2-8

 帰り道、どうやら俺と桜嵐の家は同じ方向なので一緒に帰ることにした。

 この季節はもう暗いのでボディガード代わりだ。桜嵐は寒そうに手を息で温める。

 俺は桜嵐に借りたデカイコントローラーを紙袋に入れて持っていた。正直重い。

「悪いなこれ。借りて」

「いいわよべつに。年始めに新しいの買ったし、今はあんまり家でやんないから。部室にもOBのがあるから家に置いておいたら? まあ自分で買った方が愛着湧くと思うけど」

「そうなんだろうけど金がなあ……。これ一万くらいするんだろ? う~ん……」

「じゃあパッドでやったら? 最近はパッド使うプロもたくさんいるわよ」

 パッドとはいつも使っているゲームのコントローラーだ。これも格ゲー用語らしく、聞くまで分からなかった。

「いや、でもこっちの方が格ゲーやってるぽくね?」

 俺は紙袋を持ち上げて笑うと桜嵐は苦笑する。

「分かるけどね。なんなら安く売ってあげるけど? 本当にやり続けるならね」

「やるって。少なくとも舞姫に勝つまではずっとやる」

「なら一生やってるかも」

 桜嵐は馬鹿にしたように笑うが、反論できないのが痛いところだ。

 桜嵐とは最後に一試合だけやったけど、為す術なく倒されてしまった。技にしてもトレーニングでは出せても実戦ではミスを連発して上手く出せない。

 桜嵐の笑う姿を見て、俺はふと思った。

「なあ、お前はなんで格ゲーやってるんだ? 女子なんてゲームする奴すら少ないんじゃねえの?」

「どうだろ? 今はスマホでやれるから女子のゲーム人口自体は増えてるんじゃない? まあさすがに格ゲーやってるのは周りであたし一人だけど」

「じゃあなんで?」

 俺がしつこく聞くと桜嵐はどこか哀愁を秘めた笑みを夜空に向けた。

「お兄ちゃんがやってたからよ。相手させられて、ボコボコにされて、それが悔しいから練習してたら少しは強くなってたって感じ」

「ふ~ん。兄貴いるんだ。こっちは姉貴と妹だから羨ましいな」

「そっちこそ羨ましいわよ」

「いや、あいつらは……獣だぞ」

「なにそれ?」桜嵐は首を傾げる。「でもまあ、お兄ちゃんが理由でやり始めたけど、当の本人はとっくにやめてるのよね。誘った方がやめるってのは格ゲーあるあるなんだけど。どうしても勝てなくなるとね。あたしに負けたのが相当堪えたみたい」

 桜嵐はニッと笑った。

 俺は兄貴の気持ちが少し分かって苦笑いする。妹にゲームで負けたらキツい。俺にも一応兄貴の面目ってのがあるからな。

 桜嵐は再び空を見上げ、ぼそりと呟いた。

「でも本当……。なんでまだやってるんだろ……?」

「え?」

 俺が聞き返すと桜嵐はかぶりを振った。

「ううん。なんでもない。じゃああたしこっちだから。貸すって言ってもあんたの物じゃないからね。丁寧に使ってよ」

 それだけ釘を刺すと桜嵐は十字路を左に曲がっていった。

「おう。また明日な」

 俺が手を上げると、桜嵐は振り向かずに右手をひらひらと振った。

 まあ、あいつにはあいつなりに色々あるんだろ。それより今は練習だ。せっかくゲームも買ったんだし。

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