5.魔導砲
牙と角を回収した後、5キロほど道なりに車を進めた。
マップで周りに危険がないことを確認したので、改めてさっきの初戦闘を振り返る。
俺が座っているのはリビングのソファー。
机には、お湯を沸かして作ったティーバッグタイプの紅茶が入ったカップが置いてある。
ビッグボアを一撃で倒すことができたとはいえ、数時間の間愛車に突進されていた。
よくよく考えてみると、魔物に襲われたとき、自分自身の戦う術が少ない現在の俺には、愛車でぶつかることしか攻撃手段がないのではないか。
「アイ、この森に愛車の防御力を超えて体力を削ることのできる魔物は居るのか?」
『ちょっと確認してみます。・・・居ませんね。ですが数は力なり、です。今日のように単独行動している魔物というのは珍しく、普通は集団で行動しているもので、もし強い魔物に同時攻撃された場合、体力が削られることは十分考えられます。そもそも例えばそこまで強くない魔物であるゴブリンであっても、大群で襲われてしまうと、身動きが取れなくなりそうですね。』
「なるほど。」
もちろん車なので機動力があり、アイとマップの助けもあるため、異変に気付いたら逃げればいいだけなのだが、命がかかっているのだから何かがあってからでは遅い。
初戦闘も済ませたことだし、潮時なのかもしれない。
「アイ、画面に『ポイント利用』を映してくれるか?」
『了解しました、マスター。』
実は昨日のうちから愛車のスキルポイントの割り振りについては色々考え、いくつか候補も絞っていた。
現在、使うことのできるスキルポイントは11。
最初にもらった10ポイントに、先程のレベルアップで得た1ポイントを足した数字だ。
俺の残りスキルポイントは5のまま。レベルも上がっていない。
経験値的なものがまだ足りていない可能性もあるが、愛車での攻撃ではレベルアップできないと考えておこう。
「今は俺自身が戦うのは止めた方が良さそうだから、俺の方は温存し、実際に戦う愛車の方のスキルポイントを使おうと思う。」
『私もそれでいいと思います。ちなみにどのスキルにポイントを使うことをお考えですか?』
画面を改めて見てみる。
ポイント利用のページを開き表示されるのは、【性能】、【戦闘】、【生活】、【娯楽】の4項目。
【性能】では愛車の性能の強化、例えばエンジン、マップなどの機能の強化や内部の拡張ができる。
【戦闘】では、戦闘に関する事柄を強化できる。
【生活】では、家具や家電の追加や風呂の設置、食料定期便という定期的に指定する地球の食材を届けてくれる機能やスキルの追加ができる。
【娯楽】では、トランプなどの娯楽アイテムの追加やテレビで映画がドラマが見られるといった機能が追加できる。
というのが昨日寝る前に見て分かったことだ。
もし戦闘のことで不安がなさそうならば【生活】や【娯楽】に、とも考えていたが、今回はこの二つは除外でいいだろう。
そこで俺はリストアップしていた「魔導砲LV.1」の項目を【戦闘】から開く。
「魔導砲LV.1」・・・魔力の塊を放つ砲台を車体に設置する。ハンドルに付いているボタンを押すことで発射。なお、車が動いていると命中率が下がる。(一発当たりのダメージ40/消費魔力10)[使用スキルポイント:5]
「アイ、これはどうだ?」
『う~ん、どうでしょう。確かに今必要としている遠距離の攻撃手段ではありますね。』
「詳しいことは分からないか?」
『申し訳ないです、マスター。実際に設置してみれば分かることはあるのかもしれませんが、まだ追加されていないスキルや機能などの情報は全く教えられていません。』
色々なことが分かると思っていたアイだが、女神から与えられた情報は、今の愛車関連のことと、アースランドに関する一般的な知識がメインであるらしい。
アイが分からないこととしては、新たなスキル関連のことや魔物の詳しいステータス、国や街、人に関する詳しい情報などが挙げられる。
女神は魔力のない人間を強化するのは難しいと言っていたが、それは人間や装備が魔力を帯びることによって強化されるからで、レベルアップというのは魔力を相手から奪い取って起こる事象のようだ。
愛車や俺が成長していくのはそれが理由で、それに加え女神の力でスキルポイントが加えられたという形だ。
話は戻るが、アイに関しても同じことが言え、女神が意図的に情報を与えなかったわけではなく、限界があるため与えることができなかった、というのが正解だ。
「じゃあ、アイも成長すればその辺のことも分かるようになるのかな?」
『そうかもしれないです、マスター。もし何ができるようになるのかが選べるのであれば、優先順位をつける必要がありそうですね。』
ただ少ない情報からも得られるものはあります、と前置きをしてアイが考察する。
『魔導砲のメリットは、先ほど言った通り遠距離攻撃の手段が得られることです。戦術の幅が広がり、戦いやすくなります。一方、デメリットと思えることは二つ。まずは命中率がはっきりと書かれていないことです。全然当たらないものであることも覚悟しておかねばなりません。それに加え、動いていると命中率が下がる、とあります。普通に考えて、スピードを出せば出すほど命中率は下がっていくのでしょう。』
「確かに、それはあり得るな。」
『次にダメージ量の問題です。消費魔力のことは心配いらないでしょう。しかし一発当たりダメージ量が40。この数値はどうなのでしょうか。女神様はマスターのステータスが一般的だとおっしゃていて、マスターの体力は54。つまり一般人に対して2発必要ということになります。マスターはビッグボアの体力は、どれくらいだと考えていますか?』
「地球でのイノシシのしぶとさと、ビッグボアの大きさを考えると100以上はあるだろうな。」
『私もそう思います、マスター。一撃で倒せたことから、体力はこの車の攻撃力である1000以下。女神様の説明では、1000という攻撃力もかなり高いということでしたから、ビッグボアの強さを考えるに体力は200ぐらいであると推測します。』
少しの情報から推察していくアイ。これがアイの真骨頂なのか。
「200だと5発は必要だな。」
『私の推察が当たっていたらの話ですが。』
「とりあえずは当たっていると仮定しよう。」
『はい、マスター。あのビッグボアは強い個体でしたが、普通の個体でも複数いれば、魔導砲で全てを倒すことは出来るのでしょうか。せめて射程距離や一発ごとのクールタイムでも書いてあれば良かったのですが。』
アイの話は十分納得できる内容だ。聞いているうちにデメリットの方が大きいような気がしてきている。
「ということはアイは魔導砲の導入には反対か?」
『いいえ、そういう訳ではありません。可能性としてデメリットをいくつか挙げはしましたが、それを考えても攻撃手段を得ること、増してや遠距離ということを考えると、導入した方がいいと思っています。』
アイの言葉は意外だった。
「てっきり猛反対するのかと思ったぞ。」
『いえいえ。先ほど私の話の中でも言ったことですが、現時点では魔導砲の優先順位は高いと思っておりますので。』
そう言ってニコッと笑うアイに、俺は感動する。
賛成するだけでも反対するだけでもない。日本の会社の同僚たちとは大違いだ、そんなことを考える。
「じゃあ魔導砲LV.1を獲得するぞ。もし使えなくても後悔はない。」
『了解しました、マスター。』
[スキル:魔導砲LV.1を獲得しました。]
『おぉ!前方の上の方に砲台が追加されました!』
レベルアップの時に聞こえた声と同じ声が聞こえ、早速魔導砲が取り付けられたようだ。
運転席に移動してみると、ハンドルには直径2センチほどの発射と書かれた赤いボタンが付けられていた。
『試し打ちしてみましょう。』
「あぁ。」
言われるままに発射ボタンを押す。
ドンッ
鈍い音とともに愛車の上部からバレーボールほどの大きさの半透明の球体が撃ち出される。
思ったよりも大きな音でなくてよかった・・・。
球体は数秒弧を描くようにして着地する。
よく見てみると、着地した部分の地面はえぐれているようであった。
その後も数発撃つ。
『どうやら届く距離は100メートル、一発ごとのクールタイムは3秒ですね。思った通り、魔力はすぐに回復するようですから、心配しなくて良さそうです。』
「押しっぱなしにも出来るようだな。」
『そうですね。移動中は運転に集中して押しっぱなしにし、あとは命中するのを祈るのみといった感じでしょうか。』
距離やクールタイムは思っていたよりも優秀だった。
『3キロほど先に、群れからはぐれたゴブリンが3体います。実際に撃って試してみませんか?』
「そうしよう。マップに表示してくれ。」
『了解です、マスター。』
愛車を走らせマップに表示された方へと移動する。
『ここら辺でいいでしょう。正面を見てください。』
すぐにアイから声がかかり車を止める。3キロなんて、一瞬だ。
正面を見ると、ファンタジー世界の定番ゴブリンが3体、道の上に立っていた。
思っていた通りの姿である。
『どうやらこちらの存在に気付いたみたいですよ!』
立っていただけだったゴブリンは、木でできた棍棒を振ってこちらに向かってきてる。
「全然速くないな。このスピードならここに到達するまでに30秒以上かかりそうだ。」
『射程圏内に入りましたよ。』
「では、撃つぞ。」
すかさず発射のボタンを押す。
『初弾1体に命中しました!怪我は負っていますが、ゆっくり向かってきています。』
『別のゴブリンに命中しました!』
『怪我をしていたゴブリンに命中。倒したようです!』
ボタンから指を離すことなく押し続け、アイによる報告が次々とされる。
『残り1体です!試しに少しずつ後退しながら撃ってみましょう。』
「了解!」
よしっ!
俺自身もビッグボアとの戦闘で心に余裕が生まれたのか、落ち着いて戦うことができている。
エンジンをかけ、ゆっくりと愛車をバックさせる。
『命中しました!最後の1体も倒せたようです!』
[ゴブリンを倒しました。『愛車』のレベルが1アップし、スキルポイントを1獲得しました。]
例の声が響く。
『なかなか良かったんじゃないですか、マスター!』
「そうだな。とりあえず魔導砲が使えることは分かったよ。ゴブリンはどうすればいい?」
『放っておいていいでしょう。討伐部位は耳のようですが、そこまで必要性を感じません。』
「同感だな。」
ゴブリンの死体から離れ、元の場所に戻り、魔導砲のことについて考える。
「アイの意見を聞きたい。どうだった?」
『気になっていた命中率に関してですが、初弾は当たったものの距離が遠ければ遠いほど当たりにくくはありますね。ただ近付いたときには、確実に当てることができていました。心配していた動いているときに命中率が下がるというのも、ゆっくりバックする程度であればそこまで支障はないようです。じりじり後退しながら撃ち続けることができるというのが分かったのは、大きな収穫です。』
「これに加えて体当たりもあるわけだし、かなり攻撃に幅が広がったな。強い相手には現状ではあまり通用しないかもしれないけど、逃げることだってできるんだし。」
ひとまず安心、といったところだろう。
「さぁ、落ち着いたことだし遅めの朝食でもとろうか。」
『朝食というより、早めの朝食、ですね。』
モニターに表示された時計を見ると、すでに11時半を回ったところだった。
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