頂へ

「うー…私、ちょっと山を舐めすぎてたわ。」


「はー…はー…ねぇ、まだ着かないの?なーがーいーよー!」


私達は今、山頂に向かい薄暗い山道をゆっくりと進行している最中です。


『心拍数の増加を確認。体調確認後、定期的に塩分と水分補給を行ってください』


「お二人とも、少し休憩しませんか?」


「これで何度目の休憩かもう数えきれないけど…イリス助かるっ!」


「お菓子お菓子ー!」


「昴くんは少しお菓子を控えましょう。本日は既に糖分を過剰摂取しすぎですよ。」


「えー…わかったぁ…」


昴くんのテンションが急激に下落してしまいました!どうしましょう、どうしましょう!?


「昴くん、お菓子はまた後でですが、良ければ此方をお飲みください。」


「水?んー…あ、甘ーい!桃の味がする!」


これはイリスの体内で調合した疑似的な味覚を再現する飲料です。


ミネラルやビタミンなどを豊富に含んでいますが糖質や脂質は0%の為、味の完全再現は難しいです。


しかし限りなく近しい味にする事は可能でなので介護施設でもよく生成しておりました。


ビール味やワイン味、後はサラミ味なんかもイケますよ?


「やはりお二人が山頂まで登るのは大変な作業ですよ。良ければ私が山頂まで二人をお運びいたしますが…」


「「それはダメっ!!」」


こんなにも辛そうな表情をされているのに何故お二人は頑なに拒否しているのでしょうか?


「さっきも言ったでしょ!一緒にやることに意味があるんだから。」


「しかし私がお二人を運んでも一緒に上ったことにはなりませんか?」


「それはそうかもしれないけど…そういう事じゃなくてね。そのー…何というか…」


「カテーだよ!カテー!」


「そうそう。過程。過程が大事なの。」


「過程…ですか。」


「あの時一緒に頑張ったよねーとか、あの時あんなことがあったよねーとかそういう色々な体験を共有することがより親密な人間関係を築けるんだよ。楽ばっかりしてたら話せることも無くなるじゃんか。」


「成程。体験や経験も「一緒に」ということですね。」


「そゆこと。」


「わかりました。それではイリスは全力でお二人を観察しサポートに徹しましょう。」


如何なる事態が発生しても必ず対応できるよう関節駆動部位の動作確認を定期的に行っておくべきですね。


「イリス、何その動き…何故に反復横跳び?」


「関節部位の動作チェックです。お気になさらず。」


「いやいやいや…お気になりすぎるわよ。てか早やっ!?早すぎてなんかキモイよっ!?」


「すげースゲー!!ハンプクハンプクー!」


昴くんも一緒にレッツダンスですね。なんだか楽しい気持ちが込み上げてきます。


「やめてっ!それって何かの儀式!?なんか山の神様とかそんなのが寄ってきそうだからホントにやめてっ!?」


「あははははははあはははははははははは…」


「ワ~ッハハハ!」


「まさかイリス、私達の面倒を見すぎて壊れちゃった!?」


動作チェック完了。特に問題は検出されませんでした。


「故障してはおりませんよ?それではそろそろ出発しましょうか。」


「「おー!!!」」


その後も何度か休憩を挟みながらようやく山頂付近まで辿り着くことが出来ました。


「最初は暗すぎて怖いと思っていたけど、イリスが一緒だったからすごく楽しく山登りできたよ。」


「そう言っていただけると幸いです。昴くんは歩き疲れてまた睡眠に入りましたがよく頑張っておられました。」


昴くんはイリスの判断で途中から背負って運んでおりました。


「でもせっかくだから日の出前にはちゃんと起こしておかなきゃね。でないと後でまた尻を揉みしだかれてしまう。」


「畏まりました。山頂に到着次第、昴くんを起こしてあげましょうか。」


「そうだね。お!もしかしてあそこが山頂かな?」


「正解です。」


此処までの道のりもお二人の様子もちゃんと撮影済みです。これで相馬さんも喜んで下さるでしょうか?


いえ、まだ最大の山場を迎えておりません。気を引き締めて撮影続行です!


「よっと…おっとっと…イリス、ありがと。」


雫さんが少しよろめいたのですかさず身体をキャッチ!動作チェックの効果が出ているようですね。


「足元に気をつけてください。足場が悪いので。」


「ん…あれ?もしかしてもう着いちゃったの…?」


「おはようございます。たった今到着したところですよ。」


おぶさった昴くんをゆっくりおろして三人で山頂の景色を眺めました。


「うわー…霧スゲー…」


「やっぱテレビや写真で見るより迫力あるわぁ…」


「そうですね。ワタシもよりクリアに景色を保存できています。」


プロジェクションマッピングの為に全方位撮影をしておきましょう。


「昴くんも足場には気を付けてくださいね。」


「はーい。」


「そろそろ日の出です。日の出まで10、9…3、2、1」


「ほら、昴!あれ!あれ見て!」


「うわー!すげー!」


朝日に向かって駆け出した昴くん。


「あまり崖の方に近づかないでください。危ないですよ。」


「ダイジョーブダイジョーブ!サンラーイズ…」


そのままの勢いで大きく飛び跳ねた昴くん。着地と同時に足元がグラついて…


「「昴(くん)っっっっっ!!!!!!!!」」


心体保全緊急救助プログラム起動。全システムフルバースト。駆動制御、マニュアルに移行。判断権限を介護用心体保全AIプログラム・仮称イリスに委ねます。


前方対象者の危険行動回避を最優先に実行してください。


昴の身体が崖から落ち切る前に半重力ブースターを起動させ飛び掛かるように跳躍した。


「うわっ!」


イリスの周囲は半重力ブースターの全力稼働によって砂塵が吹き飛び大きな衝撃波が辺り一帯に広がる。


高い硬度と軟性を持ち微細な熱量変化で硬度が変化する形状記憶特殊ナノカーボンファイバーで組み上げられたイリスの身体は、まるで野生のチーターの様にしなやかに身体を撓らせて崖下に飛び込んでいった。


「イリス…」


空中で手を天に向けて伸ばす昴の手を右手の指先で引っ掛け、空中で強引に抱き寄せながら左半身の背中と肩の半重力ブースターをエネルギー重点させつつ、左手の指先をピンと伸ばしてブースターの全力開放と共に崖に向かって鋭い貫き手を解き放った。


「うわっ!?」


岸壁に深く突き刺さった左腕がストッパーとなり深く突き刺さりすぎないように踏み止まった両足で体制を整え、間もなく落下が止まった。


「昴っ!イリス!何処なのっ!何処…」


雫が慌てふためきながら崖から身体を乗り出して崖下を覗き込んだ。


「うわぁぁぁぁ…ご、ごめっ、ごめんなさぁぁぁい!」


「昴くん、大丈夫ですよ。落ち着いてください。」


左腕から火花と雷電を散らしながら右手でがっちりと昴を掴み、頬で優しく額を撫でた。


「ぼ…ボクの所為で…イリスの腕が…」


崖に突き刺さったイリスの左腕を見た昴の眼には大きな雫が溢れ出し頬を伝って何度も、何度も流れ落ちていく。


「これは問題ありません。イリスはパーツを取り換えればすぐに治りますから。」


「でも…でも…ごめんなさぁぁぁぁぁい!あぁぁぁぁぁ…」


朝日が美しく照らす中、昴くんの瞳が朝日に反射して燦然と輝いておりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る