コンテニュー! ~西高eスポーツ部~

古城エフ

プロローグ1

 高校に入って半年ほどが経った。

 そんな俺が県立西高校を彩る文化祭の出し物を見て回っているとふと思う。

 部活、入っておくべきだったなあ。

 中学の時もそうだったけど、タイミングを逃すと入る気がなくなるもんだ。

 別に人見知りするってわけじゃない。けど俺にはきっかけがなかった。

 友達が薦めてくれたり、才能を発掘されたり、そんなきっかけがだ。

 特に友達のほとんどが部活の出し物に駆り出されている今なんていつもより後悔が二割増しだった。

 正直、文化部が集う部活棟は静かでつまらない。

 茶道部や料理部は体験ができ、美術部はイラストを、文芸部は同人誌を並べている。

 食べるだけならいいけど作るのはなあ。絵や小説も興味ないし。

 ……クラスに戻って射的の手伝いでもするか。

 そう思った時、廊下の奥から歓声が聞こえてきた。

「……なんだ?」

 教室のあるA棟へ行こうとしていた俺はひょっこりと廊下を覗いた。

 すると閑古鳥の鳴いている部室が並ぶ中、一際盛り上がる部屋が見えた。

 中には生徒がたくさんいて、声をあげている。

 教室の前には看板があり、それには大きな文字でこう殴り書いてあった。

『西高最強は誰だッ! 強者求むッ!』

 最強? 強者? あそこで殴り合いでもしてるのか?

 不思議に思った俺はとりあえず確認だけでもと足を運んだ。

 すると他にも書かれていた小さな字が読めてくる。

『eスポーツトーナメント実施中ッ! 優勝者には食堂のランチ券五枚プレゼントッ!』

 eスポーツ……ってなんだっけ? 

 でもランチ券五枚はそそられるな。確か一枚四百円だったから二千円分だ。

 よく分からないけどちょっと見てみるか。

 そう思って教室の中を覗くと、突如として熱を感じた。

 熱気というやつだろうか。それが部屋中に充満している。

 教室には机に乗せられ、背中合わせになったモニターが二枚置かれ、それによく分からないコードが繋がっていて、その先にはゲームハードがあった。

 対戦者と思われる二人は真剣な表情でモニターを見つめ、手元では忙しくコントローラーを動かしている。

 なるほど。どうやらゲーム大会らしい。そう言えば最近ニュースで言ってたな。

 対戦ゲームのことをeスポーツと呼んで盛り上がっているとか。

 賞金もすごくてプロもいるなんて言ってた気がする。それは本当みたいで、モニターを見つめる二十人ほどのギャラリーは事ある毎に感嘆や歓喜の声で教室を満たしていた。

「へえ。盛り上がって――」

 俺が感心しながら部屋を見回していると、視線が一人の少女で止まった。

 正直場違いだった。

 そいつは黒くて長い品のある髪を窓からの風で揺らし、一際目立つ真っ白な肌をしていた。切れ長の目は静かで、かつ力強かった。セーラー服を見事に着こなす華奢な体躯でお行儀よく椅子に座っている。まるで高そうな人形みたいが置かれているように動かない。

 男が大多数を占めるこの部屋になんの気負いもなく静寂を纏っているにも関わらず、一度動き出せば圧倒的な存在感を放つことを予感させるなにかがそいつにはあった。

 廊下で何度かすれ違ったことがあるから同じ一年のはずだけど、その時とは別人みたいだ。大人しいのは今も変わらない。けどあえて言うなら普段のあいつは影でこっちが実体みたいな、そんな差がある。

 そいつは窓際の椅子にちょこんと座り、つまらなそうな顔で戦っている二人の内一人の戦況を後ろから見据えていた。

 俺が視覚情報の全てをそいつに支配されていると、突然横から声がかかった。

「あ、もしかして参加希望? ちょうどよかった。予選が始まったばかりなんだけど今奇数なんだ。君が出てくれると助かるな」

 その男はアイドルにでもなれそうな爽やかな笑顔で俺を誘った。

 背は俺と同じくらい。つまり普通。髪はなんと金髪で、目の色から外国の血が混ざっているのは明らかだった。上履きの色からして二年生らしい。

「……え? 参加? いや、俺は――――」

「まあまあ。やるだけやってみたら? 今回は部員も出ないし、初心者ばかりだからさ。運良く勝てたら一週間分のランチがタダになる。素敵じゃない?」

 先輩はにこっと笑った。なんとも上手い勧誘だ。これが宗教の勧誘ならうっかり入ってしまいそうな柔和さを醸している。

 俺はもう一度モニターを確認した。やっているゲームには見覚えがある。というかプレイ体験があった。

『ストリートスマッシャーズ』

 ソフトの垣根を越えた有名キャラが一堂に会し、ハチャメチャバトルを繰り広げるゲームだ。

 小学生の頃は相当やり込んだ覚えがある。友達にも負けなかったし、近所にいたゲーム好きの兄ちゃんにも勝った。そう言えばあの兄ちゃんは今何してるんだろうか?

 ともかく俺にとっては数少ない思い出のゲームだった。見たところこれはスマッシャーズの新作らしいけど、操作性や技はほとんど変わってなさそうだ。

 これなら少しくらいは勝てるかもしれない。そう思った俺は了承した。

「そっすね。久しぶりであれですけどやってみます」

「そう? ありがとう。じゃあ名前と学年、クラスを教えてもらっていいかな?」

「矢倉万里です。一年三組」

「ばんり。珍しい名前だね」

「覚えやすいでしょ?」

「確かに。じゃあ万里君。出番が来たら呼ぶから待ってて。勝手にどっか行かないでね」

「うっす」

 先輩は爽やかにはにかむと黒板まで行って書いてあったトーナメント表に俺の名前をカタカナで記入した。どうやら出番は二試合後らしい。

 トーナメントの出場者はたった八人。つまり三勝すればランチ券を獲得できる。後ろから見てる限りあんまり上手い奴はいなさそうだし、結構チャンスはあるかもしれない。

 そしてその淡い期待は一回戦を終えると濃くなっていた。

 イケる。多少腕は鈍っているけどほとんど一方的に倒せた。相手は初心者だったみたいだけど、他の相手もドングリの背比べだ。

 なんて思ってたら向こうの山で歓声が上がった。

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