21.手料理と技
後始末を終えた俺たちは、愛車を取り出してしばらく走らせ、本日の宿泊地となる道の脇のちょっとしたスペースに車を止めた。
後始末では例のごとく討伐証明として耳を狩った後、まとめて火をつけオークを燃やした。
残念なことにまた金目の物は見当たらなかったが、Cランク依頼の達成報酬に期待することにしよう。
ちなみにギルドでは魔道具で討伐数をカウントするのに、討伐証明が必要なのか疑問に思いノーマンさんに聞いてみると、抜き打ちで確認されることがあるらしい。
深くは聞かなかったのだが、以前それを利用した不正が行われたことがあったようだ。
ともかく順調に後始末を終え、愛車でシャワーを浴び汗を落とし、ここに到着したのだ。
平原なので止めようと思えばどこにでも車を止めることが出来るのだが、ここは草が生えておらず虫をあまり気にしなくてもいいポイントとのことだ。
時刻は夕方になりかけの15時過ぎ。
昼食を抜いてお腹が空いているということで、愛車のキッチンを使い、俺がノーマンさんに料理をふるまうことにした。
スキルの一つ、食料定期便のこともノーマンさんには話してあるので、地球の食材をふんだんに使うことが出来る。
大陸の中央にあるこの国では魚介類が出回っていないということで、ちょうど定期便で指定していた魚を使って魚料理を作ることに決めた。
食料定期便では一週間の食事を考えると少なく感じ、週の最初は結構な勢いで消費していたため心配していたのだが、この数日は街で食事をして食材の消費がなかったため、使う量を気にする必要はない。
生魚や相変わらず残っているキャンプの肉が腐っていないか心配したが、思ったよりも時間経過の遅延が優秀なようで、色もにおいも変わっておらず大丈夫そうだ。
ちなみに明日は食料定期便が届く日なので、今日のうちに指定中何を指定するか考えなければならない。今指定中の米、野菜、魚は比較的バランスが良さそうなので、このままでも良いかもしれないが、地球の肉も懐かしいし、お菓子を指定できるようなので要検討だ。
「う~ん、どの魚にしようかな・・・。」
シンプルに塩焼きにしようと思っているが、冷蔵庫の中を確認すると塩焼きに使えそうな魚はアジかサンマだろうか。
・・・サンマにしよう。
脂がのっていて美味しそうだし、アジなら他の料理にも使うことがありそうだ。
サンマを2尾冷蔵庫から取り出し、下処理を始める。
サンマの内臓は好んで食べる人がいることは知っているが、苦みが苦手な人もいるので魚初心者のノーマンさんのことも考えて今回はきれいに取り除くことにする。
下処理を終え、切り込みを入れた後に塩をまぶしていく。
『立派なサンマです、マスター。上手く焼けるといいですね!』
「あぁ、今から楽しみだ。ちゃんとしたグリルで焼くから時間さえ気を付ければ絶対に美味しくなる。」
なんと愛車のキッチンには魚焼きグリルを設置してある。
冗談ではなく普通の家のシステムキッチンと遜色がない自慢のキッチンだ。
焼く前に数分強火で予熱してから、いよいよサンマを焼き始める。
その間にあらかじめ作っておいた味噌汁と野菜炒めを盛り付ける。
もちろん米もすでに炊いているぞ。
和定食といった感じで非常に満足だが、唯一大根がなくてサンマの塩焼きだというのに大根おろしがないことだけが残念である。
野菜までは指定できてもそれより細かくは指定できないのだから仕方がない。
まぁ、そもそも定期便で食事が潤っているのは事実だし、まだレベルは1なので文句は言うまいとは思うが、残念なことは残念なのだ。
サンマが焼けるいい匂いが愛車の中に漂う。
リビングの方からノーマンさんも顔をのぞかせているが、匂いの正体が気になるのだろう。
一応換気扇を回してはいるが、恐らく今日はこのサンマの匂いとともに就寝することになるだろう。
嫌な匂いでは全くないので、まぁこれもいいけど。
10分ほどしてグリルの中を覗くと、いい具合に焼けているサンマが見え、火を消して今度は余熱にかける。
これで中までしっかりを火が通ると聞いたことがあるので、いつもしていることだ。
刺身や寿司の生の魚ももちろん大好きだが、焼くときはしっかりと焼きたい。
料理人ではないので細かいところは分からないが、本やネットで知識を取り入れ、変なところにこだわりを持っている。
数分後、いよいよグリルからサンマを取り出す。煙とともに凝縮された香りが一気に飛び出してくる。
これだけで茶碗一杯のご飯が食べられそうだと思うのは俺だけではないだろう。
取り出したサンマをあらかじめ用意しておいた皿に盛り付け、これで定食が完成だ。
ノーマンさんにも手伝ってもらって料理をリビングのテーブルへと運んでいく。
「さぁ、食べましょう。いただきます!」
「冬樹、ありがとう。どんな味か楽しみだ。」
ちなみにノーマンさんには故郷の食材と料理だと伝えているから、特別不思議には思われていない。
「魚を食べたことがないのはもちろんのことだが、この米というのか、これも話には聞いたことはあるが食べたことがない。」
そうなのだ。どうやら大陸の中央部の主食はパンか芋で、米は一度たりとも見かけていない。
日本人である俺は、やはり米が食べたく、この何日か食べていないだけで禁断症状が出そうだった。
「うん、おいしい。」
サンマを一口、口に入れ、続けざまにご飯を食べる。
思った通り脂がのっていて、焼き加減もちょうどいい。
ノーマンさんの方を見ると無言でご飯をかきこんでいる。どうやら気に入ってもらえたようだ。
「ノーマンさん、これをかけてみてください。もっと美味しくなりますよ!」
俺がすすめたのは醤油。塩焼きに醤油をかけて食べる焼き魚は最高だ。
「なんだこれは!今まで食べたものの中で一番おいしいかもしれないぞ!」
感動しているノーマンさん。全ての料理をおいしいと言って食べてくれている。
アンヴァルで食べたものも美味しかったが、塩でシンプルに味付けした素材を生かす料理が多かったので、醤油、味噌を使うというのは新鮮なのだろう。
3人で話をしながらであったが15分ほどで2人とも食べ終わってしまった。
やはり日本食は良いものだ。ノーマンさんも満足気な表情をしていて嬉しくなってくる。
しばらく余韻にひたった俺たちは後片付けをし、リビングでソファーに座り、明日の予定を確認し、打ち合わせをする。
「残る依頼のブラックタイガー10体討伐は簡単な依頼ではない。暗くならないうちにアンヴァルに帰りたいから、明日は朝早くに出発しよう。」
「アイ、ブラックタイガーはどんな魔物なんだ?」
『ブラックタイガーは、その名の通り黒い虎、ですね。単体でCランク。単体で考えると、マスターがこれまで戦ってきた中で一番強い魔物です。とにかく素早く、牙や爪も鋭く非常に厄介です。定住せず平原を移動しており、獲物を捕らえるさまは、まさにハンター。馬車で移動する商人も襲われることがあり、恐れられています。』
普通の虎でさえ戦って勝てる気がしないのに、強化された魔物の虎に勝つことなど出来るのだろうか。
「アイの言う通りだ。跳躍力はそこまでないが、スピードはキラーラビットを優に超える。もちろん攻撃力もな。だが、心配することはない。ブラックタイガーは群れず、常に単独で行動している。敵の攻撃は俺が対応するから、お前は攻撃を当てることだけを考えるんだ。」
「・・・分かりました。」
ブラックタイガーの話を終え、話題は俺の剣術のことに移っていく。
「冬樹、今日のオークとの戦いで自分に決め手がかけていると感じただろう。」
「はい、確かにその通りです。」
ノーマンさんの言ったことは今の俺の悩みの一つであり、明日の戦いにいまいち自信が持てないのも、それが理由だ。
実際、オークと正面から戦った時に、隙を狙うという攻撃方法しか見当たらず、これでは近いうちに限界が来ると考えていた。
「そこで、だ。講習会で教えられた型も身についているようだから、そろそろ剣技を教えようと思う。」
「剣技、ですか?初めて聞きます。」
「そうか。剣技というのは、魔力を消費して、剣を使った技を発動するものだ。魔法ではないから知力が低い冬樹でも使うことが出来る。もちろん魔力を消費するから、何度も乱発できるものではない。」
そんな便利なものがあったのか。確かに魔力は低いので一発か二発しか放てないだろうが、あるのとないのとでは大きな違いだ。
ちなみに俺のステータスはこんな感じになっている。
【名前】大内冬樹(おおうちふゆき)
【種族】人
【レベル】9
【体力】134/134
【魔力】9/9
【攻撃力】32
【防御力】46
【器用さ】36
【知力】(魔法の適正)9
【素早さ】26
【スキル】車庫、剣術LV.1
【残りスキルポイント】8
どのステータスも順調に伸びており、特に攻撃力や防御力は伸びもいい。
「教える剣技はソードラッシュ。敵に素早く無数の斬撃を浴びせるものだ。今の冬樹の魔力だと二発放てるか、放てないかといったところだな。」
「じゃあ、早速練習しましょう!」
「まぁ、待て。これだけなら最初から教えているさ。剣技の難点は、唱えたら勝手に発動してしまうことだ。勝手に発動するから、動きについていけず制御できないと大変なことになる。まずはどんな剣技なのかしっかりと理解してからだ。」
その後は座学でソードラッシュを教わり、実際に外に出てノーマンさんにまずお手本を見せてもらった。
腕が考えられない速度で動いており、どうなっているのか不思議だ。
頭の中でシミュレーションをし、動きをまねて軌道を確認してから、いざ発動してみる。
《ソードラッシュ!》
唱えた瞬間、剣を持った腕が勝手に高速で動き始める。
(ついていけないぞ!)
剣の動きに腕がついていけず、剣を放り投げる形で手放してしまう。
幸いその先には誰もおらず、事故にはつながらなかったが、なるほど、これは難しそうだ。
剣を拾い続けて試そうとしたが、どうやら魔力的に今は一発だけしか発動できないようだ。
ということで、呆気なく練習が終わる。
ノーマンさんにコツを聞いてみると、こればかりは慣れが必要で練習あるのみ、とのことだった。
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夜も更けて夜9時。冒険の際には寝れるときには寝るのだというノーマンさんは既にベッドの中だ。
俺とアイはリビングでマップやポイントを見ながら談笑を続けている。
『マスター、突然ですが年齢はおいくつでしたっけ。』
「もちろん次元の狭間をさまよっていた期間をカウントせずに、だよな。30代前半だ。確か・・・。」
正確な年齢を思い出して言おうとしたところをアイが遮る。
『マスターに見た目は20代前半、無理をしても20代後半に見えます。』
「やっぱり気のせいじゃなかったか。」
愛車には鏡が何か所かあり、自分の姿を確認するたびに違和感を感じていたのだ。
もともと年齢を重ねても見た目があまり変わってこなかったこともあり、違和感の一言で片づけていたのだが、日本での知識から考えると、若返りということは十分に考えられる。
日本では結構落ち着いたタイプだと思っているので、ここに来て冷静になれなかったり、感情の起伏が少し激しいのも、若返った年齢に引っ張られているからかもしれない。
何か不都合があるわけではないので問題はないのだが、気にはなるため次に女神と話すときに聞いてみよう。
「さぁ、明日も早いしそろそろ寝るか。」
『おやすみなさい、マスター。』
「おやすみ、アイ。」
話を切り上げてすでにノーマンさんが眠る広いベッドに移動する。
本当に一日が長く感じるな。これも充実している証なのだろう。
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