12.初心者講習会
屋敷を後にした俺たちは、冒険者ギルドに行く前に昼食をとることにした。
メリッサにはシャワーを浴びたことを気付かれ、恨めしそうな目で見られた。
髪も乾かしていたんだが、どうして分かったのだろうか。
現金を確保するために、愛車の棚から最初に倒したビッグボアの牙と角を背中に背負っていたのだが、それでは目立つ上、移動の邪魔になるということで、エレナに預けた。
エレナは腰に付けていたバッグにそれを仕舞う。
どうやら冒険者はアイテムバッグを必ず持っており、それに魔物や薬草を仕舞って移動するようだった。
アイテムバッグは容量が拡張されていて、アイテムボックスのような働きをするが、バッグ内も時間の経過は普通で、容量もそこまで大きくない。
その程度であれば簡単に作れるらしく安価で手に入れることができるが、容量が大きくなったり、時間経過が遅くなるような魔法がかけられているものだと、途端に値段が跳ね上がるとのことだった。
ギルドでも安く買えるらしく、牙と角を売ったらそのお金でまずはアイテムバッグを買うといいだろう、とのことだ。
そんなこんながありながら向かったのは、大森林の方の西門に近い定食屋。
もうすぐで12時ということもあり、少し列ができていたが回転率が高いようで、数分で入ることができた。
アリシアおすすめの日替わり肉料理を頼む。
10分ほどで全員分の料理が運ばれてくる。
気になる今日の日替わりは、デザートスネーク肉のトマト煮だった。
スネーク、つまり蛇の肉ということで、最初の一口は恐るおそるであったが、鶏肉のような触感と味で、骨も抜かれていたため、美味しくいただくことができた。
「美味しかったな!」
「冬樹、あの店はおすすめだ。安くて早くて美味しい。」
全員が満足気な表情を浮かべている。また行くことにしようと思う。
少し時間は早いが13時からの初心者講習会に備えてギルドへと向かう。
よくよく考えたら、これから運動するわけなのだが、お腹いっぱい食べてしまった。
少しだけ心配になってくる。
立ち並ぶ飲食店には、食べる前と比べて長い列ができており、人通りも増えているようだった。
「冒険者が冒険に出ている時間なのに、ずいぶん人が多いんだな。」
「冒険者ばかりではないし、冒険者も毎日依頼を受けるわけではないからな。」
「毎日働いていたら体が壊れちゃうよ。冒険者なんて体が資本だからね。」
メリッサが言ったことは、日本の会社の経営陣にも聞かせたかった言葉だ。
しばらく歩いて冒険者ギルドの中に入ると、人で込み入っている大通りの様子とは真逆で中は閑散としていた。
日中ではこの時間が一番人が少ないようで、受付にも列は出来ていない。
数人、装備を身に付けていなかったり、新品の安物であろう防具を付けていたりする者がいるので、彼らは俺と同じく初心者講習会を受講する者たちなのだろう。
「初心者講習会は3時間ほどと聞いている。我々の会議の方はいつ終わるかも分からないから、すぐ近くだし今日は宿屋で落ち合うことにしよう。夕食までは近くを探索してみるといい。」
「危ないことはするなよ。」
「はい、ノーマンさん。」
メリッサに言われるとからかわれている気がするのだが、ノーマンさんに言われると自然と頷きたくなるのは普段に行動の差だろうか。
メリッサが複雑な顔をしたので、俺の反応について同じようなことを思ったのだろう。
エレナたちが2階の方に上っていくと、俺は同じ目的であろう人たちが集まっている場所に寄って行く。
集まっているとは言っても、話をしているわけではない。ただ他の冒険者の邪魔にならないように寄っているだけである。
話をしている者もいるが、会話を聞いているとどうやら元々知り合いであるようだ。
このような状況で初対面の人に話しかけていくほどコミュニケーション能力に長けてはいないので、俺も黙って待つことにする。
そのまま何事もなく待っていたのだが、13時を過ぎても何も起こらず、まさかこの人たちはただここにいるだけなのかと内心びくびくして思っていると、昨日対応してくれたパメラさんが奥の扉から出てきて、俺たちを呼びにきた。
パメラさんは俺以外は初対面のようで、知り合いの俺に話しかけてくる。
「冬樹さん、昨日奥にある修練所でという話をしたじゃないですか!」
少しだけ怒っている様子だ。
確かにそう言われたし、ちゃんと覚えていたのだが、集まっているのを見て、ここでいいのかと思ってしまった。
他の人たちも目や顔をそらしたのを見ると、俺だけではなく全員が言われたにもかかわらず、間違えて集まっていたようだ。
「パメラさん、集団心理って怖いですね。」
「馬鹿なことを言わないんです!いつもの初心者講習より厳しくても文句は言わないでくださいよ!」
緊張している人も多いのかパメラさんの言葉に数人がびくっと体を震わせ、余計なことを口走った俺に非難の目が向けられる。
「まぁ、今日は幸運なことに厳しい方ではないので大丈夫だとは思いますが・・・。」
良かった。非難の目も少し和らいだ気がする。
左側の奥のドアを抜け、奥に進んで行く。
その間、魔物の解体と買取を行っている場所があり、そこにはビッグボアが置かれている。
ちょうどこれから解体をしようとしているところなのだろうか。
あぁ、そういえばちゃんとエレナからビッグボアの牙と角は受け取ったぞ。
帰り際にでも売ろうと思うが、解体されているビッグボアを見ると、やはり俺が討伐したものはかなり大きかったようだ。
さらにその奥に進むと、今度こそ結構な広さがある修練場に着いた。
魔法が当たっても大丈夫なようになのか、石とは違うコンクリートのような固そうな素材で壁と天井が覆われている。
中心には剣、槍、弓、斧など、様々な種類の武器が乱雑におかれていた。
その近くには見覚えのある男性が一人立っていた。
「今回の初心者講習会を担当するレックスだ。ランクはBで、B級パーティー『コマンダンテ』のリーダーをしている。皆、今日はよろしく。」
レックス。覚えているだろうか。
昨日、冒険者ギルドの前で待ち構えていた集団にいて指示出しもしていた、脳筋っぽいが頭が切れそうな男だ。
「3時間という短い時間だから早速始めることにしよう。周りに助けてもらわず、自分で色々なことができるようにするんだぞ。パーティーに加入して自分だけできずに恥ずかしい思いをするのは君たち自身だ。」
レックスの言うことはもっともだ。確かに恥ずかしい思いはしたくないし、気を遣われたくもない。
講習会は、まず自分に適性のありそうな武器を探し、何を使うのかを決めるところから始まった。
リーチが長い槍にしようかと思っていたが、レックスが言うには長い故に移動が難しく、突くというパターン一辺倒となってしまうので、初心者にはお勧めできないとのことだった。
自分の生死を分ける相棒になるわけで、慎重になって選ぶ。
愛車の戦闘支援でステータスがアップするので、遠距離ではなく近距離武器が良い。
剣、大剣、短剣、斧、タガーなど一通り試してみると、一番剣のなじみがいいように思えた。
直感も大切だということなので、剣を使うことに決める。
俺が一番遅かったようで、すでに他の人たちはレックスからアドバイスをもらい、素振りや型の練習を始めていた。
俺のように全くの初心者というのは珍しく、たいていの人は使う武器を最初から決めているのだという。
選んでいるときはあまり感じなかったが、実際に頭上に持ち上げ振り下ろそうとすると、結構重い。
「剣に振られているな。剣には振られるのでなく、振らねばならない。まずは重さに慣れるんだ。しばらく素振りを繰り返せ。実際はそんなに重くないぞ。」
握り方や振り下ろす際に気を付けることを教えてもらい、素振りを繰り返す。
何回も繰り返すうちに、レックスの言う通り、重さが気にならなくなり、普通に振り下ろせるおようになる。
どうやら先入観もあったようだ。
1時間も素振りを続けていると、だいぶ素振りも板についてきたような気がする。
休憩を一度も取っていないのだが、そこまで疲れを感じていない。
他の人たちは好きなタイミングで休憩を取り、すでに2回目の休憩に入っている者もいる。
『レックスさんは重くないと言っていましたが、マスターのステータスだと重いはずなんです。それにあまり疲れないようですし、もしかすると端末の状態でも車のスキルが発動しているのかもしれないですね。』
確かにスキルの説明を思い出すと、常に発動する、と書かれていたような気がする。
体力は並なはずなので、アイの言っていることは間違っていないだろう。
俺の素振りを見て、レックスが型の練習に移るように言い、いくつかの基本的な型を教えてくれる。
「冬樹、やっているようだな。」
後ろから声を掛けられ振り向くとノーマンさんだった。
今日も一人でいるところを見ると、うまく逃げ出してきたらしい。
「ノーマンさん、どうしたんですか?会議は終わったんでしょうか?」
「許可をもらって、こっちに来た。俺も教官として参加する。」
「もちろん、ノーマンさんなら大歓迎です。」
レックスが納得したように頷いて許可を出すが、昨日のことを知っている俺にしてみればノーマンさんが抜け出してきたことは一目瞭然だが、教えてくれるというのだし、野暮なことは言うまい。
レックスは昨日のことを忘れていたらしく、ノーマンさんと俺が話している姿を見て、レッドディストラクションと一緒にいた男が俺であることに気付いたらしい。
レックスがノーマンさんを他の人にも紹介する。
「皆、聞いてくれ。この方はノーマンさん。ランクはAで、A級パーティー『レッドディストラクション』のメンバーの一人だ。ここから教官として参加してくれることになった。」
「ノーマンだ。聞きたいことがあれば聞いてくれ。」
レッドディストラクションのメンバーであるノーマンさんは有名らしく、疲れて休憩していた数名も元気を取り戻したようだ。
その様子をレックスは苦笑いで見ている。
レックスはまずは教えてから見守り、つまずいていたら助け舟を出すというスタイルだが、ノーマンさんは質問されたら答え、分かるまで徹底的に教えるというスタイルだ。
俺も型で詰まっていたところを、ノーマンさんに付きっきりで教えてもらった。
『マスター、剣術LV.1のスキルを獲得したようです。』
始まってから2時間を超えたあたりでアイが教えてくれる。
剣を振ると、急によりスムーズな動きができるようになっていた。
教えてくれていたノーマンさんやレックスにもそのことを話す。
「スキルを獲得したのか!おめでとう。実戦に行かずにスキルを獲得するのは、かなり珍しいことだ。」
これまで初心者講習会でスキルを獲得したのは片手で数えるほどらしい。
恐らく教官が二人いてくれたことと、愛車のスキルが影響したのだろう。
「では、最後に模擬戦を行おう。それが終わったら、解体所に移動するぞ。そこで簡単な解体方法を教える。」
スキルを獲得した直後に声がかかりランダムで模擬戦を一戦行った。
相手は大剣装備の少年だったが、スキルのおかげもあり苦労せずに勝つことができた。
模擬戦の様子を見届けると、ノーマンさんが俺に声をかけ、再び会議に戻っていった。
レックス先導のもと解体所へと行くと、キラーラビットという歯の鋭い大き目の兎の魔物が人数分用意されていた。
森の中のすばしっこく動くが攻撃力がそこまで高くないため初心者向けの魔物で、キラーラビットの肉はもっとも一般的に流通する肉らしい。
まずはレックスがお手本として血抜きをして解体し、それを見終わると俺たちも見様見真似で実践する。
血に慣れ親しんでいないため、うっと来るものがあったが、他の人も同様の表情を見せていたので自分だけではないと安心して取り組めた。
先ほどの剣の練習おかげなのかナイフも妙になじんで、場所と気を付けることさえ分かれば、自分でも驚くほど、すんなりと解体することができた。
一番早いという訳ではなかったが、全員が解体を終えるのを少しの間待つ。
それが終わると、この初心者講習会は終了のようだ。
「よし、全員無事に解体できたようだ。最後に今解体に使ったナイフと冒険者生活には必要不可欠なアイテムバッグをプレゼントする。これが終わりではなく、これからが冒険者生活の始まりだ。全員が無事で、立派な冒険者になることを祈っている。そしていつか俺を超えたら酒でもおごってくれ!」
最後はレックスのユーモアのある話でしめられ、待機していたパメラさんから一人一人にアイテムバッグが渡される。
アイテムバッグは最初に買おうとしていたものだ。
色々と収穫のある初心者講習会となった。
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