3.準備

「じゃあまずは中を確認してくるよ。」

『了解しました。この車から離れすぎない限りマスターの位置は把握しておりますので、安心してご確認ください。』


 女神の説明によると、アイは愛車と感覚を共有しているような状態らしい。

 車のメンテナンス、自動運転、マップ機能とのリンクなどもでき、非常に優秀だ。


「う~ん、気持ちいい!」


 説明の間もずっと座っていた運転席から立つと、すかさず伸びをする。

 天井の高いキャンピングカーだからこそ出来ることだ。


 次元の狭間にいた時間も加えると数百年を越える間、座り続けていたことになる。

 健康には影響ないと言われたとはいえ、さすがに少しぐらい体も固まっていることだろうと思ったが、歩いたり軽くジャンプしたりしてみても、全く違和感を感じることはなかった。



 早速、運転席のすぐ後ろに位置するキッチンやトイレ、シャワールームがある場所に移動する。


 言ってみればこのキャンピングカーは男の夢を詰めたようなものだ。

 ここにはキャンプで使われることを期待していたIHコンロだけではなく、いくつかの最新の家電や、水洗トイレ、温水の出るシャワーなど、移動できる車でありながら不自由なく生活することができる。


「良かった、食べ物や飲み物も大丈夫そうだ。」


 冷蔵庫を開けてみると、もしものためにと準備していたキャンプのための肉や野菜などの食料と、アルコールや炭酸などの飲み物が並べられている。

 どうやらこちらも数百年経っても、腐らず無事であるようだった。


 これでしばらくの間、食糧問題を気にする必要はなくなったな。


 他にも水道やトイレ、コンロなど一通り試してみるが、どれも変わりなく使うことができた。


 最後に、キッチンのすぐ脇の棚を開けてみる。


「おおっ!広い。」


 常温保存の食料や救急箱、着替えをしまっているだけの、高さだけはある、そこまで広くない収納スペースであったはずだが、二畳ほどの小部屋ぐらいの広さとなっていた。

 おそらく機能の一つであるアイテムボックスの効果が発動しているのだろう。

 外から見ると普通に見えるので、とても不思議に思える。


 もちろん、もともと入れてあったものは中にあり、整然と置かれていた。


 キッチン周辺を一通り確認し終わった俺は、次に愛車の真ん中に位置するリビングに移動する。



 周りを少しずつ確認しながら移動すると木と白で統一された、変わらない姿のリビングがあった。


 大きな白いソファー。木の机。テレビ。


 試しにテレビをリモコンで操作してみると、さすがに電波が届いていないためテレビ番組等を見ることはできないが、マップを確認するなどカーナビと同様のことはできるようだ。


『マスター、いかがでしょうか?』

「うわっ!」


 テレビの電源を切ろうかなと思った瞬間、画面が突然切り替わり、画面に大きくアイが映し出される。

 びっくりしすぎて体がソファーに投げ出された。


「アイ!突然現れないでくれ!」

『フフッ、ごめんなさい、マスター。』


 アイが笑いながら謝る。

 カーナビの機能がテレビでも使えるなら、アイも現れることができると想定しておくべきだったか・・・

 悲鳴を聞かれてしまったのは、ちょっと恥ずかしい。


『それで、車はどんな様子ですか?』

「いや、キッチンは驚いたよ。でもリビングとベッドの方はテレビが見れないこと以外変わりはなさそうだね。」


 車の後方のベッドの方に目を向けると、特に変わった様子はなさそうだった。

 大き目のダブルベッドと小さなモニター。

 おそらくモニターは、このテレビと同じような機能が使えるのだろう。


 リビングもベッドの方もこだわっているし、最低限必要なものも揃っているから、この場合変わらない、ということも大事だ。


「そういえば燃料は大丈夫なのか?」

『大丈夫です、マスター。水と同じように、燃料も使われた分だけ回復していきます。同じくタイヤなども回復していくようですが、残念ながら冷蔵庫の中の食料や飲料だけは回復しないようです。』

「なるほど。じゃあ、いずれは食料は自力で確保しなければならない、ということだな。」

『そうです、マスター。』


 一通り車内の確認を終えたので、次は車を外から見てみたい。


「アイ、外からも確認してみたいんだけど大丈夫そうかな?」

『はい、大丈夫だと思います。索敵圏内に目立つ魔物はいませんし、女神様からの情報によると、この道はあまり使われず人通りも少ないようです。』

「目立つ魔物はいないということは、魔物自体はいるってことか?」

『はい。ゴブリンなど複数確認していますが、いずれも森の中にとどまっていて、こちらに気付いている様子もありません。』


 ゴブリン。その言葉を聞いて異世界だということを改めて実感する。

 アイは大丈夫だとは言っているが警戒することに越したことはない。

 なるべく車のそばから離れないようにしよう。


「では、行ってくるよ。」

『マスター、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。常時マップで確認しているので、もし魔物に動きがあったら、クラクション等でお伝えしますから。』


 そんなものか。

 言われてみれば最強装備の愛車とアイがいるのだ、心配し過ぎもよくないな。


 愛車の真ん中付近にあるドアを開け、アースランドの地に降り立つ。


「おおっ、空気がおいしい!」


 森の中だからなのか、大気汚染が進んでいないからなのか、地球と比べても断然空気がおいしく感じる。

 今の時間は分からないが、夏だった地球よりは涼しく感じる。


「思ったより、普通だな。ここだけ見れば地球だと言われても全然不思議じゃない。」


 道を囲むようにして並んでいる木々は地球でも見かけるようなもの。

 道も土で固められたものではあるが、砂利道ではなく移動が難しいということはなさそうだ。


「科学が発達していないということは、この道は魔法を使って作られたのか、それとも人海戦術か・・・」


 周りも確認しながら愛車を一周して確認する。


「きれいになってる。多少は汚れもあったはずだが。」


 定期的に洗車しているとはいえ、キャンプ地からの帰りでもあったので当然汚れもあるはずだが、前も後ろも汚れが全く見当たらず、真っ白だった。

 これも愛車の機能である保存の効果なのだろう。


「それ以外変わりはなさそうだし中に戻るか。」



 ---



 中に戻り、座り心地が良く気に入っているソファーに腰を下ろす。


『お帰りなさい、マスター。』


 例のテレビからアイが話しかけてくる。


「ただいま。外は空気もおいしくて気持ちいいけど、魔物のことを思うと安心はできないから、慣れるまでは当分車の中で過ごすかな。」

『それがいいと思います。いくら様子を確認できるとはいえ、私もマスターが外にいるよりは中にいた方が安心できます。』

「そうか。でもずっとここに留まっている訳にはいかないな。アイは現在地を把握してる?」

『はい。マップによると、ここは大陸の中央部に位置するリワード王国という中堅国家にある大森林と呼ばれる場所のようです。』


 大森林ということは相当広い森なのだろうか。それなら人通りが少ないことも納得だ。


「一番近い街とはどれぐらい離れてる?」

『一番近い街ですとアンヴァルですね。この道を東に150キロといったところでしょうか。』


 150キロであれば三時間もしないうちにたどり着くことができるか。

 ただ何の情報もないうちから、オーバーテクノロジーである愛車に乗って街に行くことは避けたい。


「愛車に乗って街に行くと確実に混乱が起きるだろう。知識のないアースランド人が車を簡単に扱えるとも思えないが奪われるのも怖い。アイはどう思う?」

『混乱は起こるでしょうね。ですが奪われることに関しては心配いりません。マスターにしか運転できない仕様になっていますし、マスターが許可した者でないと立ち入ることもできないようになっています。』


 なるほど、それは非常に助かる。

 例えば俺が車から離れているすきに忍び込むということは不可能ということだ。


『そもそも今日中に街に入ることは出来ませんよ。右下の時間を見てください。街に着くころには、もう閉門して入れなくなっているでしょう。』


 アイの言う通り、テレビ画面の右下を見る。そこには時間が表示されていて時刻は18:03。

 小窓から外を見てみると確かに薄暗くなりつつあった。


「確かにそうみたいだな。じゃあ今日はもうここから動かず夜を越して、明日また考えることにしよう。」

『了解です、マスター。』



 そう決めた俺は、夕食の準備に取り掛かる。

 食事のことを考え出したら急にお腹が減ったような気がしてくる。


「冷蔵庫の中にある肉と野菜で簡単な肉野菜炒めでも作るかな。」

『食べることのできないこの体が憎いです。』

「まぁまぁ。」


 アイが真面目に言うのでなだめる。


 広くなった棚の中を確認すると、調味料に米もある。

 調味料はしばらく大丈夫そうだが、米の方は節約しないとあっという間になくなりそうだ。


 そうして準備できたのは、豚肉と野菜の炒め物、ご飯に味噌汁。立派な定食だ。


「こんな食事ができるのも、あと数回かな・・・。」


 かみしめながらの食事を終えると、用意していた寝間着に着替える。

 時間はまだ20時を過ぎた頃だったが、明日に備えてベッドに入る。


 小さめのモニターを操ってステータス画面やスキルポイントの割り振りについて考えていると、少しずつ眠気が襲ってきた。


『おやすみなさい、マスター。』


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