山へ

二人の息のいいツッコミの後に一時帰宅した夜、いつものように夕食の準備を整えていました。


「今日もありがとうねぇ」


「いえいえ、少しずつで良いからゆっくり噛んで食べてくださいね。」


準備した夕食は喉の通りがいい流動食がメインとなっている。


「元気になる事がこんなにも難しい事なんだと今になって後悔してるわ。ゴホッゴホッ…」


「ゆっくりでいいですからね。」


「あまり食欲がね…」


「大丈夫ですよ。相馬さんはいつも静養してるんですから。今は体調の波が大きくなっているだけです。」


「そうなのかしら…ありがとう。もういいわ。お腹いっぱい。」


「分かりました。食事お下げしますね。」


用意した食事は半分以上残っている。思いの外苦しそうな様子だ。


「一応点滴を打っておきますね。」


「宜しく頼むわね。」


「ええ。ごゆっくりお休みください。」


握る手の力が弱々しい…


待っていて下さいね。



「えっと…何それ?」


集合予定時刻20分前に到着したのですが、雫さんは既に待ち合わせ場所である家の門の外で通信端末を弄りながら私の到着を待っていたようです。


背中にはまだ寝静まっている昴くんがおぶさっていますね。


「これですか?簡易テントに各種食料、黒炭燃料に水20ℓに…」


「あー…わかった。わかったから。確かにあれば助かるかもしれないけど、多過ぎない?」


「いえいえ。このくらいが安全にキャンプが出来る必要量ですよ。何かあっては一大事ですからね。」


「大体そんなトラックみたいな大きな鋼鉄バック、何処から調達したの?」


「業務輸送用ボックスを借りてきました。」


「テント広げなくてもそれだけで雨風凌げるからねっ!」


「う…ねぇちゃん…うるさい…」


「ほら、昴!イリスが来たよ!起きなって!」


「うん…」


昴くんが蹌踉めきながら目を擦っていますね。


こういう時はちゃんと支えないと誤って転けてしまいますよ。


「うわっ!なに今の音!地震!?」


「アレだよアレ。あのでっかい荷物を下ろした音だよ。」


「うへぇ…イリスちゃんめっちゃ力持ちじゃん!もしかしてバリキャアっ!?」


「バリキャア?それはどんなものですか?」


「魔法少女が怪力で敵をやっつける子供に人気のアニメだよ。実はワタシも隠れファンだったり。」


「成る程。暴行はできませんが皆さんの生活を守るのが私なので、志は同じかもしれませんね。」


「バリキャアバリキャア!」


「中々いい事言うじゃん。で、それを持ってどうやって移動するの?」


「勿論、こうして移動します。」


〈警告〉大原則 第一条に違反する危険性があります。

周囲と同行者の安全を最優先に確保して行動してください。


「うわっ!」


「えっ?きゃあっ!」


両脚部半重力ブースター起動、バランス調整の為、補助ブースター六脚展開、滞空エアロ任意展開、動作チェック、完了、System All Green、同乗者の物理的機体固定、確認。即時発進可能。


「ま、まさか…このまま担いで山まで…」


周囲状況確認、スキャニング中、監視カメラデータチェック、完了。目的地点、監視システム該当無し。各種索敵システムオールチェック、完了。


全方位撮影機器展開、カメラチェック、カメラチェック、完了。


当該行動による反重力長距離移動を認証。


快適な空の旅をお楽しみください。


「其れでは出発します。」


「いぇーい!レッツッ!ゴォァァァァぁっ!ぁっ!ぁっ!」


「イリス!?アンタバカァァァァァァァ!?…」


本日は雲一つない晴天。気持ちのいい空での移動が可能ですね。


「アババババばばばばっっ!!」


「あーははははははははっ!たーのすぃー!」


雫さんは凄い顔をしていますね。昴さんはとても楽しそうで何よりです。


「雫さん、大丈夫ですか?目的地が見えてきましたよ。」


「イリス、アンタねぇ…うぶっ…まさかこんな移動方法で山を登るなんて…全ての登山家に土下座で謝りなさいよっ!」


「山頂迄は行きませんよ?明日の日の出に合わせて移動する予定ですので今日は麓のキャンプ広場で準備を行いましょう。」


「これが山登り…キャンプというものなのっ!?絶対嘘よーっ!」


「お腹空いた…」


「地上に到着する迄待ってくださいね。先ずは食事にしましょう。」


キャンプ広場もとい麓付近の森の中に着地しました。


「此処の山は浩子さんが入院前、最後に登った山だそうです。」


五感情報感知機能では清々しい風と自然豊かな草花の香りを感知していますね。


「あー楽しかった!イリスちゃん、帰りも飛んで帰るの?」


「ええ。帰りはそのまま浩子さんの所に向かいますのでもっと長く飛べますよ。」


「ホントにっ!!ヒューンヒューン!」


「ま…マジで…」


昴くんは両手を広げて円を描いて走り回っていますね。飛行機の真似でしょうか?


雫さんは…昴くんが飛び回る円の中心で女性座りになって俯いています。


「雫さん。少しお口を開けて頂けますか?」


「うぅ…何?今少し気持ち悪ひっ!?…んぐ…なっ何飲ませたのっ!?」


「酔い止めです。暫くすると楽になる筈ですから木陰で少しお休みしましょう。」


雫さんを抱き上げて大きな木の下まで移動させました。


「最初は驚いたけど、イリスは介護用ロボットだったね。さっきの飛行移動ですっかり忘れてたよ。」


レジャーシートを引いて昨夜準備したサンドイッチの入ったバスケットを開いて雫さんを横たわらせました。


「ねぇちゃん大丈夫?」


昴くんがサンドイッチを頬張りながら雫さんを真上から覗いています。


「あー…今私めっちゃ幸せだから静かにして…イリスの太腿ヤバい。めっちゃ気持ちいい…」


「ホントだ…ひんやりしてモチモチ。」


昴くんまで膝に頭を乗せてきました。一先ずは休憩、ですかね。


「其れは良かったです。」


「こうして見てるとホントにロボット?って思っちゃう。」


「私達は心のケアを向上させる為に作られたロボットですから。」


「ココロ?」


「身体の病気や怪我は薬や手術で治せますが心はそうはいきませんからね。その為により心に寄り添える存在になれる様に日夜努力していますっ!」


力強くガッツポーズをしてみましたがわざとらしいでしょうか?


「じゃあイリスちゃんはココロのお薬さんだね!」


「そうなれるといいですね。」


「イリスが薬…キカイのクスリ…喜びに介護の介で喜介の薬きかいのくすり、なんちゃって。」


「良い語呂合わせだと思いますよ。漢字だととても優しい薬に見えますね。」


「無理矢理…過ぎる…けど…」


「ねぇちゃん、寝ちゃったね。」


「そうですね。」


二人で雫さんの寝顔を眺めていたら昴くんも次第に船を漕ぎ始めて二人仲良く寝静まってしまいました。


今はゆっくり、お休みください。

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