プロローグ2

 歓声を発生させたのは先程俺の視界がジャックされた女子生徒のプレイだった。

 えっと名前は……『舞姫』? 本名か? 森鴎外かよ。

 舞姫はあっという間に対戦相手を蹂躙したらしく、俺はそのプレイをほとんど見られなかった。

 次勝てばあいつとか。なんて思っていると俺の二回戦が始まった。

 相手は結構やってる動きだ。

 俺はベーシックキャラであるおっさんのマルコを使っている。相手のメガネは重量級キャラのシロクマ、ドドンゴを駆使した。ドドンゴは結構難しいキャラなのに動きは良い。

「やるな! だけど、近所の兄ちゃんの方が上手かったぜ!」

 俺はドドンゴの弱点である動きの遅さを突き、素早いプレイで相手を翻弄した。

 欲張らずにダメージを蓄積させ、相手が焦って大技を使ったところで回避し、こっちの大技を当てた。

 そして見事に勝利を物にする。

「よっしッ! あと一勝ッ!」

 思わず声とガッツポーズが出た。すると後ろからおおーっと喝采が湧いた。

 これこれ。なんだかんだでゲームに勝つと嬉しいんだよな。

 相手のメガネは溜息をついていたが、それでも楽しそうだった。

 金髪の先輩は俺の名前から線を伸ばすと舞姫を呼んだ。

「じゃあ決勝は舞姫ちゃんと万里君。どっちが勝っても恨みっこなしでね」

「うっす!」

 俺は元気よく返事をするが舞姫は冷めていた。無言で俺を見るその目にはまるで興味ってものが感じられない。見慣れた景色を視界の隅に置くが如く静かだ。

 澄ましやがって……。見たところ経験者らしいけど、俺だって近所で一番だったんだ。

 伊東町最強の名にかけて、絶対に負けねえ……ッ!

「じゃあ試合開始で」

「しゃあっ!」

 攻めて攻めて攻めてやる! 

 勝ったらランチがタダだ! 浮いた金で友達とカラオケでも行くか。

 舞姫が選んだのは軽量級のキャッピィだ。白いフワフワした球状の可愛いキャラクターで、軽い割に遅くて俺がやってた時は最弱キャラの一角だった。こっちは上位キャラだ。

 攻めれば勝てる!

 俺のマルコは強い気持ちを表わすように舞姫が扱うキャッピィに飛びかかった。

 だが、攻撃は当たる瞬間に尽く回避されてしまう。

 それどころか反撃として見事なコンボを喰らった。

「くそ……! でも攻撃さえ当てればこっちの方が攻撃力は上だ!」

 そう。攻撃さえ当てれば。当て……れば……。

 まるで当たる気がしなかった。

 俺の心を読んだようにキャッピィはフワフワと浮び、するりと回避し、重いコンボを綺麗に決めるのだ。

「嘘……だろ…………」

 俺のキャラはどんどんダメージを喰らっていくのにこっちの攻撃は一度も当たらない。

 そして遂に限界を迎えると、マルコという名のおっさんはぶっ飛ばされた。

 完敗だった。触れることすらできなかった。

 金髪先輩は微笑を浮かべたまま舞姫の元に向うと封筒を渡した。

「はい。優勝は舞姫ちゃん。おめでとう。これ商品のランチ券。いっぱい食べてね」

「ありがとうございます」

 舞姫は特段喜ばず、さも当り前のように封筒を受け取る。

 俺はそれが羨ましくて、悔しくて、情けなくて、なのに心の底からワクワクしていた。

 気付くと俺は舞姫の両肩を掴んでいた。

「すげえ! すげえよお前! 女なのになんでそんな強いんだ? 俺結構自信あったのに」

 俺は妙に興奮していた。胸が高鳴っていた。

 子供の頃欲しかった玩具を買ってもらった時みたいにはしゃいでいた。

 対称的に舞姫はきょとんとしている。それから再び温度の感じられない視線で俺を見上げた。

「……どうしてと言われても。別に難しいことはしてないわ。あなた達みたいなやることの少ない雑魚なんて星の数ほど倒してきたし」

 女は思ったより毒舌だった。見た目は淑女なのに。

 俺が抱いていた尊敬は一気に怒りへと傾く。

「ざ、雑魚だと?」

「そう。雑魚よ。自覚ないの? あなたはちっとも強くないわ。攻撃は単調だし、なによりゲームを理解していない。そんな人が私に勝てるわけないわ。だって私、プロを目指しているもの」

「プロ……? プロって……プロかっ!?」

「プロよ。分かったら離してちょうだい」

 舞姫は俺の手を軽く払うと出口に向った。

 俺や参加者達は舞姫の有無を言わさない姿勢正しい歩行に黙らされていた。

 だけど負けっぱなしは嫌だと俺はトーンの落ちた声を出した。

「お、おい……。待てって……

 舞姫は部屋を出る前、振り向いて俺へ言った。

「悪いけど私、弱い人には興味がないの」

 それだけ言い残し、舞姫は俺の前から消え去った。

 これが俺達の妙な出会いで、始まりだった。

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