第2話 一肌脱がないといけないな。
赤紫色の派手なドレスを着た、見事な黒髪を腰まで伸ばした、長身の気の強そうな、鼻筋の通った美人であるエバンズ家の長女のメリーウェザーは、愛しあう恋人達を見下ろす形で立っていた。
“そうよ!親が勝手に決めた婚約じゃない!私はなんとも思っていないんだから!”ヤケになったように心の中で叫んだ。
「二人とも結婚しておしまいなさい。この私が、応援いたしますわ。エバンズ公爵家令嬢の名にかけて!」
メリーは、繰り返した。
「でも、王太子様は、メリーウェザー様のご婚約者なのですよ。」
セイは、本当に悪いことをしたという表情で指摘した。“奪っておいて、真面目な顔でそんなこと言うな!”と喉まででかかった言葉を呑み込んだ。一歳年下の王太子アランは嫌いではなかった。だからこそ、卒業生として、もう直ぐ卒業する5年生の関係者、婚約者として二重の意味で招待されたからではあるが、喜喜としてやってきたのだ。とは言え、今そんなことを言っている訳にはいかない。言葉、行動の一つ一つが原因で破滅に落ちることになるかもしれないからだった。
「そんな関係より、真の愛こそが大切よ。そうではありませんか?アラン様?セイを他の男に渡したいの?」
「いや、そんなことは…。」
「セイもそうですわね?」
「アート男爵家では、身分が違いします。」
セイは躊躇した。先々代から当主がやり手で、先代が男爵の爵位をもらったばかりの、豊かだが、成り上がりの家が、セイの実家のアート男爵家である。“ふん。そうよ、成り上がりのアート男爵家なんか…。いけない、いけない、間違ってもそんな言葉を口に出したら、今までの苦労が水の泡になってしまうじゃない。”
「そ、それなら、…そうだ、エバンズ家の養女になりなさいよ。私は、セイみたいな妹がほしかったのよ!」
「でも、私は卒業してすぐ、七月にはオズワルド王子様と結婚することになって…。」
“もう、分かったわよ。とことんやってやるわ。”彼女は心では泣き叫んでいた。セイは、そんなつもりではなく、単に罪悪感から口に出してしまっているのだが。
「私から、セイの嫁入りはなしだって言ってやるわ。大体、可愛い、素敵な、私の大好きなセイを、側室にするなんてことが許せないのよ!大人しく言うことを聞かなかったら、たこ殴りにして、ぎたぎたにして、無理矢理にでも納得させてやりますわ。」
「メリーウェザー様!オズワルド様は優しい、いいお方で。」
「メリーウェザー!兄上には、世話になっているんだよ。」
“いかん!メリーウェザーはやりかねないぞ!”アランは焦って立ち上がる。さすがに、踵の厚い靴を履いたメリーウェザーよりも、ほんの少し背が高かった。セイも立ち上がった。すると、
「たこ殴りされたくはないからな。一肌脱ぐしかないかな。」
ガザっと木蔭から姿を現したのは、長身で髪をやや伸ばしていたが、穏やかそうな顔の男で、騎士の礼服を着ていた。
「へ?」
声で振りかえった二人は、驚き、顔面蒼白になった。
「兄上。」
「オズワルド様!」
そして、アランは、セイをかばうように立ち、セイはアランを身を呈して守るように、しっかりと寄り添っていた。オズワルド王子はゆっくり歩み寄り、近くまでくると跪き、
「王太子様とセイ嬢のため、私も微力ながら、力をつくすことを誓います。」
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