11.アンヴァル二日目

『マスター、起きてください!もうすぐ約束の時間ですよ!』

「も、もうちょっとだけ・・・。」

『マスターの秘密、メリッサさんにばらしちゃいますよ。』


 アイの言葉に、急いで意識を覚醒させる。

 数日間の愛車での共同生活の間、話をしているうちに、アイにはいくつか恥ずかしいことも話してしまっていた。


「おはよう、アイ。」

『おはようございます、マスター。気持ちのいい朝ですよ。』


 宿屋ではありがたいことに、一人部屋をあてがってもらえていた。

 机と椅子に、ダブルサイズのベッド、トイレまである。


 寝心地は悪くはなかったのだが、現代日本でこだわりを持って作られたものを導入している愛車と比べてしまうと、どうしても劣ってしまう。


 光源も一般的に普及しているらしい大き目のランプの魔道具が置いてあるのだが、日本と愛車での生活に慣れた俺にとっては暗い、と感じるものだった。


 その上、シャワーや風呂といったものは存在せず、泊っている冒険者たちは、井戸の水を使っての水浴びをしているようだった。朝夜は肌寒いので、とてもじゃないが冷たい井戸水で水浴びをしたいとは思えず、昨日の朝にシャワーを浴びたことを言い訳にしているような状態だ。


 文句ばっかり言っているが、総合して考えると、日本での生活がどれほど恵まれていて、愛車がどれほど優秀か、ということだ。

 これを見ると、なおさらメッリサやクリスの反応は頷けるものだ。


 昨日の夜はといえば、酒場となっている宿屋の一階部分で無事の帰還と俺の歓迎を模したパーティーが行われ、結構な量の酒を飲まされた。

 酒には強いため大丈夫だったのだが、メリッサが泣き始めたり、アリシアがびっくりするほど饒舌にしゃべりだしたりと色々なことがあり大変だったが、相変わらずノーマンさんだけは微笑みながら静かに飲んでいて、俺はノーマンさんに対し、もはや尊敬の念まで抱き始めたのであった。


 氷が入っておらず、酒はしばらくするとぬるくなったりもしたものだが、料理に関してはやはり自分で作るものよりも美味しく、念願のビッグボアのステーキも食べることができ、大満足であった。

 ここに米があったらな、と思ったのだが、それは望み過ぎというものだろう。この国の主食はパンだ。


 とはいえ時間自体はそんなに長くはなく、22時過ぎには部屋に戻り横になることができた。

 色々やろうとも思ったのだが、思った以上に疲れていたらしく、すぐに眠りについてしまって今だ。


「アイ、今何時なんだ?」

『今は6時半ですね。』

「随分と早いな。まだ集合時間まで1時間あるぞ。」


 昨日約束した集合時間は7時半。一階に集まり朝食を食べ、今日の予定を確認する、という話だ。

 窓から外を覗くと、少しまだ薄暗かった。


「ここには時計がないようだけど、アンヴァルの人はどうやって時間を判断しているんだろう?」

『深夜は鳴っていないようでしたが、1時間おきに鐘を鳴らして知らせているようです。先ほど6時ちょうどには聞こえてきました。』


 なるほど。昨日も鳴っていたような、鳴っていなかったような。

 人は気にしないと、聞こえるものも聞こえなくなってしまうものだ。


『それよりもマスター、気になることがあります。マップをご確認ください。』


 アイに言われた通りに、スマホのような端末を操作しマップを起動する。

 半径5キロメートルが映るということで街のほぼ全体が見ることができ、俺の近くには緑色の点が5つ、味方となっているレッドディストラクションの5人。

 無数の白い点は味方と認識していない人々で、少し離れたところに魔物を示す赤い点が2つ。


「赤い点!?」

『そうなんです。私も昨日の夜確認していて驚きました。』

「俺に敵意を持つ人間という可能性は?」

『それは有り得ません。現状、マップにそこまで判断する機能は搭載されていませんから。』


 街の中に魔物が居る。

 日本での小説やアニメの知識を思い出す。魔物の使役、潜入、色々な可能性が考えられるか。


「そういえば、何の魔物かは分からないのか?」

『難しいですね。森の中のように、周りに他の対象がいないようであれば可能なのですが、ここは街の中で多くの中から特定のものを判断するというのは無理そうです。』


 となれば、現状では判断材料が少なすぎる。

 どの道、その場所へ向かって戦闘というのも現実的ではない。


「う~ん、しばらくは放っておいて、注意深く見守ることにしよう。」

『了解しました、マスター。』


 その後、マップやステータスを確認し、集合時間が近づいてきたので、準備をして一階へと向かう。


 一階へ降りるとエレナ以外の4人が集まっていた。


「お、おはようございます、冬樹さん。」

「おはよう、アリシア。」


 一番最初に俺に気付いたアリシアが挨拶をしてくる。

 少し恥ずかしそうなのは、昨日の夜の饒舌さを思い出して、だろうか。

 俺としては少し距離が縮まったような気がして、嬉しかったのだが。


「おぉ、冬樹。ちゃんと時間通りだな。さぁ、朝食を頂こう。」

「クリスも、おはよう。エレナは待たなくていいのか?」

「彼女は朝に弱いんだ。気にすることない。しばらくしたら勝手に起きてくるだろう。」


 意外な話ではあるが、メリッサは以前彼女の部屋に起こしに行ってひどい目にあったことがあるらしい。



 クリスが言った通り、集合時間を過ぎてしばらくすると少し不機嫌な顔をしたエレナが朝食を食べていた俺たちのもとに現れる。


「これでもだいぶ早い方かな~。」


 ニヤニヤしてからかうメリッサを無言のまま軽く叩いて、朝食を受け取りに行った。


 朝食は野菜中心のスープにパンといったシンプルなものだったが、美味しくいただくことができた。

 全員が食べ終えたところで、いつもの顔に戻ったエレナが話し始める。


「今日は午前中ギルドで依頼等の確認をしてから、冬樹の付き添いでバーナード様のもとへ向かい、乗り物の紹介をする。それが終わったら冬樹はギルドで講習会、私たちはバーナード様やシャーロット様も呼んで冒険者ギルドのお偉い様方と会議の続きだ。」

「ノーマン!今日はずっと見張っているわよ!」


 会議という言葉を聞いて顔をしかめたノーマンさんに、メリッサがくぎを刺す。

 会議をさぼりそうなのはメリッサの方なのに、こういうところは逆なのだ。


 あわよくばバーナード様に愛車を見せるときにシャワーを浴びたい。


「じゃあ、各自準備して30分後くらいに再びここに集合だ。」



 ---



 少し時は進んで、今は午前10時になろうとするところだ。


 冒険者ギルドで用を済ませ、今はバーナード様の屋敷内部の広場のようなところで、バーナード様の到着を待っている。

 ノーマンが昨日言っていた通り、朝の冒険者ギルドの掲示板には依頼が隙間なく貼られていて壮観だった。


「すまない、待たせたようだな。これでも急いだのだが、色々やることが多くてな。」

「いえ、全く問題ありません。我々も急いでるわけではないので。」


 セバスさんが呼びに行って10分ほどで、急ぎつつもエレガントにバーナード様が現れた。


「冬樹殿、乗り物のこと楽しみにしていたよ。早速だが見せてくれるかね。」

「はい、では全員少し後ろに移動してスペースを開けてください。」


 全員が俺の後ろに移動したのを確認し、しまったときのように心の中でスキルを唱える。


(スキル:車庫を解除!)


 唱え終わると、ポケットの中の端末が勝手に飛び出し、光とともにだんだん大きくなっていく。


(危ない!端末がポケットにあるのを忘れてた!)


 危うく押しつぶされるところだったことに気付く。

 その間にも大きくなっていき、光が収まると、見慣れた相棒、愛車であるキャンピングカーが現れた。


「おぉ!これは初めて見るな!乗り物というのは馬車ではなかったのか!」


 バーナード様がテンションを上げて話す。少し離れたところにいるメリッサの表情もウキウキだった。


「では、中にお入りください。」


 ドアを開け、まず俺が中に入ると、続いてバーナード様やセバスさん、レッドディストラクションの5人が愛車の中に入ってくる。


 さすがに8人ともリビングに居ると手狭に感じるが、十分にスペースに余裕はある。


「これはすごいな。広さは劣るが、私の自室より立派だ。」

「すごいですよね!ソファーはふかふかだし、温水で水浴びもできるんです!」


 メリッサが自分のもののように説明する。

 しかし、どうやらアイは今回は現れないことに決めたようだ。


 俺はキッチンやシャワー、ベッドの方などを一通り案内すると、お気に入りのソファーに腰掛けてもらい、機能についても話せることは話す。


 冷蔵庫、棚、スピード、耐久力、魔導砲、スキルの戦闘支援と範囲回復。

 この辺はいずれ分かってしまいそうなことなので、話してもいいと判断した。


 バーナード様とセバスさんはもちろん、レッドディストラクションの5人にも話したことのない内容が含まれていたため、全員が口を開けて聞いている。


「お、思っていた以上だ。このような遺物は聞いたことがない。性能が明らかになったら、ギルドの所有者登録があっても狙うものが出てきそうだが大丈夫なのか?」

「そこは問題なさそうです。どうやら自分にしか操作できず、そもそも許可したものしか立ち入れないようなので。」


 これからも愛車とともに生きて行くつもりだから、バーナード様の言うようなことは必ず起こるだろう。

 確かに問題なさそうではあるが、万が一のことも考えてやはり自分自身も強くなっていかねばと再確認する。


 それから1時間程度、広場の中を実際に運転してみたり、魔導砲を撃ってみたりしていると、途中からは驚くことをあきらめたのか、純粋に楽しんでいるようだった。


「冬樹、これはとてつもなくすごいな。もし何かあった際には私が必ず後ろ盾になると約束しよう。そのかわり、金は払うので王都に行くときなどたまに乗せてもらえるとありがたいな。」

「ありがとうございます。その程度なら、もちろん構いませんよ。」


 そうして俺は任務と引き換えに、後ろ盾を手に入れることができた。


 もちろん、やることがあるからと全員を下ろし、シャワーを浴びたのは秘密だ。



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