第42話 そのエルフも送るのか?

「大公様。お言葉ありがとうございます。」

 中年くらいに見える魔族騎士のニーニッツが深々と頭を下げた。オズワルドは、執務室の椅子に座って、かたぐるしく直立不動で立つ彼を満足そうに眺めながら、

「北部の騒乱を速やかに収めた功績、硬軟織り交ぜ、双方の被害を最小限にした手腕、戦いでの武勇、期待した通りでした。これからも、この地の魔族や人間達の平安のため、私の元で手腕を発揮して下さい。」

 繰り返すように褒めたたえるオズワルドに、彼は恐縮するように頭を下げた。

 自身の家臣は数少ないから、そうそうこちらに連れてこれないし、母国から将兵、官僚やらをそんなに送ってはもらえないし、長期間というとかなり限られる。遠方であり、費用もかかり、当人達も、このような辺境で、豊かではない地での駐屯、勤務は長期間は耐えられない。それに、可能だったとしても、領地経営上、それは好ましくない。現地から人材を登用するのが良策だった。

「ところでなのですが。」

「は?」

 少し不安を感じる表情を見せて顔を上げた。

「君の息子のユーリックだが、軍人としても、官僚としても優秀ですから、春になったら、私の母国に、半年弱くらい留学させたいと思っているのですが、彼一人ではなく何人かでですが、どうですか?彼には、まだ希望は聴いていませんが。」

「は?」

 頭を整理するのに、時間がかかっているようだった。脇から、トカゲ頭の男が、

「公は、優秀な者達に見聞を深めさせたいと思っておいでなのだ。貴殿のご子息に期待されているということだ。」

 ニーニッツは、はたっと気がついたという顔になって、少し顔がほころびつつ、複雑な表情を見せた。“当然だろうな。自慢の息子を見知らぬ地に行かせるわけだからな。”

「今すぐというわけではありません。とりあえず頭の隅に置いていて下さい。」

そう言って彼を下がらせた。領地経営の第二の施策である。本国で学ばせるというか、見聞させるというか、で特別待遇を与え、帰属感を強める。

 この施策を進めるためには、人選が不可欠だが、それに役に立ってくれたのが、トカゲ頭、当人は竜だというが、魔族の中でもそれを認めるのは彼の種族以外は皆無なのだが、ロースである。魔族ではある。トカゲ頭だから、頭が悪いわけでなくて、その逆で聡明で、人材を見分ける能力も優れ、知友も多い。多くの魔族は、彼を通じて現地採用をしているし、側近の一人として、領内経営を補佐させている。得がたい人材であった。

「君のお陰で助かっているよ。ところで、残りの人選はどうなっていますか?すすんでいますか?」

「他は検討中です。具体的な名前がでましたら、ご相談いたします。できるだけ早く致します。」

 そう言って頭を下げた。

「頼みましたよ。」

と言って下がらせた。なかなか難しいところだった。魔族の血が入っていても人間達の協力を得たいところだが、返って彼らの方が、彼らをよそ者扱いにして反発をする、魔族の方が従順に従うというときもある。それでも、極端に偏ることなく、それでいて競わせるようにすることも必要である。ロースは、人間達も推薦してきていたが。

 また、現地人材に頼り過ぎると、裏でなにをされているか分からないし、本国からあらぬ疑いをかけられかねない。本国からの人材も活用、信任し、かつ自分に悪意などないことを見せて、監視をさせるようにさせなければならない。まあ、王妃からの監視をしっかり受けているが。辺境に飛ばされて反乱の準備をして、結果は失敗して処刑というパターンもあったからだ。

 とにかく、本国の財務官がうるさいから、早く領国経営を軌道に乗せて本国からの支援を、プラマイゼロにしたかったが、返って焦るとろくなことがない。全ては冬があけてからだが、身動きがままならないものの、準備は少しでも進めておかないととオズワルドは、窓の外を眺めながら考えていた。

 「あなた~。帰ったわよ~。」

 厚い外套を侍女に脱がしてもらいながら、メリーウェザーが部屋に入ってきた。

「修道女様は、お元気だったか?」

 振り返ったオズワルドに、直ぐ彼女は抱きついてきた。

「う~、暖かい~!」

“僕は冷たいんだが~。”と心の中で叫んだ。それでも、冷たさも気持ちが少し良かった。

「大丈夫。成果をあげたいと焦ってなかったわ。とりあえずは、私達の修道女として過ごしてくれるわよ。」

 教会から、早速修道女が送られてきたので、その対応に苦労させられた。再洗礼会は、その地には、その地の者はその地の宗教を信じるものであるという態度だから、それ程強制的にでも、信徒を獲得しようとはしない。やってきた修道女も、うるさいことは言わなかったが、衣食住を確保してやり、教会を準備しなければならなかった。急いで、小さな教会、修道院を確保した。あまり強硬策を好まなかったとはいえ、信徒の拡大は嬉しくないことはなかった。修道女がここで成果をあげたいという野心家だと、領地経営上、迷惑このうえないので、そうでないことで一安心というところだ。

「プラトンを気に入ってくれたから、彼女の連絡先役になってもらうわ。修道女様から、色々教えてもらいたいしね。」

 耳元で囁いた。オズワルドは、少し離れたところで静かにたたずんでいる小柄なエルフを見た。彼女がプラトンであり、ヒカルが選んでくれた女である。メリーウェザーは、彼女を実家の兄のところに送るつもりなのである。彼女は、二言三言プラトンに指示を与えてから、下がらせた。

「兄は、私離れして、早く結婚してくれないといけないのよ。このままだと、無理矢理結婚させても上手くいかないわ。だ、か、ら、彼女なの!兄を教育してもらうの!」

 彼女は、顔を突き出して、人差し指を立てて主張した。“確かにな。”という顔をした、オズワルドは。

「まあ、彼女は、兄上にはちょうど良さそうだな。護衛にもなるしな。」

 魔界に住んでいるが、魔界のエルフではない。逃げてきた、里のエルフであり、かつ、結構良い家の出である。エルフの年齢は分かりづらいところもあるが、メリーウェザーの兄とよくつり合う印象を感じていた。メリーウェザーの目が、怒っていることに気がついた。

「お兄ちゃん!浮気は駄目だからね!」



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