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 そんなことがあったのも早昨日。今日から十月だ。

 昼休み。俺は教室で友達の相生承正と親の作った弁当を食べていた。

「はあ……。昨日勝ってれば今頃学食のランチだったのにな……」

「何度言うんだよ。そんなに食いたいなら行ってこいって」

 相生は眠そうにアスパラガスを食べる。

「タダで食うからいいんだろ!」

「じゃあ食い逃げしてこいよ。あ、うちの学食食券か。なら頼んだ奴のを奪うしかねーな」

 この適当男とは中学の時から付き合いがあった。サッカー部員で球蹴り以外に興味がないのはいつものことだ。長めの髪はワックスで整えており、大きめの弁当箱に入った白米やおかずをもぐもぐと腹に詰めていく。

「で、その舞茸とかいう女の名前くらい分かったのか?」 

「舞姫な。分かったよ。舞城姫騎だ。五組に入ってくの見かけたからクラスの奴に聞いた」

「まいじょーひめき……。あーだから舞姫ね。半分本名じゃん。でもやっぱり一年じゃ他のクラスの奴は分かんないよなぁ。俺はこのクラスでさえ怪しいわ」

 そのくせにプロサッカー選手は何百何千人と覚えているのがこの男だった。

「で、わざわざストーカーまでして名前をゲットしたバンはどうする気なんだ?」

 相生は俺をあだ名で呼ぶと梅干しを食べて顔をしかめた。

「どうって、もちろんリベンジだろ。女に負けっぱなしなのは性に合わねえ」

「リベンジね。珍しく女の話をしたからもしやと思ったけど、やっぱりバンはバンだな」

「よく分からないけど馬鹿にされてる気がする」

「褒めてんだよ。お前は良くも悪くも変わらないから。ある意味ずっとガキだもんな」

 やっぱり馬鹿にされてる。

 相生は二人前の弁当を食べ終わるとふわぁ~っと欠伸をして机に突っ伏した。

 三年が引退してから最近ずっとこの調子だ。

「寝るのか?」

「おう。最近二年が張り切っちゃってさ。まあ全国まであと二つってとこで負けたからからなー。俺はベンチにも入れなかったけど、先輩達は泣いててさー。あーいうの見ると思うよな。もっと本気にならないとって」

「ふ~ん。そんなもんか」

「そんなもんだよ。だから最近は朝練も出てるし、筋トレの量も増やしてる。疲れるし、めんどいけど、本気でやると案外楽しかったりするんだよ」

「本気ねえ」

「そう。だから俺は寝る。おやすみ」

「おやすみ」

 相生は宣言通り、ものの数秒で寝息を立て始めた。教室を見回すと所々で運動部が寝ている。

 みんな青春にありったけのエネルギーを打ち込んでいるらしい。

 この光景はいくらか羨ましかった。

 なんであれ、やることがあるっていうのは良いことだ。今の自分を鑑みるにしみじみとそう思う。

 俺はなにをやりたいんだろう?

 小学校の時はサッカーをやってた。でも中学になって部活になると自分より上手い人ばかりですぐに辞めた。これといった趣味ははない。マンガ読んだり、流行のアプリをやったり、ゲームをしたりして適当に遊ぶくらいだ。

 結局やりたいことは見つからなかった。高校生になったらなにか変わるかと思ったけど、何もしなければ何も起こらないのは世の常で、それが分かっただけだ。


 昼休みは残り二十五分。

 俺は五組へと向かい、教室の中を見つめた。しかし舞姫は見つからなかった。

 首を傾げて通りかかった二人組の女子に尋ねる。

「なあ。舞姫……じゃなかった。舞城ってどこにいるか知らないか?」

「舞城さん? どこだろ?」

「きっとあそこじゃない?」

「どこ?」と俺が聞くと、「図書室」と返ってきた。

 図書室? 昼休みに図書室だって? 

 俺は軽い頭痛を感じつつ、言われた通りに図書室へ向かい、そこで舞姫を見つけた。

 図書室の壁際にはパソコンが三台並んでいて、舞姫は右端のパソコン前に座っている。

 安っぽいオフィスチェアに行儀良く座っているその姿は、あの時とそっくりだった。

 俺は司書の先生に怪しまれながらも、愛想笑いを浮かべて舞姫の後ろにそろりとついた。

 ソリティアでもやってるのかと思った俺は画面を見て驚いた。

 舞姫が見ていたのはゲームのプレイ動画だった。

 古いモニターの中では2D格闘ゲームが繰り広げられている。

 二体のキャラクターが目まぐるしい攻防を交わしていて、俺にはなんのことかさっぱり分からなかった。

 だけど一切視線を動かさず、画面に吸い込まれんばかりに集中する舞姫を見ると、なにかすごいことが起きているのだけは分かった。

 そんな舞姫を見て、なぜだか俺はドキドキしていた。

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