20.オークと一戦

「冬樹、そっちに1体行ったぞ!」

「分かりました。」


 憤怒の表情でオークが1体俺の方に向かってくる。

 奇襲を成功させ、少しずつ減らし続け、18体いたオークはすでに集落の入り口で敵の侵入を警戒していた4体しかか残っていない。


 ここまでの戦いを少し振り返ろう。


 準備を終えたノーマンさんと俺は、愛車を車庫にしまい集落の裏の方へと回った。

 柵でさえ十分でない裏の方には、当然罠などもあるはずがなく容易に侵入することができた。


 今回は運が良かっただけで、Dランクの魔物が作る集落ともなれば罠の存在を警戒しながらの移動になるため、奇襲の難易度も上がっていくそうだ。

 罠を見つけるには一歩一歩地面を注意深く見ながら警戒して歩き目視で見つけるか、アリシアが使えるという罠察知の魔法を使うしかなく、解除するにも同様に魔法か実際に発動させるしかないのだというから厄介である。


 とにかく、罠はないのでその後は足音を立てないようにすることだけ注意して慎重に行動。

 アイとノーマンさんが決めたルートに従って移動し、単独で行動しているオークを1体ずつ撃破。

 裏にいた7体をノーマンさん4体、俺が3体倒し、集落の中心へと進んで行った。


 最初に1体はノーマンさんがお手本として後ろから急所を狙っての奇襲を見せてくれた。

 本来は盾職だが剣術のレベルも4あり、俺とは比べ物にならないくらい扱いがうまい。


 ノーマンさんは気付かれないまま首筋に剣を振ると、オークは声も上げぬまま、瞬間崩れ落ち絶命した。

 あれほど鮮やかな手つきであればオークも自分がどうして死んでいくのかが分からなかっただろう。

 当然、他のオークには気付かれていない。


 お手本が立派過ぎたので自分にもできるのか心配したが、思った以上にオークは鈍感で、少し物音を立てたぐらいでは気付かれる様子が全くなかった。

 そのお陰で、俺は慎重かつ大胆に急所をしっかり定めることができ、次々とオークに気付かれずに奇襲を成功させた。


 裏の方を倒し終わり、中心では2体で行動するオークもいたが、ノーマンさんと手でサインを出し合い移動し、同時に1体ずつ倒すことで奇襲を継続させた。


 しかしそこで油断してしまったのか、俺が失敗してしまった。

 残り5体、門以外だと最後の1体を俺が倒そうと奇襲を仕掛けたとき、タイミング悪くオークが首を動かし、急所を外した。

 急所を外してもそこそこダメージを与えられていたので、すぐに倒すことは出来たのだが、大声を上げられて門の4体に気付かれてしまったのだ。



 そしてノーマンさんと2人で4体を同時に相手にすることになり、最初に至る。


 ノーマンさんは本来のメイン武器である盾をアイテムバッグから取り出し、オークの力強い攻撃を防いでいる。

 重い一撃が盾に当たると鈍い音が響き渡るが、ノーマンさんは平気そうな顔をしている。


 ノーマンさんが3体を担当し、俺は1体に集中する形をとっていたのだが、俺の方が組み敷きやすいと思ったのだろう、3体のうち1体が少し離れて戦っていた俺に向かってきたところだ。


 スピード自体は速くないのだが、怒って剣を振り回しているため、なかなか近付けずいたところに、もう1体加わってきたのだ。

 少しピンチかもしれない・・・。


『マスター、言われたことを思い出してください!』


 言われたこと・・・。そうだ。速くないのだから距離をとって一度退けばいいのだ。

 幸いなことに全て倒しているので、後ろから襲われることはない。


 新たに加わったオークの重そうな攻撃を避け、次の攻撃の態勢に入ろうとしている2体を尻目に逃走を開始する。


 走る!走る!


 ここ数年で一番かというほど全力で走った。

 逃げるときは全力。仮に中途半端に気にしながら逃げてしまうと追い付かれてしまうかもしれないためだ。


 しばらく走り、集落の中に雑に生えている木の後ろに身を隠す。

 少し顔を出し覗いてみると、追っかけてきてはいるが、こちらを見失っている様子だ。


 深呼吸をして、戦い走ったことで荒れた息を整える。


「アイ、アドバイスありがとう。冷静になることが出来た。」

『いいえ、決め手がないように見えましたので。一旦ここで態勢を立て直しましょう。』


 アイが気を遣った言葉をかけてくれるが、あのままでは避けることしかできず、ノーマンさんがどうにか助けに来てくれないと、1体すら倒せそうになかったのも事実だ。


 さっきの戦闘を思い出してみると、どうも3体を相手に戦っているノーマンさんを気にして目の前の戦闘に集中できていなかった。

 そのお陰で新たに向かってくるオークに気付いたとも言えるのだが。


 とにかく、動きは遅く武器を振り回していたとはいえ、隙は今考えればいくらでもあったような気がする。

 しかし、2体となった今は隙を見つけても次の攻撃が来ることになる。どうしたものか・・・。


 ノーマンさんは引き続き戦闘中のため早く決断し戦闘に戻らなければならない。

 アイにアドバイスを求めそうになるが、戦闘前の一幕を思い出し、自分で考えなければと思い留まる。


 もう一度2体のオークを覗いてみると、相変わらず俺のことを血眼になって探しており、奇襲をかけることは難しそうだ。


 まず考えるべきことは、まず1体を確実に仕留めること。

 2体同時に少しずつダメージを蓄積させていくという方法もあるだろうが、先ほどの感じだと今の俺には不可能そうだ。


 正面から戦うとすると、振り回している武器を弾き続けないといけなくなり、もし力が俺の方が劣っていた場合は怪我を覚悟しなければならない。


「アイ、錆びた剣を受けて怪我をしてしまっても愛車の回復スキルですぐ治るんだよな。」

『それはそうですが・・・。表面的な怪我なら瞬時に治せますが、もし骨折などの内部的なものやさらに重い怪我を負ったときには、治せないと考えた方がいいですよ。マスター、私はお勧めしません。』


 先ほどの戦いで一発くらいは受けてみて、力を押し返せるか確認するべきだったのだが、あいにく全ての攻撃を避けたため攻撃の重さが分からずにいる。


 アイの言葉もあるし、正面からの突入は止めるべきだろう。


 であるならば・・・


 その後も頭をフル回転させ作戦を考え続けること数分、俺は作戦を決め行動を始める。


(よしっ!)


 深い深呼吸を何度か続けた後、自分の胸を強く叩き、気合を入れる。


 隠れていた木から姿を現し、俺を探し続けているオーク2体に向かって8割ほどのスピードで走りだす。

 これでもオークよりは断然速いスピードだ。


 オークも俺のことを見つけ、相変わらずの憤怒の表情で武器を振り回し突っ込んでくる。


 俺はあと5メートルほどのところで走る方向を少し左にずらす。

 オークは対応できずに横を通り過ぎていく俺を横目で見つめるだけだ。


(何も正面から戦う必要なんてない!)


 俺はオークを過ぎ去った直後に急ブレーキをかけ、体を反転させる。


(予想通りだ!いけるぞ。)


 体の向きを変えようとはしているが、でかい図体と鈍いスピード。

 オークはもともと俺が走ってきた方を向いたままだ。


 体を反転させた後は、最初から戦っていた多少の傷がついたオークに向かって走り、剣を振る。

 急所には当てることが出来なかったが、そのまま2撃目、3撃目と加え、こちらに体を向けきる前に倒すことが出来る。


 顔だけはこちらを向いていて、憤怒とはうって変わった痛みに苦しむ表情だ。


(よし、次だ!)


 休む暇もなくもう1体との戦闘を始める。


 さっきと同じような感じになり、ノーマンさんの助けを待つことになるかと思ったが、作戦を練った際に戦闘を振り返って脳内でシミュレーションできたのが良かったのか、意外にもあっさりともう1体を倒すことが出来た。


「冬樹、良かったぞ!オーク2体を相手に単独で討伐とは。想像以上だ!」


 ノーマンさんが少し離れたところから声をかけてくる。

 彼が途中から戦いを見守っていることに俺は気付いていた。


「あっ、ありがとうございます。」


 荒れた息を整えながら、何とか返事をする。


「ノーマンさんの方は・・・。」

「あぁ、倒した。俺も苦戦してしまって助太刀に向かうことが出来ず申し訳ない。」


 ノーマンさんによると、俺に3体を相手に盾で戦うことを見せておきたかったのだというが、1体が俺に向かうという予想外のことが起きて慌てて2体を倒そうとしたらしい。

 盾を持つ際には短めの剣だが、それではリーチ的に不利で、積極的に倒そうとすると大き目の盾も邪魔となるため、ノーマンさんも俺と同じように距離をとり、普通の剣に武器を切り替え、盾を仕舞ってから2体を素早く倒したようだ。


「ノーマンさんほどの人が苦戦するとは、盾職にも欠点があるんですね。」

「苦戦というか、相手の攻撃自体は簡単に防げていたから、どちらかと言えば作戦ミスといったところか。こういう場合も想定しておくべきだったな。盾職はソロではなく、パーティーで戦うときこそ真価を発揮するのだ。俺も久しぶりのソロでの本格的な戦闘で勘が鈍っていたかな。」


 ノーマンさんはそう言っていたが、俺は彼が俺が受けるのを躊躇してしまっていた重そうな攻撃を涼しげな表情で受けていた姿を見ていたので、勘が鈍っていたとは思えない。

 今回に関して言えば、それこそ想定外のことが起こった、ということなのだ。


 その後は、今日は急ぐ必要はないということで、集落の後始末を、3人で話をしながらゆっくりと進める。

 俺は最初2体を相手に戦おうとしていて、アイのアドバイスで退いたことも話す。


「冬樹、どうやらお前は自分で考えていくことが大切だと思いすぎている節がある。アイも俺も、冬樹の仲間だ。そんなに俺たちが頼りないか?」

「いえ、そんなことは・・・。」

「なら、気にせずもっと頼れ。そして信用するんだ。俺はお前への攻撃を怪我を負わずに防ぐことが出来るし、アイはお前のそばでいつでもアドバイスをすることが出来る。俺が一人だと苦戦してしまったことからも分かるだろう。仲間と一緒に戦うんだ。お前は一人ではない。」


 ノーマンさんの言葉を聞いて自然と涙が出てくる。


 俺はこのアースランドで、もう一人ではないんだ。

 よくある主人公のように圧倒的な力で一人で物事を解決していくわけではない。皆と一緒に乗り越える。


『マスター、安心してください!どんなにピンチの時も、必ず私がどうにかしてやりますから!』

「アイ・・・。ノーマンさんもありがとうございます。」


 すでに言いたいことは言ったということなのか、ノーマンさんは俺に微笑みを向けるだけだった。

 俺にとって精神的な成長につながったオーク集落の殲滅だった。


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