランク冒険者で魔法が使え、父であるバーナード様も以前は冒険者として名をはせたという話だったし、不思議な話でもない。


 ノーマンさんもシャーロット様ならということで納得し、明日の出発前に顔合わせをし、そのまま討伐に向かうことになった。

 ワイバーン関連の話を終えると、続けざまに依頼の達成を報告する。


 パメラさんがいつものように魔道具でギルドカードを確認しているが、突然びっくりして声を上げる。


「冬樹さん!すごい討伐数ですね。依頼の難易度から考えて、ほとんどノーマンさんが討伐するものだと思っていましたが、数がほぼ同じです!」

「それは・・・。ノーマンさんに助けられましたし、オークの集落ができたばかりという幸運もありましたから。」

「それでもすごいですよ。異例の早さですが条件を満たしたためDランクへのランクアップとなりますね。」


 おぉ。ランクアップか!

 正直期待はしていたが、実際に言われたら働きが認められたようで嬉しく感じるな。


 ギルドカードを返してもらうと特に色が変わるといった変化はなかったが、ランクのところにはしっかりとDランクと書かれている。

 全く実感はないが、手数料などの恩恵もあるので、いずれ感じていくことだろう。


 続けてポーションの材料になるというブラックタイガーの爪と牙も提出し、報酬は全部で合わせて金貨2枚と銀貨30枚となった。

 ノーマンさんは今回も分け前はいらないということだったが、さすがに申し訳ないので、今回は半分に分けることにしたため、実質の報酬は金貨1枚と銀貨15枚だ。


 今泊っている宿で考えれば5日分といったところだ。

 そろそろ自分で払わないといけないだろう。いつまでもレッドディストラクションに払ってもらっているのは男として恥ずかしく感じてしまうのだ。


「冬樹、ランクアップおめでとう。おそらくアンヴァルでは最速だろうな。」

「そうなんですか!でも、全てはノーマンさんのおかげですよ。ありがとうございます。」

「そんなことはない。パメラも言った通り、実際に魔物をちゃんと倒しているではないか。明日も頼りにしているぞ。」


 ノーマンさんの言葉に自然と口角が上がる。

 ポケットの端末のアイも小声でおめでとうと言ってくれているのが聞こえる。


「これからどうしますか?」

「俺は明日に備えてポーション類を調達してくる。冬樹は手に入れた金で装備の更新をした方がいいだろう。いったんここで別れて、宿で落ち合うことにしよう。」

「分かりました。」


 ギルドを出ると相変わらず街はいつもと違うざわめきに包まれている。

 このざわつきの原因を明日討伐しに行くのだと思うと不思議な気持ちだ。


 事前に少し情報を入れているため不安も大きい。

 羽を負傷しているということなので、飛ばれて動き回られるということはあまり警戒しなくていいのかもしれないが、それでも今までで一番強い相手であることは間違いない。


 ノーマンさんはもちろん、ノーマンさんも認めるシャーロット様の迷惑にならないように、魔導砲や剣で出来るだけ援護したい。


 俺はノーマンさんと別れて、アイとともに装備の更新に向かう。


「どの装備を更新すべきだろうか、アイはどう思う?」

『先日見た値段と所持金のことを考えると、全身更新してしまうと、かなり中途半端になってしまいますね。何か一つを更新するのが良いと思いますが。』

「確かにそうだな。・・・じゃあ、剣を新しいものに変えよう。」


 防具に関しては、そこまで不満を感じたことはないし、一部分を強化したところでワイバーン相手に効果があるとは思えないというのが理由の一つ。

 昨日今日の依頼で、今の剣だと攻撃が通りづらくなっているのを感じているというのも理由だ。


 剣に全ての所持金を使うということで、今の装備を買った初心者装備の専門店ではなく、その時は高くて諦めた店の剣を外から眺める。


「眺めたところでどれがいい剣かなんて分からないな。」


 光沢があるとか、大きさが違うとかは分かるのだが、どれの切れ味がいいとかは見るだけでは全く判別することが出来ない。

 たくさんの剣を見てきた人なら、その辺も分かっていくのだろうか。


 俺は一通り外から眺めて、良さげな店に入り、アドバイスをもらうことにした。

 どうやらアイも剣の良し悪しは分からないようだ。


 しばらく通りを歩き回り候補は2つまで絞った。

 こんなことならあらかじめノーマンさんにお勧めの店を聞いておくんだったな。


 まず一つ目の候補は、客が多く、ギルドの前にある店。

 品ぞろえが豊富で、装備の見せ方もうまい。客が多いということは間違いもないだろう。


 二つ目の候補は、一つ目とは真逆で人通りの少ない、大通りから脇道にそれたところにある鍛冶屋も併設された店だ。

 装備が雑に並べられていたのだが、素人目には一つ一つが洗練されているように見えた。

 店頭に立つ店主はいかにも歴戦の鍛冶師といった感じだった。


 数分の間悩んで、アイとも相談した結果、二つ目の候補で剣を買うことに決めた。

 このような店は隠れた名店だと相場が決まっているのだ。


 店の前まで来ると薄汚れた見た目で、万人に買ってもらおうという意志を感じるものではない。

 あまりもの入りづらさに、やっぱりもう一つの店にとも思ってしまったが、勇気を出して店の中に足を踏み入れる。


 店主であろう店頭に立つ男は、強面で大柄、坊主頭。40代くらいで、こちらを睨むような強い視線を向けてきている。


「いらっしゃい。」


 予想通りというか、低い威圧感のある怖い声で、早速引き返したくなってしまう。

 並べてある装備は、近くから見ても、他の店よりも洗練されているもののような気がする。


 最初の店では相手から話しかけてくれたので、しばらく装備を眺めていたが、一向に話しかけてくる気配がないのを感じ、意を決してこちらを静かに見つめる店主に話しかける。


「俺はDランク冒険者の冬樹です。新しく剣を買いたいと思っているのですが、アドバイスをもらいたいんです。」

「店主のジェラルドだ。今使っている剣を見せてみろ。」


 俺はジェラルドさんに促され、街に入ってからアイテムバッグにしまっていた剣を取り出し渡す。


「手入れはしているが、無理をしているな。刃こぼれもある。あと何回かで使い物にならなくなるだろう。」


 ノーマンさんに教えてもらい、剣の手入れは毎日行っていたが、刃こぼれは確かに気になっていたのだ。

 買ったばかりでここまで刃こぼれするのは、初心者用の剣でCランクの堅い相手と戦ったからなのだろうか。

 そのことをジェラルドさんに聞いてみる。声は怖い感じだが、話し方は良い人そうで、すでに怖さはない。


「この初心者用の剣は、鋭さは普通だが、その代わりもろい。それもあって冒険者はもらった報酬で、まずは武器を更新するのだ。持ち手を見るに、これはまだ買ったばかり。そもそももろいものが、想定よりランクの高い魔物の防御力に耐え切れず、刃こぼれまで起こしているのだな。何と戦った?」

「昨日今日でオークとブラックタイガーと戦いました。」

「そうか。それならこれも頷ける。」


 パメラさんの反応のこともあって驚くかと思ったが、ジェラルドさんはそう言った反応を一切見せなかった。

 その代わり、何かに気付いたような表情を見せる。


「そういえば、ノーマンと依頼をこなす大物初心者がいると聞いた。それはお前か?」

「はい、自分で言うのは恥ずかしいですけど、多分俺だと思います。」

「ということは…。明日はワイバーンの討伐に行くのか。」


 俺はジェラルドさんの言葉につい驚いてしまう。

 さっき決まったことなのにどうして知っているのかと聞くと、そういった情報はすぐに出回るのだと、不敵に微笑まれる。


「ならば良い剣を用意してやらねばな。今の所持金はいくらだ?」

「金貨1枚と銀貨15枚です。」

「ふむ。そうか。これを見ろ。」


 そう言ってジェラルドさんが並べてあった剣を一本手に取る。

 長さが今使っている剣と同じくらいで、見た目も美しく、周りのものと比べても輝いている気がしたものだ。

 ただ一つ問題がある。書かれている値段は金貨2枚だ。


「すごい剣ですよね。素人ですけど、何となく分かります。でも、その、お金が足りません。」

「これを金貨1枚と銀貨15枚にまけてやろう。ノーマンはこの店の常連だし、何よりもこれからアンヴァルの危機を救いに行くのだろう。」

「そうですけど・・・。」


 俺は念のためもう一度確認する。そもそも他の店に比べても値段の割に良い剣が揃っているのだ。

 しかし、どうやらジェラルドさんの意志は固く、俺がその剣を買うことは、ジェラルドさんの中では決定事項となっているようだ。


 ありがたいことではあるので、俺は所持金全てをを支払い、剣を受け取る。

 握ってみると妙に手になじみ、数日使った初心者用の剣と比べても、自分の剣だという感覚が強い。


 そのことをジェラルドさんに話すと、剣に選ばれている、とのことだ。

 更にありがたいことに、今まで使っていた剣はいったん預けて整備してもらい、明日の出発前に予備の剣として受け取ることになった。

 無償で、だ。本当に頭が上がらない。


 俺はこの街にいる限りは、この店を使おうと決める。やはり最初の見立ては間違っていなかったのだ。


 ジェラルドさんに向かって何度も感謝の言葉を言い店を出た。


 腰の剣を握り、ちょっとした余韻に浸っていると、少し歩いたところでアイが声をかけてくる。

 ジェラルドさんについてのことかと思いきや、予想外の内容だった。


『マスター、また一文無しですね。』


 そうだ。初心者用装備を一式買った時に、全財産を投入してしまったことを後悔したんだった。

 先ほど心の中で決めた宿代を自分で払うというのも当然できなくなったのだ。


 何と学習能力のないことだろう。上がっていたテンションは急降下する。


 ・・・ノーマンさんに宿代の話をする前で、まだ良かったと思うことにするか。



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