22.急ぐ馬車

「冬樹、起きろ。そろそろ時間だ。」

「・・・ノーマンさんですか。」

「そうだ。そろそろ起きないと朝食抜きになるぞ。」


 優し気なノーマンさんの声に起こされる。

 眠い目をこすって声をかけてきたノーマンさんを見ると既に着替えており、準備が整っているようだった。

 昨日は早く寝ていたため、もっと早くに目が覚めていたのではないだろうか。


『おはようございます、マスター。今日は珍しく曇っていて、外はいつもより肌寒そうですよ。』

「魔物と戦うから、体はいずれ温まってくるさ。それより移動は車だから、このままだと一切動かずに魔物と戦闘に入ることになってしまう。冬樹、外に出てとりあえず体を動かそう。」


 起きたばかりで体を動かすのが億劫だが、時間を見てみると朝食や準備の時間を入れたら出発予定時刻ギリギリだったので、文句を言わずノーマンさんに続いて外に出る。

 さすがに朝食抜きで動き回るのは辛いからな。


 アイの言う通り外はいつもに増して肌寒く、息が白くなりそうなほどだった。

 もしかすると季節的には冬に向かいつつあるのかもしれない。


「さぁ、まずはランニングだな。その後体をほぐして、素振りをしよう。」


 どうやら周辺をランニングするようで、走り出すノーマンさんに慌ててついていく。

 何かあった時のために、二人とも腰に付けたアイテムバッグの中に装備類は入れてある。


 俺はついていくことで必死だが、ノーマンさんには話す余裕がある。


「昨日の夜ステータスを確認したが、その時点で冬樹の魔力はしっかりと全回復していた。ならば、この後に剣技の練習で魔力を使っても問題なさそうだ。」

「どういうことですか?」


 息切れしているため、途切れ途切れの声で話す。


「魔力の回復は個人差があるんだ。基本的には知力によると考えられているが、人によって速い遅いがあり、冬樹は知力の数値からすると速いと言えるだろう。」

「なるほどっ。」


 その後も時々ノーマンさんとの会話を続けながら10分ほどのランニングを終える。

 汗ひとつかいていないノーマンさんとは異なり、俺はもうすでにぐったりだ。

 初心者講習会は他の初心者に比べて余裕で体力に自信を持てたのだが、どうやらAランク冒険者のノーマンさんのペースについていくというのは無謀だったようだ。


「長丁場の戦いをしてこなかったから気付かなかったが、これからを見据えると冬樹の体力が心配だ。これから毎朝、このようなランニングを続けることにしよう。」

「・・・分かりました。」


 ついつい嫌そうな顔で返事をしてしまったが、必要なことではあるのでありがたい話ではある。


 少し休憩してから今度は剣での素振り。

 さっきのランニングと違って、自分のペースで丁寧にやっているので、息切れするなんてことはない。

 自分の中でのイメージは疲れるまでひたすら繰り返すというものだが、型や形が崩れてしまわないように、一回一回確認しながらするのがいいということらしい。


 自分の中での感覚を掴み、だいぶ様になってきたと思っているが、ノーマンさんの素振りを見ていると自信をなくしてしまいそうだ。

 スピードが段違いで、音も鋭く、剣を振る様に威圧感すら感じるのだ。


「さぁ、素振りはこれくらいにしておこう。疲れていないようだし、続けて剣技の練習に移ろうか。昨日の感覚は覚えているか。」

「はい。あの後、頭の中では何度もシミュレーションしました。」

「そうか。一応、手本を見せておこう。」


 ノーマンさんがソードラッシュを披露してくれる。一応と言われた通り、動きの真似は出来るのだが、コツを見つけられそうな訳ではない。

 昨日の感じだとまだ無理そうだと思ったが、ノーマンさんによると力は足りているらしく、慣れと感覚さえ掴めればいけるはずだとのことだ。


 頭の中で思い浮かべた動きを実際に剣技として発動せずに何度かやってみる。


(ゆっくりだと出来るのは当然だし、実際に発動させてみるしかないな。)


 《ソードラッシュ!》


 昨日と同じように勝手に腕が高速で動く。

 制御を失いそうになる腕を、じっと見つめ何とか意識を集中させる。


 あとちょっとかもしれないというところで、剣が手から離れ飛んでいく。


「今のは惜しかったぞ。あとちょっとだったな。」

「意識を最大限腕だけに集中させれば何とか次はいけそうな気がします。」

「そうだな。だが実戦で使うのはまだやめておこう。戦いの最中に腕だけに集中するというのは良いことではない。」


 最後まで発動しかけたで一瞬嬉しい気持ちになったが、ノーマンさんが言ったことが最もだったため気を引き締めなおす。

 意識を集中せずとも発動させるまでは実戦投入するには1回2回の練習じゃ済まなそうだ。


「体もだいぶ温まったな。少しだけ休憩して移動することにしよう。」

「分かりました。」



 ---



 こんな感じで遠征2日目はスタートし、今はブラックタイガー10体の討伐を終え、アンヴァルに戻る車中だ。


 ブラックタイガーは聞いていた通り素早く厄介な相手ではあったが、昨日のオーク戦のこともあってかノーマンさんが全ての攻撃を受け止めてくれたお陰で、俺は敵に攻撃することだけに集中することができ、時間はかかったが1体ずつしっかりと討伐することが出来た。


 剣術も安定し、昨日より確実に上達していることを実感している。予定通り、剣技は使っていないから使えないままなのだが。


 しかし、今日は昨日言われた通りに、仲間であるノーマンさんを信頼して攻撃することができていた。

 近くで戦うノーマンさんは本当に頼もしく感じ、昨日俺ごときが気にしていたのが馬鹿らしく思えたほどだ。


 そう思えば思うほど、最初に会ったときにノーマンさんが瀕死であったのが不思議に思えてくるのだ。

 こんなに強いノーマンさんが大怪我をする相手とは、どんなに強い相手だったのかと、今作戦に向かっている冒険者たちのことを不安になるが、声に出すことはできない。


 なぜなら時々ノーマンさんも同じことを感じているようで不安そうな表情を浮かべているからだ。

 心配と無念の気持ちは俺以上であることは間違いない。


 そんなことを考えながら運転していると、反対方向から馬車が近づいてくる。

 もちろん大森林の道が使えない今は、いつも以上に平原側の道が重要となっていて、結構な頻度で馬車とすれ違うことがある。


「どうやら急いでいるようだ。少し避けよう。」


 そう言われて注意深く見てみると、馬に鞭を打って走らせているのが分かった。

 邪魔にならないように、いつもより愛車を脇に寄せて走る。

 そもそも今は他の街に物資を運ぶよりも、アンヴァルに物資を運んでくることが多いため、すれ違う馬車は荷物が少ないことが多く、スピードが出ているのだ。


 これ自体はたまにあることなのだが、急ぎ全力で走る馬車が3台続き、さすがに違和感を覚えてきた。


「平原で何かあったようだな。かなり急いでいる。よほど早く目的地に付きたいのだろう。」

「何があったのでしょう・・・。」

「良くない兆候だ。警戒するべき魔物が出現したと考えた方がいい。それとも作戦が失敗したことも考えられないことはない。どちらにしろ俺たちも少し急いでいこう。」


 作戦が失敗・・・。

 そうならば商人が急いで街を移ろうとしているのも頷けるのだろうか。


 4人にも何かあったかもしれない。

 思わずハンドルを強く握り、アクセルを強く踏む。


『作戦とは関係ないのではないでしょうか。荷物をあまり積んでいないように見えました。街を移るなら、荷物はかなり多いはずです。なので、魔物の出現の方かと。』

「・・・確かにそうかもしれないな。アイ、よく見ていた。どうやら俺も焦っていたようだ。いったん落ち着こう。冬樹、運転が荒くなっているぞ。」

「すみません。気を付けます。ですけど、何かあったことに変わりはなさそうですから、スピードはできるだけ維持します。」


 はやる気持ちが少し抑えられた。

 それからもすれ違う馬車はどれもスピードを最大限に出していたが、見かけるのは商人だけで、馬車の量もいつもと変わらない量だ。


 やはりこの平原に魔物が出現したのだろうか。


 昨日ノーマンさんが言っていたことが思い出される。

 俺たちが討伐に向かうかもしれないのだ。


 決まったわけでもないのに、今度は心臓が鼓動を増し、緊張しているのを感じる。

 今日の戦いはある程度余裕があり、手応えもあったのだが、同時に魔物のランクが上がると、魔物は一気に強くなることも、この三日で思い知っている。


 自分のことながら面倒くさい感情だと思う。


「考えられる魔物について一応話しておこう。まずはオークの上位種の出現。ブラックタイガー上位種の出現。バトルホース上位種の出現。ロック鳥上位種の出現。次にオーガ集落の発見。最後にワイバーンの発見。この辺りであれば俺たちに依頼が来る可能性が高い。」


 知らない魔物もいるが、たいていは日本での知識で想像できるものだ。


「この辺りでなければどうなるんですか?」

「依頼されても断ろう。正直それ以上となるとレッドディストラクションが万全で倒せるか倒せないかというレベルになる。受けても失敗するとわかっている依頼は受けられない。その場合は街でじっと待ち、作戦からの帰還を待つ。とは言え、その可能性は薄い。めったに出現するものではないし、もし出たとしたら商人は恐れて街を離れないだろうからな。」


 急いでいるとは言え、商人が馬車で移動しているということが緊急の度合いを表しているということらしい。


「何が出現したかは全く予想できないが、もしワイバーンだとなかなか厳しい戦いになる。空を飛ぶ相手だと、冬樹に聞いた乗り物で突撃という攻撃方法がとれない。俺が攻撃を出来る限り受け、冬樹は魔導砲か剣かで臨機応変に攻撃することになるだろう。」


 なるほど。言われて気付いたが、何も外に出て剣で戦う必要はないのだ。

 俺の最大の武器である愛車。たいていの魔物は初めにビッグボアを倒したように、車ごとぶつかれば済む話なのだ。


 スピードを上げたため、予定より早く街が見えてくる。

 門の前にはいつもの倍以上の兵が立っているのが見えた。


「やはり平原に厄介な魔物が出たな。見ろ。魔導砲のところにも衛兵がしっかりと待機している。」


 いつも通り、門の前で愛車をしまい、街に入る。

 門を通るときに、衛兵が少し安心した表情を見せたのはAランクのノーマンさんが帰還したことによるものだろう。


 街に入るといつもよりざわつきを感じたが、衛兵と同じように街の人々もノーマンさんの姿を見て安心している様子が分かる。


(正直かっこいい。街の人々からの信頼を勝ち取っているな。)


 真っ先に向かった冒険者ギルドに入ると、予想通りというか街よりもざわめいていて、職員がひっきりなしに動いていた。


「ノーマンさんに、冬樹さん!」


 良いところに来ましたと言わんばかりの表情で、パメラさんがいつもの受付から大声で俺たちを呼ぶ。

 嬉々とした顔に思わず顔をしかめてしまうが、急いで受付に向かう。


「平原で何かあったか。すれ違う商人も皆急いでいた。」

「そうなんです。早く帰ってきていただけて正直助かりました。実は街に近い平原にワイバーンが現れたんです。」

「ワイバーンか・・・。」


 俺とノーマンさんは思わず顔を見合わせる。


 一番厄介だと感じていた魔物だ。・・・嫌な展開だな。



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