第13話 涎が出てしまいましたわ

 二人が立ち上がったのを見て、侍女達も姿勢を正して、二人を待った。

“親しげになられたようね。”“まあ、良いことではあるけど。”

 オズワルドは、メリーウェザーを、建物の外の、彼女を待つ馬車まで送った。別れの挨拶をしてメリーウェザーは侍女と共に馬車に入った。その間の二人は、何となくギクシャクしているように見えた。“意識するようになった?”“結婚が近いということで過度に?”二人は首をひねった。

 馬車の中で侍女は慌てた。急に、うっとりして、ぼんやりとここにあらずという目になったメリーが、うっすら笑いながら涎を流しているではないか。

「お嬢様!」

 その声にハットして、我に帰ったメリーは、差し出されたハンカチを見て、何が起こったのか察して、それを取って、顔の下半分を拭いて礼を言った。

「お疲れなのですね。館にお帰りになりましたら、すぐ入浴とお休みのお支度をいたしますから。」

「え…ええ、有難う。」

 その夜、オズワルドは国王アンリ四世、王妃、母の貴妃、アラン王太子、妹のナターシャ、ソフィア王女と会食をした後、母の私室でテーブルを囲んでいた。甘いワインが出ていた。

「あなた方のお陰で苦労したわよ。」

 軽く母にオズワルドは睨まれた。彼らの結婚は、国レベルでの行事であり、国家秩序なども絡んでくるのである。特に、王太子となればなおさらである。宰相以下、納得させなければならない人間は多い。国王が鶴の一言で終わるものではない。国王も、王妃、貴妃はその関係で苦労させられたのである。

「本当に、お兄様は。アラン王子に、婚約者を寝取られて。」

「そのうえ、余った女を押しつけられた。」

「2人共!口を慎みなさい。」

 母の一言、父、国王似の明るい金髪に近い茶髪の小柄な美人姉妹は一層小さくなった。

「ところで、メリーウェザー殿は如何なの?」

「あの通り美人で、容姿用も良く、性格も悪くないですし、武術の鍛練もしている上に、実務の才もあるようですから、悪くはないと思っていますよ。」

 双子の、3歳年下の妹達は兄の顔をじっと見ているうちに不愉快そうな表情になり、

「お兄様!なに、デレ~とした顔をなさっているの?」

「涎まで出している。」

 慌てて、手を口のところにあてた。

「お前達は、セイ殿の時は、成り上がりの、身分賤しい家の娘と文句を、言っていたろうが。メリーウェザー殿は、国内で五指に入る名門の方だぞ。何が不足だ?」

 オズワルドの反撃に、

「そうですけど。」

「でも。」

 それでも不満顔だった。

「二人とも、いい加減になさい。セイ殿は、良き方と母の眼鏡にかなった方なのです。メリーウェザー殿も、良き方だと思っています。アラン様の婚約者でなければ、彼女を選んだことでしょう、兄上の妻として。」

 3人を優しい目で見た。

“本当にアランの婚約者を調べ尽くしていたのだろうな。怖い怖い。王妃も同様だったろうな。”

 オズワルドは心の中で震えた。

「メリーウェザー殿は、貴族のご令嬢には珍しく、兵学の実習にも参加された、我が武門の血筋には適った嫁です。」

“武門か。”それ故に、彼女は王妃ではなく貴妃なのだ。それを悔しく思う反面彼女は自分の家柄に誇りを持っていた。それに応えようと努力してきた。一応、それなりの成果は出たと思っていた。少なくとも、母も妹達も、悪役にはなっていない。

 

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