14.初依頼

 窓から朝日が差し込む気配を感じ目を覚ます。


『おはようございます、マスター。』

「おはよう、アイ。」


 昨日はあの後、酒を飲みたいというメリッサに付き合って、もう一軒行ったため、帰ってきたのは日が変わる頃だった。

 そのため寝る時間も自然と遅くなったのだが、一度仮眠をとっていたせいか現在時刻7時でも、すっきりとした目覚めだ。


『いよいよ今日から冒険者生活の開始ですね!』


 アイはかなり楽しみにしているようだが、俺は不安も大きい。

 今日から数日間の間、ノーマンさんと平原に出て、討伐依頼をこなしていく予定となっている。

 ノーマンさんと一緒というのが救いで、アイと二人で挑もうとしていた過去の自分を正気かと疑いたくなる。


 冒険者ギルドでは、パーティーを募集したり、臨時パーティーを組んだりすることもできるようだが、二人で行こうとしていたのは、自分に力がないうちから信頼できるか分からない人と依頼を受けるのは避けたいと思っていたからだ。


 今日からはレッドディストラクションの他の4人とは完全に別行動。

 俺とノーマンさんがいつも通りの時間から動き始めるのに対して、4人は今日は午前中はゆっくり休み、午後から明日からの準備をするとのことだった。


 という訳で今日の朝食は2人。

 ノーマンさんは口数が少ないので気まずくならないか心配していたが、全くそんなことを感じさせず、すぐにこの沈黙さえ心地いい、と思うようになっていた。


 ノーマンさんパワー恐ろしい。すっかり信者になってしまった。

 講習会でのことも相まって、すっかり一緒に居て安心、そして信頼できる相手だ。


 朝食を食べ終わると部屋に戻り、昨日ぶりに装備を身にまとう。

 防具を身に付けて帯剣するということが、俺の人生で起こるとは思っていなかったので、色々な感情が沸き起こってくる。


(アイが言っていた通り、いよいよという感じだ。)


 包丁を使ってゴブリンを倒そうとしたのも、今ではいい思い出になっている。


 さて、ここで今回の目標を確認しておこう。


 今回の一番の目標は自分のレベルを上げること、である。

 もちろん、戦闘に慣れることや剣術を磨くことも目的の一つではあるが、来る防衛戦に備えて、ステータスアップと0になってしまっているスキルポイントを獲得したい。


 防衛戦でも基本的には愛車に乗り魔導砲での攻撃となるだろうが、何が起こるかは分からないので、いざ愛車を降りて戦闘しなければならなくなったときに、今のままだとまずいだろう。


 とは言っても、スキルポイントに関しては獲得したとしても、今すぐに使いたい対象のスキルがあるわけではない。

 あくまで保険という訳だ。やっぱりポイントがあるのとないでは心の余裕度が違うからね。


 装備を身にまとい終わった俺は、荷物の最終確認をする。


 水や軽食、解体用のナイフなどが講習会でもらったアイテムバッグの中に入っている。

 物を中に入れても、バッグ自体の重さしか感じないので戦いの邪魔にもならないだろう。


「アイ、忘れ物はなさそうかな?」

『はい、マスター。大丈夫だと思いますよ。』


 アイも緊張した面持ちを浮かべている。

 さぁ、ノーマンさんが待つ一階に向かうことにしよう。



 一階に着くと、扉の近くでノーマンさんとアリシア、クリスが雑談をして待っていた。

 実は誰も応援に来てくれないことを寂しく思っていたので、アリシアとクリスが来てくれたことが嬉しい。


 一応他の2人のために弁明しておくと、決して薄情という訳ではなく、愛車という戦闘も回復もこなせるアイテムを持っているうえ、ノーマンさんも付き添うということで、何の心配もされていないのだ。

 それに、エレナは朝が弱く、メリッサに至っては昨日かなり飲んでいたので二日酔いだろう。


「冬樹、ずいぶん張り切った格好だな。」


 クリスがそう言うので、ノーマンさんを見てみると防具はおろか、メインで使う盾すらも持っていなかった。


「ノーマンさん、武器や防具はどうしたんです!?」

「いや、アイテムバッグの中に入れてあるが。」

「冬樹、お前は街を出たら乗り物を使って移動するんだろう。魔物と戦うときには防具も武器も必要だが、それ以外の時はずっと身にまとう必要はないはずだ。」


 ノーマンさんとクリスの言葉にはっとする。

 確かに二人の言う通り、俺には愛車があり、しかも索敵ができるから偶発的な魔物との遭遇は有り得ない。


 どうやら冒険者は防具を着たり脱いだりすることでオンオフを切り替えるのだという。

 実際に俺は防具を着てオンになっているので、これを移動中もと思うと、早々に気疲れしてしまいそうだ。


 しかし今から部屋に戻って脱いでくると言うのも恥ずかしいので、愛車に乗った時に脱ぐことにしよう。


「・・・完全装備の冬樹さん、かっこいいです!」


 アリシアが励ますためか俺の姿を褒めてくれた。優しさが沁みるぜ・・・。


「じゃあ、行ってくるよ。」

「まぁ、ノーマンがいるから大丈夫だとは思うが、気を付けて行ってこい。」

「行ってらっしゃいです!」


 2人に別れを告げ、まずは依頼を受けるためにギルドに行く。

 ギルドの隣にある宿屋なので人で混雑する大通りを長く歩かずに済むのは、ありがたい話だ。

 これも高級宿であるからで、安い宿ほどギルドから遠い位置にある。


「冬樹、依頼は冬樹に選んでもらうが、初日の今日は街に戻る。そのつもりで選んでくれ。」

「分かりました、ノーマンさん。」


 街に戻らないという発想はそもそもなかったのだが、よくよく考えると遠征の方が一般的で、1日で戻るというのはあまりないのだろう。


『このアンヴァルは人口が多いことからも分かる通り、ここ一帯の中心的な街です。バーナード様が治める領地の領都ともあって、領地の端からも依頼が集まっているようです。』


 アイが補足をしてくれる。

 それだけ遠征が必要な依頼も多いという訳か。


 とはいえ、愛車での移動というのが、徒歩や馬車で移動する他の冒険者よりも移動の面で優れていることは明らかだ。

 試したことはないが、夜間はアイに自動運転をお願いすれば一日中の移動が可能となり、時速50キロで進むとして単純計算で一日になんと1200キロもの距離を進むことができる。


 そう思えば、どの依頼でも今日中に帰ってくることが出来そうだとも感じるが、戦う時間や閉門される前に帰ってこないといけないことを考えると、実質稼働時間的に、今日は近場の依頼を受けるのが無難だろう。


 ギルドの中に入ると思った通り人でいっぱいだった。

 受付に長い列ができているのはもちろん、依頼が貼られている掲示板の周り多くの人が集っている。


 なんとか依頼が見える場所を確保し、上から順に吟味していくことにする。


 戦いが近いこともあってか、一部のステータスを一時的に上げるポーションや回復薬の原料となる薬草や魔物の部位を求める依頼が冒険者ギルドから大量に出されている。

 戦いがあることは参加する者にしか知らされていないということであったが、これを見てしまうと冒険者の大勢が戦いがあることを察していることだろう。


(隠す意味は果たしてあるのかな?)


 Aランクのノーマンさんと一緒なので全ての依頼を受けることが可能だが、本来なら現在のランクであるEの一つ上、Dランクの依頼までしか受けることは出来ない。

 今日は初めてだから、EランクとDランクの依頼を一つずつ受けておこうと思う。


「ノーマンさん、Eランクの『キラーラビット10体討伐』とDランクの『コボルト集落殲滅』の二つを受けようと思います。」

「あぁ、いいだろう。」


 ノーマンさんの許可ももらえたので、掲示板から依頼の紙をはがし、受付にできた長い列に並ぼうとする。


「冬樹、こっちだ。」


 ノーマンさんは閉じられている窓口に向かうと、いつもより大きな声でパメラさんを呼ぶ。

 呼ばれたことに気付いたパメラさんが奥から駆け寄ってきた。


「ノーマンさんに、冬樹さん。・・・なるほど、そういうことになったんですね。」


 ノーマンさんが今回の作戦から外れたことを知っていたようで、俺といる姿を見てすぐに理解したみたいだ。


「それで、どの依頼をお受けになるのでしょう?」


 今度は俺がカウンターに2枚の依頼を提出する。

 パメラさんは提出された用紙に書かれた依頼内容をチラッと確認して、そのまま処理に入る。ここで色々言ってこないのは、さすがプロといった感じだ。


「では、依頼を受諾しました。どちらも期限は3日となっていますのでご注意ください。何か質問はありますか?」

「掲示板に直接書かれていたホワイトスライムの核や、グレイトディアやビッグボアの牙や角の依頼はどうやって受注するんでしょうか?」

「あの依頼に関しては、持ってきていただいた個数だけ、一つにつき、いくらという形で報酬をお支払いします。」


 なるほど。じゃあ2つの依頼をこなしつつ、それらも余裕があれば積極的に狙ってみることにしよう。

 なにせ今の俺は一文無しだからな。懐が寒いどころではない。


 依頼を受けた俺とノーマンさんは大森林とは逆の東門へと向かった。


 Aランクのノーマンさんが、見たこともない初心者装備の俺と依頼に向かうところを見て、通りがかる人が驚く顔をする。

 ノーマンさんが気にしていないのに俺が気にするのも変なので、平静を装って歩くが、中には嫉妬の目を向けるものもおり、いい気分はしない。


 逆の立場なら俺も嫉妬するかもしれないので、まぁ仕方がないことだろうと、それも我慢する。


 早足で東門から街を出る。


「おぉ~、広い!」


 子どものような感想だが、今まで大森林の方しか見てこなかったので、逆側であるこちらは初めてだ。


 一面に短い草木が生えており、そこに敷かれたいくつかの道。平原だ。

 例えるならば、アルプスのような、という表現が一番いいだろうか。


「気持ちいいだろう、冬樹。」

「はい、ノーマンさん。最高です。」


 森のマイナスイオンとも違う、心地よい風が吹いている。

 空を見ると非常に天気が良く、草や木が照らされてまるで輝いているようだ。


「・・・乗り物に乗ろう。確かにここは気持ちいいが、小さい虫が多くてかなわない。」


 ノーマンさんの現実的な言葉に苦笑してしまう。


 さぁ、レベル上げだ。


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