2-4
俺はゲーム部の部室から出てすぐの廊下に体育座りで座り込んでいた。
さっきから後悔の詰まった溜息が何度も出る。だけどそのたびに俺ってそんなに変なこと言ったかなと思ってしまう。
でもまあ、半分泣きそうな桜嵐の顔を思い出すに言ったんだろう。
いやでもゲームだぞ? 動かすのは指だけだし、画面見てコントローラーいじるだけじゃん。走るわけでも危険な接触があるわけでもない。体を鍛える必要だってないし、疲れるのは頭と目だけ。そんなのをスポーツって言われてもなぁ。なんかしっくりこない。
「………………痛え……」
自分の頬を触れると少し腫れていた。きっとまだ赤いはずだ。
これからどうしよっか。時間がないってのに。
納得いかないけど謝って桜嵐に教えてもらう? いや、でもなあ……。
ぐじぐじと悩んでいると、舞姫の言葉が脳裏に過ぎった。
『なら待ってるわ』
……やっぱり謝ろう。ここで立ち止まってちゃだめだ。でもなんて言えばいいんだ?
頭を悩ましていると部室のドアが開いた。そこから出てきたのは森口先輩だった。
俺を見つけると少し意外そうに「あら」と呟く。
先輩は俺の横へやって来ると立ったまま壁にもたれ、重そうな胸を下から支えるようにして右手で左腕を掴んだ。
「結構根性あるのね。あれだけ怒られたのに待ってるんだから」
「……まあ、俺、強くならないとダメなんで」
「そう。随分自分勝手ね。私は嫌いじゃないけど、時と場合によるわねえ」
先輩は凝った肩をほぐすように動かした。胸がたぷんと揺れ、思わず視線がいく。
森口先輩は唐突に告げた。
「私ね。eスポーツって名前、嫌いなの」
「……え?」
「だってスポーツなんて付けるから体育会系の人に目くじら立てられるんだもの。ああいう柔軟性のない人達に目を付けられたら大変よ。古い物しか認められないんだから」
先輩は小さな溜息を一つついて続ける。
「スポーツには競技って意味もあるんだけど、日本人の解釈では運動ってことになってるでしょ? でもあの人達に英語を教えるなんて猿とトランプするようなものだもの。だからもっとよく考えて名付けたらよかったのにって思うわ。ゲーム競技とか、そんなのでよかったんじゃないって」
「……まあ、言いたいことは分かります。俺もスポーツってつくと違和感あるんで」
「でしょうねえ。万里君って馬鹿っぽいものねえ」
反論できなかった。現にテストは赤点ギリギリをいつも彷徨っている。
先輩はしみじみとしたあと、どこか羨ましそうに視線を上げ、窓の外を見つめた。
「でも多分、囲碁とか将棋やポーカーなんかにテーブルスポーツって名付けたとしてもそこまで拒否感は生まれなかったと思うのよ。だって歴史があるもの。それこそ比べようがないほどに。知ってる? 室町時代には棋士っていたらしいの。幕府にだって認められてる、謂わば公務員ね。対してゲームの歴史はたかだか数十年。そりゃあ話にならないわよねえ」
先輩は寂しそうな言い回しを仄かに変え、悔しさを滲ませて笑った。
「でもね。私達は本気なの。本気でゲームやってるの。理解のない人間には遊びの延長でしかないかもしれない。だけど四六時中ゲームに勝つことを真剣に考えてる。負けたくないから。勝ちたいから。常に全力を尽くしてる。この気持ちだけは誰にも否定させないわ」
先輩は俺の方を向き直した。
「あるプロゲーマーは言ったわ。『これから自分達が戦うべきは世間の目』だって。実に的を射ているわね。ほとんどの競技がそれらと戦い、組み伏せ、認めさせてきたもの」
先輩は包み込むような優しさで微笑し、俺に手を伸ばした。
「あなたに世間の目と、そしてなにより自分自身の偏見と闘う覚悟はある? あるなら。本気なら、桜嵐ちゃんに謝るの手伝ってあげるわ」
俺は先輩の綺麗な手を見つめていた。勝負師の手だった。
そうか。俺は舐めていたんだ。
ゲームを無意識的に馬鹿にしていたんだ。
そんな奴じゃあ誰にも勝てないよな。なにより本気でやってる人に失礼だ。
結局俺は口だけ本気で、行動がなにも伴ってない。
俺っていつもそうなんだよな。最初だけ威勢良くてあとが続かない。きっとなにも考えずに突っ走るからこうなるんだ。
小さい時からそうだった。走ることはできるけどゴールがないし、そもそもどこを走ってるかを理解してないからその内虚しくなってやめるんだ。
終わらなければ道も知らないマラソンを走り続けるなんてできないのに。
『なら待ってるわ』
でも今は違う。
ゴールならある。あとは俺がどこを走ってるかを知って、努力するだけだ。
そして自分の立ち位置も先輩の話を聞いて少しは分かった気がする。
俺は先輩の柔らかい手を握った。
「覚悟ならあります」
先輩はふわりと微笑んだ。
「そう。ならお外に行きましょう」
「……え? 桜嵐に謝るんじゃ?」
「そうよ。女の子に謝るにはコツがいるの。それを教えてあげるわ」
先輩はそう言って俺の手を引いて歩いていく。
その足で校外までやって来て、それから少しだけ歩くと先輩は立ち止まった。
「さあ。着いたわ」
先輩は可愛らしく笑い、ケーキ屋の中に入っていった。
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