18.作戦開始

「おはよう、冬樹。」

「おはよ~。」


 時刻は7時半。いつも通りの時間に朝食をとりに1階に降りると、すでに全員が揃っていた。

 昨夜は今日に備え軽く酒を交わすだけにして早い時間に解散した。

 早い時間とは言っても、なかなか話が尽きず、特にエクストラスキルのことには全員が興味津々だった。


 4人のエクストラスキルについては、自分と愛車以外の仲間のステータスは端末では確認できないため、作戦から帰還した後に乗ってもらい、確認することになった。

 帰還した後の話をするのはフラグが立つような気がしてまずいかなとも思ったが、日本での知識に踊らされるのも嫌なので気にしないことに決める。


 昨日の話が弾んだ夕食から一転、今日の朝食は会話も少なく4人はどこか緊張した面持ちだ。

 それも仕方ないかもしれない。群れのリーダーの討伐が目的ではなく、大人数で作戦に向かうとはいえ、前回は全滅しかけ、その上今回は盾役であるノーマンさんも不在である。


 ノーマンさんも一緒に行きたいという表情を見せているが、昨日の戦闘の様子を見ると、骨折した個所をかばって動く様子もあり、とてもではないが万全とは言えないので、作戦に同行するのは不可能だろう。


 そのまま15分ほどで全員が食事を終えると、軽く今後の予定を確認してから各自の部屋に戻る。


 作戦に参加する冒険者は大森林側の門の前に9時となっているようだが、エレナたちレッドディストラクションについては作戦の中心ともなるパーティーになるため、集合時間の30分前に一度ギルドに寄ってから、集合場所に向かうようだ。


 俺とノーマンさんに関しては、門まで4人を見送ってからギルドに戻って依頼を受けることにした。



 コンコンッ


「メリッサだ。入ってもいいか?」

「どうぞ。」


 俺の部屋に人が訪ねてくるのは珍しい。


「どうかしたか?」

「いや~、柄にもなく緊張しちゃってね。話し相手が欲しいんだ。・・・笑わないでくれよ。」

「いや、笑わないさ。いくらでも付き合うよ。」


 口調はいつもと同じに聞こえるが、声色は不安そうなメリッサ。

 顔色もいつもと違っていて、表情もきつめだ。


「正直に言うよ。緊張してる。怖い。こんな大規模な作戦は初めてだし、キング級とも戦ったことがない。」


 一番平気そうに見えても、一番精神的に弱いのはメリッサかもしれないと思う。

 しかし、今の俺には話を聞き励ます言葉をかけることしかできないのだ。


(甘く見過ぎていたかもしれない。)


 会議も順調に進み、作戦もすんなりと決まったように感じていたためか、今日までは危機感に類するものは一切気付いていなかった。

 もしかしたら会議は難航してやっとのことで作戦が決まったのかもしれないし、俺が気付いていなかっただけで裏では全員が不安に思っていたかもしれない。


(どうして気付けなかったんだ。)


 自分に腹が立つ。

 それはポイントを利用して獲得できる愛車のスキルの中に『地形開拓』という、地形に関わらず愛車を進めることができ、なおかつ通過した一定時間後に地形がもとに戻るというものがあったからでもある。


 必要なスキルポイントは8。現在の愛車の残りスキルポイントは5なので、一日中愛車のレベル上げだけに集中していれば不可能なポイントではなかったのだ。


 決して必ず助けられたと、うぬぼれているわけではない。

 ただ、気付けて頑張っていれば一緒に行くことが出来たかもしれないのを、気付けなかったせいで、目の前で不安がっている仲間が無事に帰ってくるのを祈ることしかできない、という状況を作り出している自分自身に腹が立っているのだ。


(だけど、後悔しても今更なのは分かってる。)


 腹は立っても、今は無事を祈ることしかできないのも事実。

 足りない語彙力で精いっぱい、メリッサを励まし、鼓舞する。


「フフッ。冬樹の方が心配そうな顔になってる。なんか吹っ切れちゃった。もう大丈夫。必ず無事に帰ってくるから。頑張ってレベル上げて待っててね!」

「あぁ、必ず、だからな。」

「うん。」


 数秒間の間メリッサの顔を見つめる。

 先ほどと比べるとすっきりとした表情で、いつもの笑顔も戻っているように思えた。


「そろそろ時間だね。いったん自分の部屋に戻るよ。」

「あぁ。また後で。」


 そう言ってメリッサが早足で部屋を去る。

 緊張がほぐれ、急に恥ずかしくなったのか、メリッサの顔は真っ赤になっていた。


 話に集中していて準備が途中のままであることに気付いた俺は、急いで準備する。

 見送った後は宿屋に戻らず、ギルドへ行き、依頼へと向かうのだ。


 初日は街に戻るということであったが、ノーマンさんの言っていたことから考えると今日は街に戻らず遠征ということになるかもしれないので、そのための用意もする。


 とは言っても、愛車のキャンピングカーで宿屋以上の生活が送れるため、ほぼ準備するものもないのだが。


『マスター、そろそろ集合時間になりますよ。』

「ちょうど準備が終わったところだ。一階に向かおう。」


 部屋の扉を開けて廊下に出ると、二つ隣に泊まっているアリシアと出くわす。

 準備を終え、ちょうど一階に向かうところのようだ。


「アリシア、一緒に向かうとするか。」

「はい。そ、その、メリッサのこと、ありがとうございました。さっき私の部屋にも来たんです。冬樹さんに話したら気が楽になったって・・・。」

「いや、励ますことしかできなかったけどな。」


 自嘲気味に言う。

 悩んでいたことを知っていて、部屋にも行っていることから考えると、メリッサはアリシアと意外に仲が良いのかもしれない。


「ことしかなんて言わないでください!実際にそれでメリッサは助かりました。冬樹さんも大切なメンバーの一人だと私は思ってますから。」


 強い口調で言われ驚く。

 酒を飲んでいるときは別として、素面の時にアリシアが強い意思表示をするのは珍しいことだ。


「ありがとう。アリシアも、どうか無事で。」

「当たり前ですっ!皆のこと、ちゃんと守って見せますから。」


 笑顔で言うアリシアの言葉に、俺が助けられたような気がした。


 一階に降りると、俺ら2人が最後だった。

 全員そろったということで、まずは隣のギルドへと向かう。


 メリッサの表情が晴れたおかげか、いつもほどではないが朝食時に比べると、会話が増えている感じだ。


(良かった。今の俺にできることは出来たのかな。)


 後悔をしても仕方ないことに気付いてから、色々と考えることを止めたのだが、もしかすると会話が少なくなっていた一因はメリッサだけではなく、自分にもあったのかもしれないと思った。


 全員の険しい表情自体は変わっていないが、緊張や恐怖といった負の感情ではない。


 宿屋を出ると、大通りはいつも通り人々で混み合っていた。

 しかし今日から作戦が開始されることを街の人々も察しているのだろう。

 街全体の雰囲気がピリピリしているように感じる。


 当然のことだが、成功が約束された作戦などあるはずがなく、今回の作戦が失敗すれば、森の異変がこのアンヴァルに多大なる影響を及ぼすことを街の人は分かっているのだ。いや、影響を及ぼすどころでは済まないかもしれない、ということも。



 ギルドに入ると、いつもなら騒がしい朝方にも関わらず、人はまばらで、受付にも列は出来ていなかった。

 それもそのはず、作戦に参加するCランク以上の冒険者は門に集合で、ギルドに用事があるのはDランク以下の冒険者だけだ。


「レッドディストラクションの皆様、お待ちしておりました。支部長が2階で待っておられます。」


 パメラさんが、受付から飛び出してきて2階に向かうように伝える。

 俺も一緒に行っていいのかとパメラさんの方を見るが、特に何も言われないので問題ないのだろう。


 階段を上った先のギルドの2階は、1階と比べると少し立派で、応接室や貴賓室などがあるようだった。

 俺たちが向かっているのは一番奥の部屋、支部長室だ。


 先頭のエレナがノックした後、部屋に入ると、以前会った副支部長と大柄なおじさん、恐らく支部長だろう、がテーブルの奥の椅子に腰かけて待っていた。


「わざわざ寄ってもらって感謝する。レッドディストラクションの5人に、そちらは冬樹殿、だな。話は聞いているぞ。俺はここの支部長をやっているクレイグだ。どうぞ、よろしく。」

「よろしくお願いします。」


 やはり支部長だった。バーナード様の威圧感とはまた違う、強者の雰囲気を感じる。

 ノーマンさんが小声で言うには、バーナード様が若かりし頃所属していた冒険者パーティーのリーダーがクレイグさんだったようだ。


「さぁ、あまり時間もない。伝えるべきことをササっと伝えることにしよう。」


 そう言ってクレイグさんが話し始める。

 どうやら、クレイグさんは仕事の関係でギルドから離れられないそうで、出発を見送ることが出来ず、鼓舞するための一言を作戦のリーダーであるエレナに頼みたいようだ。


「分かりました。私ごときの言葉で皆が鼓舞されるのなら、お引き受けいたします。」

「良かった。よろしく頼むぞ。食料や回復薬などの物資は予定通り用意できた。」


 あとは事務的な打ち合わせや、作戦内容の再確認だ。

 作戦内容については、事前に聞いていたものと変わりはない。


「すまんな、本当は俺も行きたかったんだが。」

「いえいえ。Cランク以上の冒険者がごそっといなくなるアンヴァルに、この街で一番強いであろう支部長が残ってくださるからこそ、安心して戦えるものです。」

「お世辞はいらんよ。俺も現役から退いてだいぶ経つし、力も衰えている。この街を守るのは君たちだ。よろしく頼むぞ。」

「はい。我々レッドディストラクションはアンヴァルのために全力を尽くします。」


 強者の雰囲気はやはり気のせいではなかったか。お世辞とは言ったが、事実ではあるのだろう。

 クレイグさんとの話を終え、いよいよ集合場所である大森林側の門へと向かう。


 門の前にはすでに大勢の冒険者が集まっており、ものすごい熱気を感じた。


『壮観ですね。』

「あぁ、そうだな。すごいよ。」


 アイも俺も、雰囲気に驚く。

 街はどんよりとしていたのだが、ここにはそんな気配が一切ない。


「エレナ様、作戦に参加するほぼ全員がすでに集まっております。物資も準備完了です。」

「あぁ、ありがとう。では、一言声をかけることにするか。」


 ギルドの職員だろうかに準備が整っていることを伝えられると、エレナが門の前へと歩いてゆく。


「皆、こっちを見てくれ!」


 突然の大声に冒険者全員がエレナの方を見る。


「私は今回の作戦のリーダーを務めるレッドディストラクションのリーダー、エレナだ。まず初めに言っておこう。今回の作戦は非常に厳しいものになる。怪我人はもちろん、死者も出るだろう。だが、今回の作戦には大きな意味がある。もし作戦が失敗すれば、この街は魔物に蹂躙され、永遠に人々の記憶となるだろう。愛する人、家族、良くしてくれた街の住民、全員が死ぬ。そうならないために我々は向かうのだ。怖いと思うものもいるだろう。そう、私だって怖い。だけど周りを見てみろ。私たちは一人ではない。大勢の冒険者、頼れる仲間がいるのだ。今こそ自身の力を最大限発揮するとき。さぁ皆、自分の武器を掲げよ。作戦開始だ!」


 うおぉぉぉぉぉお


 冒険者が自分の武器を掲げ大声で叫ぶ。地響きが起きるかのように街全体が揺れるのを感じる。


(これが、エレナ。レッドディストラクションのリーダー、エレナなんだ。)


 あまりものすごさに言葉が出てこない。



 エレナの演説が出発の合図となったようで、初心者講習会の教官だったB級パーティー『コマンダンテ』のリーダー、レックスを先頭として、冒険者たちが門を出て森へと向かって行く。


 それに続くために、レッドディストラクションの3人も慌ただしく準備をする。


「みんな・・・、行ってらっしゃい。」

「アリシア、メリッサ、クリス。頑張れ。エレナを頼んだぞ。」


 俺とノーマンさんの言葉に、3人は返事をしてから、彼らの殿を追いかけていく。

 3人は門で森に向かう冒険者たちに声をかけ鼓舞していたエレナと合流する。



 必ず無事に帰ってこい。


 そう念じて門の外へと出ていくエレナたちに視線を送っているとと、殿をつとめていたエレナが俺たちのいる後ろを振り向き、大きく頷いてから、こちらに手を振った。


 俺も力いっぱい手を振り返す。まるで今生の別れ。

 心配する気持ちが大きくなり、つい言葉が出そうになる。



「大丈夫だ、冬樹。彼女らは、俺たちが思っている以上に強い。」


 その時だった。

 ノーマンさんが優しく声をかけてきて、俺は喉まで出かかっていた声を飲み込んだ。


 そうだ。4人は強い。必ず無事に帰ってくる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る