訪問

絵を描いた四日後、イリスは病状報告の書類を纏めて相馬さん家族の住む家に赴いた。


「相馬さんご家族のお家は…一軒家か。」


お洒落な都会風の建物のブザーを何度か押す。


「やっぱり駄目なのかな。」


三十分程門の前で待っていたが誰も帰ってくる様子は無い。


「仕方ない…のかな…」


建物を眺めながら帰路に着こうと歩き出す。


中々大きな家で庭も其れなりに広いな…


草の日除けの間からリビングが見えた。


其処にはつまらなそうに携帯ゲームを操作する小学生の少年がいた。


「ダメで元々…気付いてくれるかな?」


日除けの前で大きく手を振りながら応答を求める。時にジャンプしながらより自身を主張してみた。


〈警告〉近隣住民への迷惑になります。

速やかに迷惑行動を中止して下さい。


「うっ…此処で〈警告〉…お願い!早く気付いて!」


「気付いてるよ。ウチの前で飛び跳ねてどうしたんですか?」


「ひゃあっ!驚いちゃった。良かった。気付いてくれて。」


日除けの向こうにはゲーム片手にサンダルを履いた少年が日除けの隙間から覗き込むように此方を見つめていた。


その隙間から笑顔を向けて言葉を返すと少年は顔を赤らめて顔を俯かせる。


「私はイリス。浩子おばあちゃんの介護をしているロボットなの。」


「ばあちゃんの…あの、ばあちゃんは元気ですか?」


「今日はね、その報告の為にお家に伺ったんだよ。親御さんは居るかな?」


俯いた少年の顔から嫌悪の感情が検出された。


「母は今旅行中で父は単身赴任中です。ロボットも母と一緒に着いていってるからウチにはねぇちゃんと僕しか居ないです。」


「旅行か…どうやら此方の確認不足だったみたいね。後日改めて…」


「無駄ですよ。それより僕にばあちゃんの事、教えて貰えませんか?」


〈警告〉情報開示に一部制限を設けます。

未成年者に対して適切な言動に従った情報開示を許可します。


「やった!全部は話せないみたいだけど話せる限りは話せるよ。それでもいいかな?」


「ホントに!?今ドアを開けるから家に入って!」


少年の案内に従い再び門まで戻ると、駆け出してきた少年がイリスの手を取り強引に家の中へと引っ張っていく。


「ちょっと待って!イリスは逃げませんからっ!」


「いいから!こっちこっち!」


「昴、誰?その人?」


玄関に入ると二階に続く階段からセーラー服を着た少女が紙パックを加えながら此方を覗いていた。


「ばあちゃんの介護してるえーと…イリスちゃん?イリスちゃん!」


「イリスちゃんって…介護って事はロボット?本当に?」


「はい。浩子さんのお世話をさせて頂いておりますイリスです。」


「へー…ウチの旧式とは全然違うわね。何処からどう見ても人間…ちょっと触ってみていい?」


「いいですよ。好きなだけ触って下さい。」


「じゃ、お言葉に甘えて…」


セーラー服を着た少女、雫さんは私の至るところに手を伸ばして反応を確認していました。


「うーん、見た目は人間そのものだけど揉んでも摘んでも反応無しか。もっとさ、嘘でもいいから胸やお尻を触られた時に反応出来る様にしておいた方が良いよ。その方がより人間っぽく見えるから。」


「そうなんですか?今でもお尻はよく触られますけど皆んな喜んでますよ?」


「うっ…介護施設の闇が…人によっては良いかも知れないけどね。私はより人間らしい反応をしてくれた方が魅力的かな。」


「ぜ、善処します!」


「ねぇちゃんもういい?今からばあちゃんの話を聞くんだから!」


昴くんが間に割って入りリビングに向かって手を引いている。


「でもいいの?二人に知られたらまた怒られるんじゃない?」


「あんなの知らないよ…良いから早くっ!」


「わっ、分かりましたから少し落ち着いて…」


其れからリビングに通された私は玩具の散らばる部屋の片隅で昴くんと病状についての話をしました。


児童に対しての報告なので直接的な事は話さずオブラートに包んで話している為、明確な事は伝えられませんが…


「ほら!やっぱりばあちゃん、僕達と会いたがってるんじゃないか!」


「けど施設迄はかなり距離があるんだよ?移動だけでも其れなりにお金掛かるし、何よりさ、そんな事にお金使うよりも自分達が楽しむ為にお金使ってる二人だよ?」


「移動手段と金銭が問題、という事ですね。」


「やっぱりもう会えないのかな…」


「毎日送っているムービーは観ていますか?」


「ムービー?そんなのあるの?」


「ええ…毎夜定時にお送りしているのですが…」


「ちょっと待って、送信先のアドレス教えて。」


雫さんが腕に取り付けた通信用携帯端末を起動させメールソフトを次々に開いている。


「あ…あった。」


「何で全部未読なのっ!」


昴くんが顔を真っ赤にして怒っています。


「面倒臭いから放置してたんだろうね。あーあ過去ログも結構消えてるっぽい。」


「雫さんは年の割に機械に詳しい様ですね。」


「ん?ああ。全然まだまだだけどね。私、将来はAI作りたいのよ。ゆくゆくはイリスちゃんを超えるAI作っちゃうよー!」


「僕はサッカー選手しながらロボット作るんだ!あと野球選手にもなりたい!」


「それは素敵な夢ですね!二人の夢が叶う姿を私も観てみたいです。」


「我が弟ながらなんて貪欲な…まぁ子供だからね。夢はいっぱいあって良いとねぇちゃん、思うよ。プッ…」


雫さんの顔がとても笑顔になっていますね。


「また馬鹿にして!」


「あたっ!アンタまた飲んでる最中に頭叩いて…このっ!」


あらあら…二人が取っ組み合いを始めてしまいました。

エラーは出てないようですから黙って見てましょう。


「ちょっと…こういう時は止めるのが人間的思考ってもんでしょ!あたっ!この野郎!」


「そういうものですか。では…」


二人の首を掴んで持ち上げてみました。


〈警告〉大原則 第一条に違反する危険性があります。

適切な処置に従って危害を加えず紛争を処理して下さい。


警告が出てしまいました。気をつけなければいけませんね。


「二人とも、争いはおしまいにしましょうね。いいですか?」


「「は…はい。」」


どうやら二人とも落ち着いてくれたようですね。


「それで、実は今日、お願いがあって此方に伺ったんですが少しお話ししても良いですか?」


「なになに?」


「出来れば一度、燈子さんの面会に来て頂きたいんです。私だけではその…喜ばれるには力不足の様なので…」


〈警告〉業務禁則事項に抵触します。

当該事項の思考情報は速やかにトラッシュボックスに放棄して下さい。

〈独自プログラム実行〉

AIプログラム:イリス保有権限を以って当該事項の決定権を一時保留にします。


「でも私達だけじゃお金がね…」


「ではこんなのはどうですか?燈子さんは山登りが好きなので山登りをしている様子を撮影したり、二人が映る山頂の写真を撮ったり絵を描いたり…」


「うへぇ…中々ハードな注文だね。でも其れなら出来なくは無い…かな。」


「ねぇねぇ。どうせならさ。全部やっちゃおうよ!」


「全部…ですか?」


「そう全部!其れでばあちゃんの所に直接持っていくんだっ!」


「だから移動にはお金が…」


「イリスが二人を移動させればお金は掛かりませんよ?」


「じゃあ決まりだねっ!ねぇちゃん、早く準備準備!」


「イリスが移動させてくれるってどうやって…あぁもう!わかったから!やる!手伝うから年頃のお尻を揉みしだかないでっ!」


「一日では無理ですから明日と明後日、二日に分けて実行しましょう。」


「だってさ昴。」


「僕、絵具準備しておく!」


「どうせ来るなら明日朝早くに来れない?土日だし、キャンプしながら楽しく行こうよ。」


「分かりました。私の方も今スケジュールを空けましたから問題ありません。」


この二日間は機械休暇を申請して業務は他のロボットに任せましょう。


始めて申請しましたが案外簡単に申請が降りたので驚きです。


「では明日AM4時に改めて伺います。」


「「早いよっ!」」

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