自分語り

ヤト

第1話 つらつらと

「the cabs」 というバンドが作った曲が好きだ。


好きな人がこのバンド好きなんだよねと呟いた時が出会いだった。始めはなんとなく、「いいなあ」と思っただけだった。なんとなくまた聴きたくなって、聴きたくなって、聴きたく。


いつの間にかすっかり魅了されていた。好きな人を好きになったのと同じように。苦しさを引き出される程に。



今では、それらは自分がもっとも好きで幸せだった時代の雰囲気と似ていることから、思い出に浸りたいときによく触れる。



あの時の、夏の夕暮れ時の涼しさが好きだ。

開けっぱなしの窓から部屋へと吹き込む風の冷たさが好きだ。

1階のキッチンから、換気扇を経由して外に逃げたおいしそうな調理中の匂いが好きだ。

おいしそうな空気が窓の外から部屋の中へ。今日はコロッケだろうか。母や兄の作るコロッケが好きだ。



夕暮れ時の、明るく穏やかで少し橙に染まった部屋と視界が好きだった。あの穏やかな時間が、雰囲気が好きだった。


古くなったフィルムのように、色褪せた景色が好きだった。それこそ病的に。色味をどこかに落として、視界を青白く染めてしまうほどに。


もう手の届かない世界は、どうしてあんなにも美しいのだろうか。

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