19.オーク集落

 4人を見送った俺とノーマンさんは予定通り依頼を受けにギルドへと向かう。

 高ぶる気持ちとは裏腹に、冒険者が少ないこと以外は街の様子に変わりはない。


『なんか寂しいですね、マスター。』

「そうだね。見た目はいつも通りなんだけど。」


 アイの言う通り寂しさがあり、どこか心にぽっかり穴が開いている気がする。


「冬樹、アイ。俺たちは、いつも通り依頼をこなすだけだ。だが、今上位の冒険者がアンヴァルには不在だ。平原に異常があった場合は、俺たちが対応することになる。冬樹、一日一日強くなっていくんだ。うつむいている時間はない。」


 ぼんやりと歩いていた俺は、ノーマンさんの叱咤激励に心を切り替える。

 そうだ。俺は強くなるんだ。そしてこの街の防衛戦では必ず役に立ってみせる、と再度決意する。


 冒険者ギルドの中に入ると、先ほどに増して人が少なくなっていた。

 掲示板に貼られている依頼の数は変わっていないが、掲示板の前は全く混んでおらず、指の本数で十分足りる数の人だ。


「ノーマンさん、今日からはどうしますか?」

「昨日で冬樹が魔物相手に普通に戦えることが分かった。EランクやDランクの依頼では正直物足りない。Cランク以上の冒険者が居なくなり、依頼もたまっていく一方だろうから、Cランク以上の依頼のみを受ける。そのため今日から数日は俺が選びたい。それでいいか?」

「それで大丈夫です、よろしくお願いします。」


 ノーマンさんに言われて気付いたが、平原で異常は起きていなくても、俺たち冒険者の方でCランク以上がいないという異常が起きているのだから、平原の方も作戦中は大変になるだろう。

 ノーマンさんによると、ここ一週間ほどで消化できる依頼は作戦前に消化してくれているとのことだったが、新規の依頼はどうしようもないので、残っている冒険者でどうにかするしかないのだ。


 それを考えると、さっきの俺たちが対応することになるというのは、まぎれもなく事実なのだろうと思う。

 Aランクのノーマンさんに、有用な乗り物を所有する俺。D級パーティーよりは、はるかに戦力が高いだろう。


「さぁ、冬樹。受付に行くぞ。」


 2枚依頼を手に取ったノーマンさんが、いつもの受付に向かう。

 他の受付も空いているのだが、そこに向かうということは、専用、専属といった感じなのかもしれない。


「ノーマンさん、今日はノーマンさんが依頼を受けるんですね。なるほど、オーク集落殲滅とブラックタイガー5体討伐ですか。どちらもCランクですが、コボルトキングを倒した冬樹さんなら、きっと大丈夫でしょう。」


 昨日と同じくパメラさんに、それぞれのギルドカードを提出して、魔道具で手続きを進めてもらう。

 討伐数やアシスト数が記録されないと、もし飛び級して依頼を達成してもランクアップの査定にカウントされないということなので、ノーマンさんに頼るばかりではなく、自分のためにも積極的に倒しに行く必要がある。


 アシスト数については明確な基準は分かっていないということだが、パメラさんによるとダメージを一定量与えることでカウントされるのだとか。

 一撃だけとか少しのダメージだけでは駄目らしい。


 なるほど、ここまで厳しいからこそ、不正は難しいと言っていたのだろう。


「依頼の受注が完了しました。期限は1週間となっています。場所的に遠征となるのでしょうが、できれば明日には顔を出していただけると助かります。お二人のことは頼りにしていますので。」

「あぁ、分かってる。冬樹の乗り物を使うから明日には必ず帰れるだろう。」


 パメラさんに見送られ、ギルドを出て先ほどとは逆の平原側の門へと向かう。

 話を聞いていたが、やはり今日は泊りがけで行くらしい。


 久しぶりの愛車での宿泊が楽しみだ。少しずつテンションが上がってきた。



 ---



『マスター、やっぱり車は良いですね!』

「そうだな。」


 俺は平原を愛車であるキャンピングカーで走っている。

 窓を開けると平原の心地よい風が入ってきて、とても気持ちいい。


 今は依頼一つ目であるオークの集落に向かっているところだ。

 念入りな下見も必要だということで、今日一日をオーク集落の殲滅に捧げることにしている。


 それを決めたノーマンさんは昨日と違って助手席ではなくリビングのソファーにいる。

 情報をもとに集落殲滅の作戦を練ったり、マップを見て通る道や今日の宿泊場所を探したりしている。


 意外にもノーマンさんは、レッドディストラクションにおいてはアリシアとともに作戦を決める参謀役でもある。

 今更だが魔法職の2人は、クリスが派手な魔法で敵をせん滅する魔導士、アリシアは味方のステータスを上げるバフ、敵のステータスを下げるデバフ、その他罠の設置や索敵などを行うサポート役だ。


 それを聞くと、初めて出会ったときにエレナとメリッサが苦戦していたのも頷けるというものだ。

 恐らく遠距離攻撃の手段、盾役、サポート、参謀を一気に失い、どうしようもなくなってしまっていたのだろう。


「アイは愛車の自動運転もできるんだよな?」

『できますが、本当に必要な時のみにした方がいいかと思います。現状では、自動運転をしている間は他のことを気にすることが出来なくなってしまいそうなので。』


 なるほど。機械的に言うと、処理能力に限界が出てきてしまうのだろうか。

 宿泊場所を考える必要があるのかとも思ったが、そう簡単にはいかないらしい。

 目的地が確定していて、ある程度安全な道を進む夜間の運転なら任してもいいかもしれない。


 話し相手が減り、アイもノーマンさんと作戦を話しに行ってしまったため、今のレッドディストラクション5人に自分が加わることを考えてみる。


 愛車の戦闘支援スキルのバフとアリシアのバフがかかった俺たちに、デバフがかかった敵。

 盾はノーマンさんが担い、何なら愛車を盾にすることもできる。

 俺とメリッサは近距離も遠距離もこなせるから臨機応変に対応し、エレナが前衛でクリスが後衛。


 非常にバランスが良いと言えるのではないだろうか。

 それに加えて移動手段も優れているときた。


 誘われているわけではないので、こんなものは夢物語でしかないが、彼女らとの関係性や、今朝のアリシアのかけてくれた言葉を考えれば、有り得る話ではあるだろう。


 そんなことを考えながら愛車は順調に目的地に向けて進み、あと少しでオークの集落というところまで来た。

 まだ愛車は出したまま、乗ったままでいいらしい。


 こちらから集落が見える位置に車を止め、ノーマンさんのいるリビングへと向かう。


「ノーマンさん、目的地付近に着きました。」

「あぁ、分かってる。運転お疲れ様。」


 ノーマンさんが指をさした先のテレビ画面には、マップと後方に取り付けられたカメラの映像が映っており、そこには端の方ではあるが集落の姿が映っていた。


 似たような依頼である昨日のコボルト集落殲滅と違うのは、依頼主が村からギルドになっていることだ。

 今回の集落の場所は、どこかの村や街に近いものではなく、馬車で移動していた商人が道でオークを数体見て、用心棒が近くを探ったところ集落が見つかって冒険者ギルドに報告し依頼となった、という経緯のようだ。


「冬樹、集落を見てみろ。どう思う?」


 俺はカメラからの映像と、窓から直接見えている集落を見てノーマンさんに話す。


「見えているオークは3体。昨日のコボルトの集落に比べると柵や門、住む場所もみすぼらしいですね。まるで出来たてのように見えます。ただ錆びた剣ではありますが、見えているすべてのオークが武器を持っていますね。」

「うむ、悪くはないな。今言ったことに付け加えると、冬樹の言う通り、恐らく集落は出来たばかりで、このような集落であれば上位個体であるハイオークやオークリーダーはいないだろう。それにオークは門を守っているようだが、柵がしっかりしていないからどこからでも侵入できる。そうなれば、昨日のように正面から突入するのではなく、奇襲を仕掛けることが出来るのだ。なかなかいい線だったが、少しずつこのような観察眼を養っていくのだ。」


 すごい。さすが参謀役といった感じだ。

 見て得られる情報だけではなくて、それを元にその先まで考える。

 前もアイに任せていたから、その辺の感覚が養われていない。言われずとも自分の頭で考えるようにしなければ、と思う。


 続いてアイからはオークの情報をもらう。


『オーク、顔が豚のようで、ゴブリンを大きくしたような魔物です。単体でDランク、集落や集団だとランクが上がりCランクとなります。動きは遅いですが、一発は重く、見ていただいた通り武器を持っていてリーチがあります。』

「オークに関して言えば、力で押してくるタイプだ。出来るだけ相手の攻撃は避け、一発でももらってしまうことは避けるようにしろ。数が多くなってきたら一度退いて態勢を整えるのもいい。速さはないから、逃げることは十分可能だ。」


 これだけ聞くと昨日のコボルトの方が厄介とも感じるが、単純に体力や防御力も上がっていて、昨日のように一撃で倒すというのも、急所でなければ無理なのだろう。

 奇襲で狙いを定めている時ならまだしも、相手が遅いとはいえ、戦いの最中に急所を狙って当てていくという芸当は、まだ俺にはできないから1体にかける時間も長くなっていく。

 その間に他のオークに狙われ、隙を作ることがないようにしなければならない。


「オークはコボルトと比べて気配を察知するのが苦手だ。まずは離れたところを歩いて集落を一周し、侵入するポイントを決めよう。」


 コボルトは犬系でオークは豚系。その辺りも気配察知の面や、ステータスの面に影響があるのかもしれない。


 俺とノーマンさんは愛車から降り、歩いて周りを一周してみる。

 マップで、全てのオークが集落の中にいることは確認できているため、戦闘は起きないと考え、愛車は出したままだ。


 道から少しだけ離れた森の中の、ちょっとした広場のような場所に集落はある。

 近付いて詳しく見てみると、屋根の付いた家は全くなく、雑魚寝で、更に柵も途切れ途切れで思った以上に侵入しやすそうだ。


 昨日のコボルト集落では下見さえしなかったので、下見をしていればほころびを見つけ、奇襲をかけられたかもしれないと思ってしまう。


「う~ん、やはり出来たばかりだな。」

「そうですね。どこも作っている途中のようです。」


 一周すると、侵入場所を話し合うために車に戻る。


「マップに表示されている18体全てを目視で確認できたわけではないが、予想通り上位個体はいなさそうだ。」

「どこからでも侵入できそうでしたけど、どうしますか?」

「門の正面である、こことは反対側が一番手薄だ。」

『なるほど。それに反対側はオークの数が少ないですし、一体一体が散らばっていますね。気付かれずに各個撃破して、それから門側のオークを相手するのが良いかと。』


 下見して得た情報と、愛車のスキルであるマップで得た情報を組み合わせて立てた作戦だ。


「それにしてもマップは便利だな。これがあれば戦い方がや作戦の立て方ががらっと変わる。」

「そうですね。特にこのような集落だとより便利だと感じます。」

「そうだな。それに今回は乗り物を仕舞って冬樹自身が戦うが、もし乗って魔導砲を撃つという場合も戦術に幅が出せそうだ。音も気付かれるほどではないし、馬のように魔物に怯えることもない。」


 確かにノーマンさんの言う通り、俺が直接戦うのは本来は街中などの移動が難しい時だけを想定している。

 マップを見て移動し、敵に気付かれないように魔導砲や俺以外のパーティーメンバーの直接攻撃で攻撃していく。


 そんなことを考えれば考えるほど『地形開拓』のスキルが欲しくなるというものだ。


「さぁ、準備して裏の方に向かうことにしよう。」


 ついに、初めてのCランク依頼を始める時だ。


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