13.街の探索と作戦

 初心者講習を終えた俺は、受付に戻っていく受講者たちを尻目に買取スペースへと移動し、背中に背負っているビッグボアの牙と角を売ることにする。


「すみません、この牙と角を売りたいのですが。」

「おぉ、ずいぶんと立派なビッグボアの牙と角だね!ちょっと待ってくれ。」


 カウンターへと提出すると、人のよさそうなおじさんが受け取ってか、お金の準備をしている。


 行動が素早い。

 すぐにビッグボアのものだと見抜いたし、手慣れたものなんだろう。


「合わせて銀貨20枚といったところだな。」

「普通のサイズなら、どれくらいなんですか?」

「普通のサイズなら半値くらいだな。そもそも大森林が入れず需要が高まっているから、いつもよりは高く買い取っているがな。」


 なるほど。思った以上に高かったがそんな事情もあるのか。

 お昼に食べた定食屋の日替わりが銅貨50枚だったので、銅貨1枚=10円ぐらいかと思っているのだが、それを考えると、大きいビッグボアの牙と角は日本円で2万円くらいか。


 アイはD級パーティーでは討伐できないサイズといっていたので、C級パーティーがこのサイズを一日に複数討伐し、かつ人数で割るのかと思うと、俺が思うアンヴァルの物価も妥当なものなのだろうか。

 本来なら人気だという肉もあるはずだからな。


 念願の現金を手に入れた俺は、ほくほく顔で受付へと戻る。

 まだレッドディストラクションの5人は会議が終わっていないようだ。

 今日は宿に集合ということだったので、街に繰り出すことにしよう。できるなら、装備を購入したいが。


 端末を周りに見えないように確認すると、今の時間は16時半前だった。

 門に近い飲食店に人が多かったお昼とは異なり、冒険者ギルドに近い武器や防具、魔道具などを売る店があるエリアの方に人が集まっていた。


 レックスに初心者にお勧めの武具屋を聞いたので、最終目的地は決まっているのだが、とりあえず色々な店をまわってみたい。


『どこも高いですね・・・。』


 と思ったのだが、アイの言う通り武器や防具を売る店はどこも高く、並ぶ商品は軒並み金貨が必要、銀貨であっても今の所持金では何も買うことができず冷やかしになってしまうため、外から眺めるだけにした。


 そのためもあって予定より早く目的の店に到着する。


「いらっしゃい!」


 店に入るとお兄さんが元気よく迎え入れてくれる。


「初心者用装備をお探しですね。使う武器は何ですかい?」

「剣、ですが・・・。」


 色々と答えずとも、あれよあれよと装備が準備される。

 解体所のおじさんのように、初心者の相手は慣れたものなのだろう。


「これが初心者装備一式となりますね。所持金と相談して、優先度の高いものから買ってくだせぇ。いくらお持ちで?」

「今の所持金は銀貨20枚ですね。」

「なら、全部買うことが可能ですよ!本来なら銀貨22枚必要ですが、それぐらいならまけましょう!」


 俺の意思もないまま剣と防具一式全部買うことになってしまった。

 普通は使える最大額を手持ちにするだろうし、まさかこのお兄さんも銀貨20枚が俺の全財産だとは思っていないだろう。


 しかし、他の店と比べると一式が銀貨20枚で買うことができるというのはお得といえるだろう。


「なんでこんなに安いんですか?」

「ここで売っているのは全て量産品ですからね!決められた工程っで同じものをいくつも作っている訳です。だから細かい調整は不可能なんでさぁ!まぁ、初心者装備なので冒険者ギルドからも多少の援助を受けているんですけどね。」


 なるほど。

 日本では当たり前の量産という概念だが、各自に調整が必要な装備を量産するから安さが実現されるわけか。

 ある程度のお金が貯まったら、自分の手の大きさにあう武器や体のサイズに合った装備を買っていくのだろう。


 装備を買うという目的を終え、一文無しに戻ったため、少し早い気もするが宿に戻ることにする。

 装備は身にまとった状態だが、丈夫な革防具ということで、そこまで重さは感じない。



 寄り道することなく、昨日に引き続き今日も泊まることになる『星空亭』へと戻ってきた。


 受付で聞いてみると、俺の分まで数日分払ってもらっているらしい。

 ちなみに一泊当たり銀貨30枚ということだった。日本円で30000円。た、たかい・・・。


 いったん部屋に戻り防具を外すと、講習会でだいぶ汗をかいたことを思い出す。

 仕方がないので井戸の水で水浴びをすることにした。


「寒っ!!」


 夜も近づき肌寒くなってきていたので、冷たい井戸水が余計にしみる。


『やっぱり車は天国ですね、マスター。』

「ほんと、その通りだ。」


 地面に置いている端末から凍える俺を見て、アイが声をかけてくる。

 今の季節は分からないが、これからもっと寒くなるようなら、冷たい水で水浴びの際に心臓が止まってしまいそうだ。


 部屋に戻ると、寒さに耐えられず布団にくるまる。



 コンコンッ


 ドアをノックする音が聞こえる。


「冬樹さん…!アリシアですっ!夕食の時間ですよ!」


 アリシアの声に目を覚ます。どうやら眠ってしまっていたようだ。

 時間を確認すると19時前。1時間ほど寝ていたことになる。


「あ、あぁ。今準備するから少し待ってくれ。」

「はい、お待ちします。」


 俺が言ったのは一階で待ってくれということだったのだが、どうやらアリシアは扉の前で待っているようだ。

 急がなければ。


 とはいえ、軽く身なりを整える程度だったので3分ほどで準備を完了させ、廊下へと出る。


「…起こしてしまったようで申し訳ないです。で、でも、他のメンバーが待っているので。さぁ、行きましょう。その格好だと寒そうですが大丈夫でしょうか?」

「あぁ、大丈夫だと思うが。」



 大丈夫ではなかった。

 どうやら今日は宿屋では夕食をとらず、外で食べるようだった。アリシアが言ったのは、こういう意味だったのか。

 布団で温まっていた体が外気に触れて一気に触れる。まさか外に出るとは思っていなかったので半袖だ。


「なんで外で食べることになったんだ?」

「冬樹さんに、決まった作戦のことをお話しするためです。まだ明らかにしていないことも多いので、他の人に聞かれないように個室があるところで、と。」


 なるほど。そういうことか。


「他の4にはすでに店に向かっています。私たちも急ぎましょう。」


 人の多い道を早足でかき分け、店へと急ぐ。


「おぉ~、アリシアに冬樹!こっちだ、こっち!」


 大きな声でメリッサが呼んでいる。

 アリシアがそんな大きな声で呼ばなくていいのに、と顔を赤くしてつぶやいている。

 周りに注目されて恥ずかしいようだ。


 4人に合流すると、すでに予約時間を少し過ぎていたようで、そのまま店の方に入る。


 案内されたのは完全に仕切られた個室だった。


「ここは秘密の会談や他人には言えないような話をするときに使うんだ。さぁ、まずは飲み物と料理を頼もう。真面目な話もするから酒はほどほどにしろよ。」


 エレナが、アリシアやメリッサの方を見る。

 アリシアはうんうんと頷いているが、メリッサは早速メニュー表の酒のページを熱心に見ていた。


 どれが美味しいかも分からないので俺がお任せでというと、他の面々も続き、結局エレナが一人で適当に決め頼むことになった。

 ちなみにメリッサは、エレナによってジュースを頼まれた。他の5人は全員酒だ。


「それにしても長い会議だったなぁ~。途中で抜け出して生き生きとした表情で帰ってきたノーマンを怒りたいところだけど、今回は仕方がないかな。」

「どういうことだ?」

「まぁ、その話は料理が来てからにしよう。」


 前菜から順に料理が運ばれてくる。どれも美味しいが、個室がある料理店、高級な味がする。


「そろそろ話を始めるか。まず話しておかねばならないのは上位種のについてか。上位種になればなるほど、強さは跳ね上がり、知性は上がり、連携、罠、魔法など厄介な相手になっていく。今回我々が警戒しているのは、ゴブリンキングの出現だ。」


 アイはゴブリンキングの危険性について、こう説明した。


 ゴブリンキング自体も強い相手だが、恐れるべきことはゴブリンロードへの進化。

 ロードになると急激に強くなり、国を滅ぼすことのできる『魔王』と呼ばれる存在になるようだ。

 そうなってしまうとアンヴァルが、どころの騒ぎではなくなるらしい。


「しかし、大森林の立ち入り制限を行ったおかげで、進化に必要な時間も人間を殺し奪う進化のための魔力も足りていないだろう。だが、大森林の制限を続けると色々なところに影響が出るし、何よりゴブリンキングに時間を与えるわけにはいかない。」


 そこでこのような作戦が決められたようだ。


 明日は準備に充て、明後日Cランク以上の冒険者と騎士団の精鋭で森に立ち入り、大量発生しているゴブリンを間引き、上位種も可能な限り倒す。

 そして、群れのリーダーの正体を確認し、撤退する。


「一気に倒してしまわないのは、前言っていた森だと動きが制限されるから、という理由か?」

「それもあるが、今回の作戦では相手のホームにこちらが立ち入ることになる。罠の存在も警戒しなければならないし、何より敗北して進化の条件を与えることは許されないから、念には念を重ねるのだ。」


 そして撤退の後、焦ってアンヴァルを攻めてくる敵を防壁前で殲滅。

 そこでリーダーも討伐する、という作戦だ。


「アンヴァルに?大丈夫なのか?」

「森で戦うよりはよっぽど勝率が高い。森では使う魔法も制限されるし、障害物もない。何よりアンヴァルはホームで、防壁の上から魔導砲や魔法を撃つことができる。」


 う~ん、言われてみると確かに森の中よりは、作戦が立てやすい気がするな。

 もし街に入られたら、という危険性はあるが、それほどゴブリンロードへの進化は恐れるべきものなんだろう。

 何より森での作戦はCランク以上だし参加できないが、アンヴァルの防衛では俺も愛車とともに役に立てそうだ。


「あれ?これまでの話と、ノーマンさんが会議を抜け出したことをメリッサが許すのは、どう繋がるんだ?」

「ノーマンは今回の作戦から抜けてもらったんだ。骨折していて万全な状態じゃない。クリスは魔法を使い後衛を担当するが、ノーマンは最前衛だ。」


 ちょっと待て。

 これは俺にとっては好都合なのではないだろうか。


 エレナの話を聞いて、大森林の作戦の間は一人で平原の方でレベル上げをしようと思っていた。

 だが、ノーマンさんはお留守番。森の中では戦えなくても、俺のレベル上げの相手程度なら・・・。


「提案なんですが、ノーマンさん。もし大丈夫そうなら、俺のレベル上げに付き合ってくれませんか?」

「あぁ、もちろん。それぐらいなら大丈夫だ。」


 一瞬驚いた顔をしたノーマンさんだが、俺の言葉を理解したのかすぐに笑顔になった。


「ず~る~い~!私も冬樹と一緒で!」

「そんなことを言うなメリッサ。お前はパーティーの要だし、ノーマンも悔しいんだ。」

「絶対嬉しそうな顔をしたよ・・・。」


 こんな一幕もあったが、これで今後の方針が決まった。

 明日からはノーマンさん以外の4人とは別行動になりそうだ。


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