9.貴族

 レッドディストラクションの5人と俺は、寄り道することなく大通りを真っ直ぐと進んでいく。

 あまりも人が込み入っていたため時間がかかりそうだと思ったが、エレナ達を見ると自然と道が開けていった。


 道の突き当りにある冒険者ギルドに近づくにつれて、道の両側の店は飲食店などから武器や防具を売っている店に変わってきていて、すれ違う人々も冒険者っぽい格好をした人が多くなってきた。

 ファンタジー世界ならではの魔道具やポーションといった類を売っている店もあり、足を止めたくなる気持ちを必死に抑える。


 自然と聞こえてくる会話に耳を傾けると、夕食のメニューの話から今日一日の成果の話まで様々であったが、やはりというべきなのかレッドディストラクションの面々を見て、立ち入りが制限されている大森林のことを話している人が多かった。


 俺が話を聞いているのが分かったのか、エレナが大森林のことについて話をする。


「この街アンヴァルの民にとって、西に広がっている大森林の存在は大きい。魔物が多くいて食料問題にもかかわるし、回復薬などの原料の多くは大森林で採れている。他で調達が不可能な訳ではないが、大森林が一番手っ取り早いのだ。」

「色んな人が大森林について噂しているな。」

「そうだ。生活に関わるものだし、商人だって森の道が使えないと大きく迂回しなければいけなくなるから物流も滞るからな。」


 なるほど。

 大森林由来のものだけではなく、他の場所から運ばれるものについても届くのが遅くなることがあるのか。

 もしこのままなら物価は次第に上がっていくことだろう。


 数日間愛車で道を移動しているだけだったから、異変はおろか、珍しい植物も見つけることができなかった。

 そういうものはだいたい森の奥深くにあると相場が決まっているのか。


 ちなみに大森林以外の場所は平原が広がっていてアンヴァルの食料事情を支える農業を営む村が点在しているようだ。

 そこにも魔物がおり、現在冒険者はそちらで依頼をこなしているのだとか。


 冒険者ギルドの前まで来ると、当然のことだが一層冒険者が増える。


「エレナさん、どうでしたか?」


 エレナ達の帰還を聞いて待ち構えていたのか、結構な数の冒険者がギルドの前に立ち並んでおり、一番前に居た脳筋っぽいがっちりと防具をまとったままの冒険者がエレナに話しかけてくる。


「レックス、残念だが討伐は出来なかった。調査も半ばで終えねばならなかったから、もしかすると皆に召集があるかもしれない。今からバーナード様に報告に行くから、支部長に帰還したことと、あとで向かうことを伝えておいてくれ。」

「そんな・・・。レッドディストラクションでも・・・。」

「今回は数も多くて厄介そうだ。頼りにしているぞ。」

「はい。ギルド長には伝えておきます。」


 レックスと呼ばれた冒険者は見た目とは裏腹に、丁寧な言葉づかいで話し、彼のパーティーメンバーと思われる周りにいた数人に素早く指示を出していた。


 T字路の突き当りにあった冒険者ギルドを右に曲がり、それから何度か曲がって進んでを繰り返す。

 日本では戦国時代、簡単に城に辿り着かれないように、わざと複雑な道を作っていたと聞いたことがあるが、ここでも同じことなのかもしれない。


 しばらく歩くと、領主の館が次第に近付いてくる。

 高層ビルに見慣れている地球出身の俺からすると大した高さではないはずだが、全体が石造りのそれは立派で、かなりの威圧感を感じるものだ。


 街の防壁と同じようなものに領主の館も取り囲まれていて、門には入ってきたときに居た衛兵より光った明らかに上等な鎧を着た騎士が警備をしている。

 その中でも上官なのだろう、質の違う鎧をまとった女性がエレナに話しかける。


「エレナ様、ご帰還されたのですね。お父様へのご報告に来られたのですか?」

「おぉ、シャーロット様。そうなのです。バーナード様にお会いできますでしょうか?」

「えぇ、いつも通り執務室にいると思います。ちょうど訓練を終えたところでしたので案内いたしましょう。」


 エレナがシャーロット様と呼んだ騎士。

 領主であるらしいバーナード様をお父様と呼んでいるので、どうやら貴族令嬢のようだ。


 金色の綺麗な髪で可憐な容姿だが、鎧を身にまとっているし、訓練してきたとも言っていたので、何らかの軍の役職についているのだろうか。


 シャーロット様先導のもと、歩きながら会話を続ける。


「クリスお兄様もお帰りなさいませ。どうやら怪我をされているようで、大丈夫でしょうか・・・?それにこちらの方は・・・?」

「あぁ、シャーロット、ただいま。実は戦闘で重い怪我を負ってしまったのだが、こちらの冬樹に助太刀してもらい回復までしてもらったのだ。その名残で数ヵ所骨折している。すごい遺物も持っているし、父上に是非紹介したいと思ってな。」


 お、おい。突っ込みどころが!

 クリス・・・!確かに高貴な感じはあったが、イケメンだからというだけではなかったのか!


「そうだったのですね・・・!冬樹様、お兄様を助けていただきありがとうございました。」

「あ、あぁ、いえいえ、たまたま通りがかっただけですので。ク、クリス、様?の骨折は治すことができなかったので。」

「冬樹。今まで通りクリスで構わないぞ。すまんな、言う機会がなかっただけで、別に隠していた訳ではなかったのだが。」


 クリスが笑いながら言う。まぁ俺も隠していることはあるから何も言えた話ではないけど・・・。


 それにしてもシャーロット様は顔が整いすぎているため、話しかけられてドギマギしてしまった。

 レッドディストラクションの女性3人も美少女ではあるが、シャーロットは特別といった感じだ。


 しばらく兄妹の会話に混ざるような形で歩を進める。

 クリスは長男、シャーロット様は次女で、姉と弟と妹がそれぞれ一人ずついるらしい。


「クリスは長男なのになぜ冒険者をしているんだ?」

「これは父上の教育方針なんだ。世間を経験してほしいと、一定期間ずつ、まずはこの街を守る騎士として勤め、そして冒険者として過ごす。街に入る前にエレナが父上は貴族っぽくないと言っただろう?他の貴族にあるようなパーティーや政略結婚とかとは無縁の人なんだ。」


『かなり珍しいことだと思われます。私の知識によると一般的に貴族は傲慢なイメージ。大きな街にはAランク以上の冒険者パーティーが専属として所属しているようですが、だいたいは利害関係のみで信頼はなく、その上多くの貴族が冒険者を普段は厄介者扱いする癖に有事には兵士としてみなすため、仲が悪いことが多いようです。』


 アイが補足する。考え方としてはやはり普通ではないようだ。

 ここでは別として、貴族は警戒していかないといけなくなるかもしれないな。


「だが冒険者はここまでだろう。骨折が治るまで満足に動けないし、ちょうど冒険者の期間も終わるところだ。これからは本格的に政務の勉強をしていくことになるだろう。」

「そして私が今度は冒険者に・・・。いよいよ、ですわ!」


 階段を上るなどして進んでいると、正面に豪華に装飾された立派な扉が見えてきた。

 きっとここにバーナード様がいらっしゃるのだろうと思ったが、そこを通り過ぎ、少しだけ立派な扉の方へと向かって行く。


 執務室、ということだったから、きっと豪華な方は謁見のための部屋の扉なのだろうか。



 コンコンッ


「父上、クリスです。先ほど帰還し、メンバーとともに報告に参りました。入ってもよろしいでしょうか?」

「おぉ、いいぞ。ちょうど気分転換が必要だと思っていたところだ。」


 クリスが扉をノックすると、渋めだが明るい声が聞こえてきた。


「待っていたぞ、エレナ殿。・・・ムッ、ノーマン殿にクリスは怪我をしているようだな。表情もあまり優れぬようだし、討伐は出来なかったか。」

「申し訳ありません、バーナード様。」


 現れたのはエレガントなおじさんだった。

 クリスに似てイケメンで、立ち振る舞いが上品だ。


「よいよい、全員が無事に帰ってこれたことをまずは喜ぼう。どうやら新しい者を連れてきているようだし気になるところではあるが、まずはエレナ殿から依頼のことについて聞くことにしよう。」

「はい。複数の冒険者から報告があった通り、大森林の深部でゴブリンが大量発生しており、ゴブリンジェネラルなどの上位種も確認できました。」


 大森林の深部。道理で道中では遭遇しなかったわけだ。


「ゴブリンジェネラルに苦戦したのか?」

「はい。正しく言うと、ゴブリンジェネラルが率いる精鋭部隊にやられました。ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジ、全ての個体が上位種で構成されていて、数も多かったため・・・。高い知性があり、最初から魔法を使う2名を優先的に狙ってきました。」

「となると、作戦を伝授したであろう、さらなる上位種が発生しているのは確実か・・・。」


 バーナード様が考える素振りを見せる。


 上位種には出会ったことがないため俺には脅威度が分からない。

 道中では一度も出会わなかったので、レアな存在であると思うのだが、それが多く発生しているのは明らかな異常なのだろう。


「エレナ殿はどう考える?」

「正直なところ、怪我人を出した我々のパーティでは、しばらくその上位種を動きが制限される森の中で討つことは難しいと思われます。しかし倒せなくとも、その上位個体なのかは確認する必要がありますし、ある程度数も間引く必要があるかと。」

「なるほど。では早急に冒険者と騎士団の合同パーティーで作戦を実行することにしよう。セバス。ギルド幹部とのアポを取ってくれ。」


 我々以外誰もいないと思っていたこの部屋に、いつの間にか執事服を着た白髪の男性が立っていた。

 格好は執事だが、了解しましたと言って再び消える言動は、まるで忍者のようだ。


 内心非常にびっくりし、思わず声が出そうになったが今回は何とか押しとどめることができた。


「それで・・・。この初めて見る男の方はどなただろうか?」

「それは私が説明しましょう。」


 エレナに変わりクリスが話してくれるようだ。


 ウルフから助けてもらったこと、酷い怪我を治してもらったこと、古代遺跡で手に入れたという乗り物を所持していることなど、順番に一通り話す。


「というわけで、冬樹は私たちの命の恩人なのです。」

「う~ん、それは感謝せねばならないな。それに、その乗り物も非常に気になるところだ。どうだ、冬樹殿。今日は時間がなさそうだが、明日の午前中にでも私を乗せてみてくれないか。」

「はっ、はい。是非とも乗っていただきたく・・・!よろしくお願いします。」


 そんなに緊張しなくてもいいのだぞ、とバーナード様が笑っている。

 いきなり振られて戸惑ってしまっただけだと言い訳したい。


「お話し中のところ失礼します。ギルド支部長のクレイグ様がすぐにお越しくださるようです。」

「そうか。エレナ殿、冬樹殿のことも気になるし、もっと話したいところではあるが、今日はここまでのようだ。報告ありがとう。」

「いえ、いつもよくしていただいて感謝しております。作戦が決まった折には、お伝えいただければと。」


 全然時間が経っていないはずだが、セバスさんがアポを取って戻ってきた。

 いったい何者だろうと思うが、もしかしたらそういうスキルを身に付けているのかもしれない。



 バーナード様の執務室から出ると一気に緊張が解けたような感じだ。


「よし、次は冒険者ギルドに向かうとしよう。我々は依頼の結果報告、冬樹は乗り物の所有者登録と自身の登録も行うといい。」


 冒険者登録・・・。いよいよだ。


『楽しみですね、マスター!』


 アイがポケットからささやき、我々は休む間もなく、先ほどは通り過ぎた冒険者ギルドへと向かうのだった。



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