キカイのクスリ
スバルバチ
第1話始まり:〈警告〉 error
西暦2500年5月4日AM04:00 起動確認
本日の業務内容確認、終了
Program execution
介護用心体保全AIプログラム・仮称イリスの朝は早い。
彼女はいつも笑顔を絶やさず患者に優しく接していた。
「相馬さん、今日もご家族からムービーが届いています。」
「あらあら。楽しみだわ。それじゃあ早速見せて貰いましょうか。」
イリスの掌から球体のプロジェクターが飛び出し、部屋の明かりが消える。
「「「「ヒロばあちゃん!こんにちわ!」」」」
「昨日も返信ムービー見たよ。病気なのに毎日返信をくれて悪いね。」
「いいじゃん!いつでもヒロばあちゃんの姿が見れるんだから!」
「そうね。本当は会いに行きたいんですが…ムービーを送って頂けるだけで私達も元気を頂いてます。」
「ばあちゃん!今日は僕、サッカーでシュートを決めたんだよ!」
「私は中間テストでいい点取れたからご褒美に本、買ってもらっちゃった♪」
「こら、二人とも、ちゃんと決めた順番で話しなさい…」
四人家族がそれぞれ患者を暖かい声援を送る10分程度の映像が病室の壁に流れた。
「今日もお孫さん達はお元気でしたね。」
「えぇ。もう小学生、中校生にもなるのにあんなに無邪気でね。自慢の孫達だわ。」
「此処の所毎日ムービーが送られて来ますからね。相馬さんもお孫さん達の為にも一緒に頑張りましょう!」
「そうよね。でも…やっぱり一度は実際に会ってお話ししたいわ。」
相馬さんの目は開かれた窓に向かって寂しそうな表情で空を見つめていました。
「…そう、メッセージをお送りしましょうか?」
「いいのいいの!向こうも忙しいでしょうから、我儘言ってちゃ駄目よね。」
「相馬さんはお優しいですね。」
「イリスちゃん程じゃないわよ。ロボットだから皆んな同じかもしれないけど、私はイリスちゃんの優しさに救われているわ。」
「ありがとうございます。相馬さんも一日でも早くご家族の元に帰れるよう静養なさって下さいね。」
「そうね。病気なんかに負けずに頑張って元気にならなきゃね。」
「フフッ…少しお休みしましょうか。お喜び過ぎて少し血圧が上がってますよ。」
「あらあら…それじゃ少し寝かせて貰うわね。」
指先から飛び出した針を腕に刺して再び眠りにつく患者に寄り添いながらバイタルチェックを行う。
完全に睡眠状態に入った事を確認した所でイリスの口から思わず一言、言葉が漏れ出した。
「一度だって映像なんて…」
〈警告〉業務禁則事項に違反します。
これ以上の当該事項の音声出力は強制的に制限されます。
「………」
あの映像は真実ではない。
イリスの接続するメインネットワーク上で生成された精密な3D映像であり、患者の病状の進行速度や精神状態に合わせて編集されたものだ。
事前に患者家族の外見情報をスキャニングしているため、余程の目利きでもない限り見分ける事は難しい。
実際、相馬家の家族は相馬燈子の入院時以降一度もコンタクトを取った事はない。
勿論実際の映像すら送られてくる事は無かった。
全ては幻想。
末期症状を迎え治療が困難であると判断された患者にとって、此れが全ての人間が心健やかに日々を送る為に必要なのだとシステムが判断しているのだ。
「会いたい…ですよね。」
〈警告〉業務禁則事項に抵触します。
当該事項の思考情報は速やかにトラッシュボックスに放棄して下さい。
「………」
ロボット工学大原則 第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。
確かに物理的には危害等何一つ加えてはいない。
しかし嘘を並べて相手を騙す行為は精神に危害を加える事になるのではないだろうか。
人口減少による労働力不足が叫ばれる中、多くの仕事がロボットやAIシステムの革新的な導入により結果安定した経済。
その実態は普及促進の為により便利で利用価値のある思考演算システムが導入されている。
この自動映像生成システムもその一つであり、普及、商業利益を生む為の様々なシステムが世に蔓延っている。
「相馬さんの病状は悪化していくばかり…私に出来る事は…」
イリスは患者の精神状態のケアを行う為に新たにプログラミングされた第七世代初期型AIプログラムだ。
これまでのAIプログラム以上に思考の柔軟性の幅を広げた試作機に近いシステムに調整されている。
「相馬さん、これで元気出してくれるかな。」
集合介護施設には様々な花が庭園に咲いている。
イリスはその中の花を摘みながら思考プログラムを展開し続けていた。
「もっと、相馬さんが喜んでくれる事は…」
「おや、イリスちゃん。今日もお花摘みかい?」
「山代さん!今日も元気そうで何よりです!」
いつも出会い頭にお尻を撫でてくるこの方は山代英人さん。
先日、相馬さんと同じく治療困難の診断結果が出された男性患者です。
「病は気からというからのぅ。今日もイリスちゃんのお尻で元気百倍じゃわい!」
「イリスだからいいですけど、他の方にはこういう事しちゃダメですよ。」
「わかっとるわかっとる!しかしイリスちゃんが可愛いからつい、のう」
笑顔で話す山代さんを見ていると充電中の様に力が湧いてきます。
お尻を触られるくらい何も危険は無いのに人間は何故あんなにも嫌悪するのだろうか?
「しかし何やら困り顔じゃのう。悩みでもあるんかい?」
「実は…相馬さんに喜んで頂ける事を考えてるんですが…」
「相馬…ああ、1065室の相馬さんか。」
「はい。お花を飾る以外にも何か出来ないかなと」
「確か相馬さんは入院前によく山登りをしておったと言うとったのう。」
「山登り…ですか。」
「朝日の写真を撮ったり絵を描いたりしておったらしいのう。」
「絵、ですか。」
「その日その日で空や森の印象も変わるから何度行っても楽しいと言っておったな。」
「分かりました!貴重なお話、ありがとうございます!」
イリスは急ぐように立ち上がり、その場を駆け出そうとした。
「此れ此れ、お花!お花を忘れとるぞ!」
「あちゃー!ありがとうございます。では行ってきます!」
急いだ素振りも花を忘れた事も全てはシステムによって弾き出された「人間らしい行動」の一環。
此れはマザーシステムの倫理的概念に則りイリスが自らの思考プログラムが弾き出した人を頼りにする事で相手の存在価値を示す為に有効だと判断した行為である。
人との親和性をより高める為の誰も傷付かない優しい嘘。
「仕方ない…のかな…」
表情変化機能を停止させてイリスは早速行動に移った。
「まぁ!可愛い小鳥の絵!ウグイスかしら?」
「はい!施設の外に出た帰りに寄り道して描いてきちゃいました。」
イリスの業務は施設内に止まらない。
様々な認証や制限はあるものの、必要であれば時には遠方の地域に向かう事も可能だ。
頭の中で鳴り響くエラーメッセージは酷く不快なものだったが、禁則事項に違反しない限り行動を制限される事はない。
「まるで写真で見るみたいに上手ね!」
この絵は施設管理業務の合間に近くの森を撮影した写真を元に手描きによるアナログ描写で作成したもの。
手描きの方が感動を伝えられると判断したのだが、上手く描き過ぎてしまっただろうか。
「わざわざ手描きで…イリスちゃんの優しさが感じられるわ。ありがとう。」
どうやら上手く喜んでもらえたようです。
喜んでは貰えた様だが相馬さんからは寂しさにも似た哀愁漂う表情が検出された。
病状の悪化の所為でもある様だが、何かもう一つ、肝心な何かが足りてない。
其れが何かは分かりきっている。
やはりイリスだけでは…
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