第2話 名前

「ヤト」 という名前は気に入っている。思い入れを込めた名前の一部だから。だから数年ぶりに帰ってきた。


昔は幸せがほしかった。今は心地いい幸せに囚われている。幸せな時を過ごすほど、私は文章を、物語を書けなくなる。


愛してほしい。癒されたい。安心したい。一人になりたい。助けて。殺して。そんな鬱々とした感情に囲まれていた昔の自分が書いた物語は、文章に感情が籠っていた。インプットした狂気を、綺麗にアウトプットできていた。蛇口を捻れば水がでてくるように、言葉が、景色が頭に溢れていた。


今は。



最近、一つの名前を捨てた。数年連れ添ってきた名前だった。人にも恵まれて、感情の赴くままにその名前で遊んで、その名前で人に呼んでもらって、遊んでもらった。


始まりは些細なもので、長く続くとも思っていなくて。名前の由来なんて特になくて、思い入れもなくて。


少し遅れて、偽るのをやめる時に使った方名前に全て食われてしまった。


「つかれたよ」

「しってる」

「もう終わろうか」

「おやすみ」


そんな些細な会話があった気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る