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 それから俺は千円札を崩して一時間ほどトレーニングをしてみたが乱入もあり、中々上手くならない。根本的に時間が足りない気がした。

 ふっちょに教えてもらっても、まずは練習あるのみだからと言われるだけだ。

 だけど金が保たない。百円玉があっという間に溶けていく。比喩じゃなく気がついたら俺が崩した千円札は跡形もなく消えていた。

 ふっちょにさよならを言ってゲーセンから出ると、なんだか虚しくなった。

 あと一ヶ月で舞姫に勝つ。勢いで言ってみたものの、今のペースじゃかなり厳しい。

 その足で中古ゲーム屋に行き、アルカディアを見つけた。中古でもまだ三千円する。

 財布の中身を確認してみると、残金は二千四百円。

「ちくしょー! やらなきゃ買えたのにぃ!」

 地団駄を踏む俺の横で黒髪がさらっと揺れるのが見えた。隣を向くとなんと舞姫がいた。

「それ、買うの?」

「え? いや、買いたいけど金が足りないんだよ。あ。もしかして貸してくれるとか?」

「あなたにお金を貸すぐらいならDLCの衣装でも買ってお布施した方がいいわ。でもやる気あるのね。てっきり口だけかと思ってた。格ゲー人口が増えるのは良いことね」

 意外だった。てっきりこいつは自分のことばかり考えている人間だと思っていた。

「へえ。お前でもそういうこと考えるんだな」

「プロになるんだから業界のことを考えるのは当然でしょ」

「プロねえ」

 舞姫は俺をギロリと睨んだ。

「なに? そのどうせなれっこないのになに目指しちゃってんだこのイタイ女は、みたいな言い方。言っておくけどわたしは絶対になるから。誰がなんと言おうと絶対に。じゃあ、不愉快だから帰るわ」

「待てよ」

 俺は真剣な顔で舞姫を呼び止めた。

「お前を馬鹿にするとかそんなつもりはねえ。俺はただ、六百円だけ貸して欲しいんだ!」

「喧嘩売っておいて金貸せとか。そんなの誰が――――」

「頼む! 絶対返すから。お願いします! 六百円貸して下さい!」

 俺は土下座した。ゲーム屋の廊下で土下座した。六百円の為に土下座した。

 周りがなんだなんだと注目する中、舞姫は顔を赤くして眉を吊り上げる。

「やめてよ! わたしがケチな女みたいじゃない!」

「その通りです! お願いします! 六百円くらい貸してくれたっていいじゃないですか」

「なんで借りる方の態度が大きいのよ? 分かったわ。貸すから早く顔を上げて」

「しかたねえな」

 俺はやれやれと立ち上がり、手の平を舞姫に出した。

「ほら。六百円。早く」

「殴られたいの?」

 舞姫はそう言いながらも俺に千円札を貸してくれた。

「すぐ返してよ。わたしだって余裕があるわけじゃないんだから」

「ありがとうございます。これで牛丼が食べれます」

 舞姫がギリッと歯ぎしりする。冗談が通じない奴だ。

「じゃあ、本当に帰るから」

「待てよ」

 踵を返す舞姫を俺は再び呼び止めた。

「今度はなに?」

 むっとして振り返る舞姫に俺はしっかりと目を見て告げた。

「俺、本気だから。今はまだ弱いけど。絶対追いつくから」

 俺の覚悟が分かったのか、舞姫は少しだけ目を見開いた。

「だから首洗って待ってろ。この千円はその時倍にして返す」

 舞姫がすごいのはよく分かった。それでもまだ俺の気持ちは萎えてない。

 こいつだけは絶対に倒す。舞姫の綺麗な顔を見て、意志はさらに固まった。

 最初舞姫は驚き、そして呆れ、でも最後には不敵な笑みを浮かべた。

「そう。なら待ってるわ」

 そう言うと舞姫はゲーム屋から静かに去った。

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