1-2
動画が終わると舞姫は思い出したかのようにホッと一息ついて、半ば恍惚とした表情で背もたれに体重を預けた。
するとキャスターが動き、椅子が後ろに移動する。
後ろにいた俺は慌てて背もたれを掴み、舞姫はびっくりした顔でこっちを見上げた。
「危ないぞ」
俺がそう注意すると舞姫はむっとして向き直す。
「なんの用?」
「いや、用ってか。まあ……。なに見てたんだ? ゲームだよな?」
聞きながら俺はタイトルを確認した。
『アルカディア6 世界大会決勝』
見覚えのあるタイトルだった。確か俺が生まれる前に一世を風靡したっていう格ゲーだ。
流行ったのは確か2だったから、これは最新ソフトの大会らしい。
たかがゲームの大会だってのに大きな会場は人でいっぱいになっていて、なにかあるたびに観客が立ち上がる。音は聞こえなかったが、その興奮の一端に触れることはできた。
舞姫は隠すようにブラウザを閉じ、パソコンをシャットアウトすると立ち上がった。
「あなたには関係ないわ。どいて」
相変わらずこいつは素っ気ない。さっきまで感じていた熱はどこかに去っていた。
出口へ向う舞姫から少し離れて俺も付いていく。廊下に出ると舞姫はスタスタと歩き始めた。
「どこに行くんだ?」
「あなたのいない場所よ」
そう言われると追い回したくなるもんで、しばらく俺達は校内を練り歩いた。
舞姫が足を止めたのは昼休みも残り十分となった時だった。
舞姫は足を止めて振り返ると俺を睨み付ける。
「ついて来ないで!」
「なあ、もう一回やろうぜ。ストスマ」
「言ったでしょう? 弱い人には興味がないの。わたしの貴重な時間を雑魚狩りに費やすなんて絶対にイヤ」
舞姫は心底嫌そうに眉をひそめる。今度は俺がむっとした。
「その雑魚ってのやめろよ。確かにお前には負けたけど、俺はそんなに弱くないだろ? 小学校の頃なんて――」
「べつに言い過ぎてないわ。反射だけで動いてまんまと隙の多い技を振るあなたは文字通り雑魚よ。自分の実力さえも分かっていない井の中の蛙。分かった? 分かったらわたしのことは放っておいて」
それは厭みというより事実を並べるような言い方だった。率直な言葉に俺は清々しさを感じると共にやはりむかついていた。
だけど言い返せない。現に俺はこてんぱんにやられている。
敗者がなにを言ったところでのれんに腕押しでしかない。
それでも俺の中のなにかが負けっ放しで終わることを拒否した。
「じゃあ、強くなってやる。そしたらもっかいやってくれるんだろ?」
舞姫は腕を組んで俺を見上げた。
「悪いけどわたしあのゲームやり込んでないの。大会の賞金も少ないし、プロの数もあまり多くないから。だから――」
「ならお前の得意なゲームでいい! 俺がそれでお前を負かせるくらい強くなったら、その時は再戦してくれるんだな?」
俺の問いに舞姫は少し驚いてから、小さく肩をすくめた。
「一度くらいならね。でもきっと無理よ。少なくともわたしと戦えるくらいになるまで一年はかかるわ。それも相当やり込んで――」
「なら一ヶ月だッ! 一ヶ月で俺はお前に並んでやるッ!」
俺は舞姫をビシッと指差した。
よく分からないけど一ヶ月もあれば随分上手くなるはずだ。
すると舞姫の表情が微かに怒りへと傾く。
「一ヶ月? あまりゲームを舐めないで」
俺は確かに舞姫から圧力を感じた。ゾッとするようなプレッシャーだった。
舞姫は殺気にも近い雰囲気を纏っていた。
はかったように予鈴が鳴り、舞姫はスタスタと教室へ戻っていくと俺はホッとした。
なんだかとんでもないことを言ってしまった気がする。
それと同時にたかだかゲームだとも思っていた。
舞姫がいくら強いと言っても一ヶ月も本気でやればかなり良い線までいけるはずだ。
そんな出所不明な自信が俺にはあった。
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