7.それぞれの事情

「エレナ、確認したいことがある。これは古代遺跡で手に入れた装備で、回復スキルを使うことができる。」

「古代遺跡・・・。それにそんなことが出来るのか・・・。」

「そこで、回復スキルを使ってエレナの仲間を助ける代わりに、今後何かあった際に味方になることを約束してほしいんだ。」


 古代遺跡というのは、事前にアイと決めていた設定だ。

 アイによると、アースランドには古代遺跡が存在し、そこではまれではあるが、家電などのオーバーテクノロジーのものや銃などが手に入ることがあるらしい。

 それでも前代未聞なものであることは間違いないらしいのだが、疑われはするかもしれないが信じられる話だということだ。


 アースランドにおいては金も人脈も皆無な俺とアイ。


「もちろんだ。もともと仲間を見捨てる選択肢などなかったから、ここで終える覚悟までしていたんだ。今でこそこんな姿をしているが、我々はアンヴァルでは一番強いと言われているパーティー。何があっても、このパーティーは冬樹の味方になることを、パーティーリーダである私エレナの名において誓おう。」

「よし!ではレッドディストラクションを味方と認識する!」


 言葉だけで信用していいのかという話もあるかもしれないが、エレナのこちらを真っ直ぐ見る目を信じることにした。


 [冒険者パーティー【レッドデストラクション】を味方と認識しました。]


 ウッ・・・


 どうやら回復が始まったようで、倒れていた3人の方から声が漏れ出すのが聞こえてくる。

 俺と話をしていたエレナも回復している様子を察し仲間のもとへと駆ける。


 不思議な顔をしている倒れていた3人の顔を見て、事情の説明などもあるし時間がかかるだろうと思い、いったん愛車に戻ることにする。


『お疲れ様です、マスター。交渉お見事でした。』

「疲れるようなものではないし、交渉でも何でもないよ。」


 お気に入りのソファーの上に腰掛ける。

 一気に肩の力が抜けたような気分だ。


「何かまずいことは言っていなかったか?」

『いいえ。事前の打ち合わせ通りに上手くいっていました。これからどうするおつもりですか?』

「エレナたち次第ではあるが・・・。アンヴァルに同行したいとは考えている。」


 ちょうど街に行きたいと思っていたところであるし、アンヴァルで一番強い冒険者パーティーだとも言っていた。

 アースランドという異世界で初めての街に行こうとしているのだ。

 エレナたちの存在はかなり心強い。


『一応私も話を聞くことが出来ていましたが、マスターから見て何か気付くことはありましたか?』

「なぜ他の人間は見当たらないのにここにいたのか、なぜアンヴァルで一番強いと言っているのにこのような状況に陥っていたのか、とか色々疑問に思うことはあるけど、冒険者の格好や装備はある程度想定内だな。」


 パーティーリーダーであるといったエレナと、戦っていたもう一人の金髪美少女は装備からして前衛のアタッカーを担っているのだろう。


 大きな盾を抱えている大柄の男性は恐らくタンクの役割。

 あと二人、金髪イケメンと青髪の身長が小さい少女のような見た目の女性は杖を持っているので魔法を使って戦っていたのだろう。


『念を押すようですが、知識としてはアースランドのことを少し知っている我々ですが、圧倒的に常識に欠けています。何としてでも設定を押し通し、こちらから新たな情報やこの世界に関する事柄を言っていくのは極力避けてくださいね。』

「あぁ、分かってる。もしものときはフォローを頼むよ。」

『とはいえ、命を救ったわけですし、エレナさんも信用できそうです。パーティーメンバーに問題がなければ、車の中に立ち入って頂いても問題ないかと思います。』


 俺たちの持つ知識は女神が思うアースランドの基本的知識だ。

 女神にとっては基本的でもアースランド人にとっては基本的ではないかもしれないし、逆にアースランド人にとっては基本的な知識を俺もアイも分からない、ということは十分あり得る。


 それに異世界から来たというのは隠しておいた方がいい、というのも共通認識だ。

 前例が少ないため信用されないかもしれないし、異世界人はあまり成功してこなかったと聞いているため、わざわざ話すメリットが感じられないからだ。



 十分ほど経って、確認や状況説明が終わったのか、エレナがパーティーメンバーを引き連れて声をかけてくる。


「冬樹!アリシアとクリス、ノーマンがお礼を言いたいと言っている。」


 アイとの会話を切り上げ、急いで外に出る。


「クリスだ。回復魔法で助けてくれたと聞いた。君は命の恩人だ。本当にありがとう。」


 まず話しかけてきた金髪イケメンの名前はクリスというらしい。

 笑顔が美しく、一つ一つの動きが洗練されていて、イケメンはどこまで行ってもイケメンなのだなと思う。



「ノーマン。感謝する。」


 大柄の盾を持った男はノーマンという名前か。

 少々強面で、話している感じから判断するに口数が少ないタイプなのかもしれない。



「わ、わたしはアリシアと言います。助けてくれて、感謝、します…。」


 最後は杖を大事そうに抱えた少女のような姿のアリシア。

 声が小さく恥ずかしそうにしている。


「いえいえ、たまたま通りかかって、たまたま救うことのできる力があっただけなので。」

「そんなことを言わずに!」


 クリスが強引に握手してくる。


「クリス、命の恩人が戸惑ってる顔をしているから、そこら辺で止めておけ。お前もまだ本調子じゃないんだから、じっとしているんだ。」


 3人をよく見ると、3人とも顔色が悪かった。かなり出血していたためだろうか。

 それにクリスとノーマンに関しては動きづらそうに見える。どこかが治っていないのかもしれない。



「私はメリッサ。私からもお礼を言うわ。正直ギリギリだったから助かったよ。」


 3人を順番に観察していると、軽い口調で最後のパーティーメンバーである金髪美少女メリッサが話しかけてきた。

 恥ずかしそうだったアリシアとは正反対の印象を受ける。


「なんで怪我をしていたんだ?」

「その辺は後からエレナが話をしてくれると思うわ。それよりも私はこの見たことのない乗り物が気になるの。」


 そう言ってメリッサは俺の質問をはぐらかし、愛車へと近づく。

 メリッサの背中を見ると弓が提げられていた。本来は弓使いなのだろうか。


「メリッサがすまないな。あいつは良くも悪くも自由なんだ。それで冬樹。お前はこれからどうするんだ?」

「質問を質問で返すようで悪いが、エレナたちはどうする?」

「私たちは・・・。実は急いで拠点のアンヴァルに戻る必要があるのだが、クリスとノーマンが骨折していて、しばらくはゆっくりと移動することになりそうだ。」


 やはりクリスとノーマンは骨折していたか。

 範囲回復LV.1ではこの辺りが限界なのかもしれない。


 しかし急ぎたいのか。それは好都合だ。


「そのような事情なら提案なんだが、急いでいるならこれに乗ってアンヴァルまで行かないか?俺も街に向かいたいと思っていたところなんだ。」

「中に入れるの!?」


 相も変わらず愛車を眺めていたメリッサが突然声を上げる。

 高身長でクールそうなメリッサがテンションが高く自由というのはギャップがある。


「こらこらメリッサ。冬樹、それはありがたいことだが、その、良いのか?」


 こちらをうかがうようにしてエレナが言うが、明らかに物珍しい俺の愛車に今日会ったばかりの私たちを乗せていいのか、ということだろう。


「問題はない。俺にしか操作ができないようになっているし、何よりも君たちのことは信用したい、からな。」

「信用・・・。そういうことならお言葉に甘えて、乗せてもらうことにしよう。他のメンバーも異論はないな。」


 おうっ、はい、などと様々な返事が聞こえてくる。


「では、よろしく頼む。」



 ---



 愛車に入ると、レッドディストラクションの面々は興奮しっぱなしだった。


 乗り物の中に家があり、立派な家具はおろか、見たことのない電化製品までもがある。


 極めつけはアイだ。

 真っ黒な板に美少女が映り、会話をする姿を見ると、開いた口がふさがらなくなっていた。



「それではお互いの現状について話せることを話していこうと思う。まずは私たちから。」

『冒険者の話、楽しみです!』

「う~ん、やっぱり不思議だなぁ。どうやって喋っているんだい?」

「メリッサ。いちいち話を他のところに持っていくんじゃない。」


 俺が運転席に行って運転を始めると運転に集中しなければならず、声も聞こえづらくなるため、愛車で移動することで大幅に時間を短縮できることを聞いたエレナは、まずは話をしようと提案してきたのだ。


 ちなみに場所はリビング。6人であれば全員が腰かけることが出来る。


「とはいえ、メリッサの言うことも分かる。想像以上どころか、あまりにも規格外すぎる。他のメンバーも気になっているようだし、軽くでいいからまずは冬樹から話してくれないか。」


「まぁ、いいだろう。エレナには言ったけど、これを手に入れたのは古代の遺跡だ。場所は俺の故郷が近い、この大陸の東端。実はこの装備を手に入れたとき、自分に関することなどの記憶を全てなくしてしまったんだ。恐らく代償だったんだろう。自分は何も覚えていないのに、周りの人が知っている風に話しかけてくるのが辛くて。きっと知り合いだったんだろうが、これを一度奪われそうになり、人が信用できなくなった。だから、もう一度やり直そうと自分の国を離れ、大陸の中央部まで来たんだ。」

「…そうだったんですね。」


 迫真の演技で事前の設定を話していると、ソファーの隣に座っていたアリシアが服の袖を掴んでくる。

 そんな目で見ないでくれ!心が痛む・・・。


「そんな事情があったのか。遠くから来たというのなら、その変わった服装も、この森の中に居るのも納得できる。よし、次は私の番だな。」


 エレナの話が長かったので要約しよう。


 エレナによると、この大森林にゴブリンの上位種が出現して、侵入が制限されていたらしい。エレナたちレッドディストラクションは、アンヴァルの冒険者としてアンヴァルの領主である貴族から調査と可能なら討伐するという依頼を受けた。しかし想像よりも上位の存在が出現していたらしく、統率のとれたゴブリンを相手に怪我人を出し討伐を諦め撤退。しつこく追いかけて来たため、森の中を逃げ惑ううちに道が分からなくなる。やっとの思いで撒き、道路を見つけると張りつめていた気持ちが途切れて、怪我をしていたメンバーが動けなくなったところをウルフに襲われた。とのことだ。


「そこに登場したのが、冬樹とこの乗り物だ。本来、ウルフ程度なら簡単に倒せるのだが。怪我をした3人を守りながら、しかもメリッサの矢も切れていて・・・。」

「そうなの。本当はウルフなんて楽勝よ!」


 メリッサがなぜか誇ったように言うが、まぁ事実なんだろう。


「だから、我々はアンヴァルに早急に戻って、このことを伝えねばならんのだ。もっと調査しないと街が危険かもしれないからな。」


 今度は険しい顔でクリスが会話に参加する。


「なるほど。そういう事情なら、すぐにアンヴァルに向かうことにしよう。」

「助かる。何から何まで、本当にありがとう。」



 そんな訳で俺は運転席へと向かう。

 カーナビにはリビングのテレビからアイが移動してきていた。


『順調に話が進みましたね、マスター。』

「あぁ、信頼して正解だった。ここからアンヴァルまではどれぐらいかかりそうだ?」

『3時間かからないぐらいではないでしょうか。』


 いよいよ、あと数時間で初めての街へと足を踏み入れるのだ。



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