4.初戦闘

 ドンッ、ドンッ。ドンッ、ドンッ。


「・・・何の音だ?」


 何かを叩くような大きな音が聞こえ目を覚ます。

 目覚めたばかりで頭がよく働かないが、愛車であるキャンピングカーのベッドの上だ。


 窓からは日差しが差し込んでいる。

 どうやら朝になっているようで、時計を見ると7時を少し過ぎた頃だった。


 二度寝したいところだが音の正体を確かめないと。

 そう思い、寝間着のままドアを開け外に出ようとする。


『おはようございます、マスター。今、外に出ると多少危険ですよ。』


 突然声が聞こえびっくりする。

 あ、そういえば異世界に転移したんだった。

 寝ぼけていた頭を少し呼び戻す。


「おはよう、アイ。危険というのは?」

『この音はビッグボアという大きいイノシシのような魔物が、車に突進して発生している音です。冬樹さんが戦った場合、車のスキルである戦闘支援、範囲回復の効果で倒せるとは思いますが、弱い魔物ではないので痛い思いをするのは間違いないでしょう。ちなみに3時間ほど前から居ましたが、冬樹さんが気持ちよさそうに寝ていたので起こしませんでした。』

「緊急事態だから起こしてくれてもよかったのに!」


 近くに魔物が居る。急に意識が覚醒するような感覚を覚え、手をかけていたドアノブから急いで手を放す。

 日本で生きてきて危険な体験をしたことがないため、魔物の存在は正直怖いのだ。


「愛車は大丈夫なんだよな?」

『それはもちろん。防御力1000000を誇るこの車には、グレイトボアごときでは傷一つつけることができません。このステータス画面を見てください。』


 アイの言葉と同時に、アイのすぐ隣にステータス画面が表示される。

 確かに愛車の体力表示は1000000/1000000のまま。満タンであった。ひとまず安心だ。


「どうやったら倒すことができるんだ?」

『現時点ではこちらからは何もアクションを取っていないため、ビッグボアに攻撃をしていない、という判定になっています。ですから何かしらのアクション、例えば車を動かしぶつかる、などをすることで倒すことができます。』


 異世界に来た時点で魔物を殺すのは当然として、もしかしたら人も殺めねばならないかもしれないということについて覚悟はしたはずだったが、自分から車でぶつかるというのは、なんだか忌避感がある。


 俺が沈黙しているのを見て、アイが口を開く。


『とはいえビッグボアも生き物ですから、放っておいてもしばらくしたら疲れて諦め、居なくなることでしょう。』



「いや、倒そう。運転席に行く。」

『了解しました、マスター。』


 短時間で色々なことを考えたが結局アイの提案通りの方法で倒すことに決めた。

 車だから出来ないというのは甘いことだと思ったのと同時に、ここで逃げればずっと逃げてしまうような気がしたからだ。


 アイには気を遣わせてしまったな。今思えば沈黙している間不安そうな顔をしていたような気がする。

 できることならかっこいいマスターで居たいし、反省しなければ。


 決心した俺は、今度は落ち着いた足取りで運転席へと向かう。


「アイ、ボアは車のどの辺りにぶつかってきているんだ?」

『ちょうど後方です。』

「なるほど。では愛車をバックさせれば攻撃になるわけだな。」


 右ハンドルの運転席に腰を下ろすと、エンジンをかける。

 ブオォォォン、と少し低めのエンジン音が響く。


「じゃあ、行くぞ。」


 ためらっていてもしょうがない、と少し愛車を前方に進ませ、そこからエンジン全開でバックする。


 ドーンッッッ


 音とともに軽い衝撃が体を襲う。


 [ビッグボアを倒しました。『愛車』のレベルが1アップし、スキルポイントを1獲得しました。]


 カーナビからアイではない機械的で中性的な声が聞こえてくる。


『おめでとうございます、マスター!』


 アイが喜んでいる。


(なんだ、こんなものなのか。)


 一発。たった一回ぶつけることで倒すことができた。

 確かにいい感触ではないし、震えも止まっていないが、あまりものあっけなさに何をためらっていたのだろうかと思うほどだ。


「・・・ありがとう、アイ。落ち着くまで少し待ってくれ。」

『もちろんです、マスター!』


 絞り出すようにして声を出しエンジンを止める。

 アイは初戦闘での勝利で興奮しているのだろうか。少し声が上ずっていた。



 ---



 数分後。


 気持ちを落ち着かせた俺は状況の整理が必要だと考える。


「アイ、魔物を実際に見てみたい。外に行っても平気か?」

『はい、平気です。近くに魔物は居ません。』


 安全を確認してから外に出た。


 気持ちの良い朝の空気だ。気温は少し肌寒く感じるくらい。

 先程に比べると気持ちにも余裕があり、色々なことを考える。


「・・・行くか。」


 後方に近づくにつれ、獣のにおいが強くなってくる。


「おぉ、これが魔物か!でかいな。」


 地面に横たわる魔物を見て思うことはたくさんあるはずだが、まずは月並みな大きさについての言葉が出る。


 体長は3メートルぐらいだろうか。

 イノシシはキャンプ地で見かけたことがあるが、見た目はそのままで、体が大きくなり、牙と角がかなり発達しているようだ。


 アイは、俺が戦っても倒せると言っていたが、とてもじゃないが俺に倒せるとは思えない。

 車には武器となるものは包丁ぐらいしかないし、もちろん防具もない。

 アイの言っていたことが本当なら、思っている以上に愛車の戦闘支援や範囲回復のスキルが優秀なのかもしれない。


 実際に触ってみると、当然のことだがまだ温かく、表情はいまにも動き出しそうなほど迫力がある。

 体の向きを横にした時にぶつかられたようで、体の左半分は所々出血していた。


 愛車にも血がついているかもと思い目を向けると、目を凝らせば見えるくらいの量の血がついている。

 どうやら保存機能の効果できれいになりつつあるようだ。


「・・・愛車は最強だな。」



 車の中に戻ると、アイも気になっていたらしく、ビッグボアの様子を細かく聞いてくる。


「そういえば、アイは聞かなくても分かるんじゃないのか?」

『いえ、私ができるのは存在や大きさを感知することだけです。細かいことは現状分かりません。』

「そうなのか。ちなみにビッグボアのことについて知りたいんだけど、教えてくれないか。」


 女神によると、アイにはアースランド人の植物や魔物に関する一般知識もインプットされている。


 アイのビッグボアに関する知識をまとめると、

 ・強さはD級パーティー(冒険者ギルドのランクで、一番下はFらしい)が単独で討伐できるほどで、鋭い角と牙を使い攻撃するが攻撃パターンが突進のワンパターンなため、スピードさえあれば倒せる。

 ・角や牙は装備や薬の原料として流通し、肉もおいしく人気があるため、常にそれなりの量の討伐依頼が出ている。

 ・繁殖力が強く数が多いため、ここのような馬車が通る道にもよく出没し、突進を仕掛けてくるため、商人などには嫌われている。

 といった感じだった。


『しかし3メートルもあるのならば、ビッグボアの中では大きい方ですね。もしかするとD級パーティーほどの実力では倒せないかもしれません。』

「戦う前に俺なら苦戦するけど倒せると言っていたが、あれは本当か?」

『もちろん絶対とは言えませんが、普通に力を発揮できれば倒せたでしょう。車のスキルによってスピードが上がりますし、何よりも怪我をしても回復することができます。』


 愛車の支援を受けつつ、という条件付きだが、現時点ではC級パーティーほどの力があるのだろうか。

 もちろん戦闘に関する知識も経験もない俺にとっては、そもそもステータス通りの実力を発揮するということも難しいのは確実だけど。


『倒したビッグボアはどうしますか?』

「牙と角はどうにか回収しよう。肉もおいしいらしいから気になるところではあるけど、血抜きの仕方も分からないし、今ある食材を使い切る前に腐らせてしまいそうだから、そのままにしておこう。」

『了解しました、マスター。血の匂いにつられて他の魔物がやってくる可能性もありますので、すぐに回収して、ここから離れた方がいいかと思われます。』


 キャンプの残りの食材については、期限が切れる前に食べられそうな分を除いて、昨日の時点で冷凍しておいたから、しばらくは心配ない。

 アイの言う通りに、牙と角を回収して移動することにしよう。

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