第30話 お断りします

 馬車に揺られながら王都から離れていく僕の後を追い駆けてきたのは、騎士見習いのレーシャさんだった。

 頭の後ろで束ねた長い銀髪が、馬が躍動するたびに大きく揺れている。


 レーシャさん、馬の乗り方も上手なんだけど……。

 細身で背も高いからか、何だかすごくカッコいいし。


 だけどその顔はなぜか赤くて、緊張したように強張っていた。


 ていうか、最後に会ったのはあの僕が変なことを一方的に口走っちゃったとき以来じゃないか!

 うわあああっ、恥ずかしい!


 できればこのまま逃げ去りたいところだったけれど、生憎レーシャさんはぐんぐん追い付いてくる。


「わ、私も一緒に連れていってくれ!」

「えっ?」

「貴様の冒険の手伝いがしたい!」

「あ、あのっ……」


 とりあえず馬車を停めてもらった。

 走りながら話すようなことじゃなさそうだし。


「えっと……一緒にって、どういうことですか……?」


 やっぱりレーシャさん、お父さんの仇は自分の手で取りたいってことだろうか?


「た、確かに、父の仇を自ら取りたい気持ちもある。……だが、それ以上に、今は……その……その……」


 さっきから少し顔が赤かったけれど、なぜかさらに真っ赤にして、もじもじし始めるレーシャさん。

 男の僕から見てもカッコいい人という印象だけど、今はなんだかちょっと可愛く見える。


 レーシャさんは一度深呼吸してから、


「き、き、貴様の力になりたいのだ……っ!」


 僕の力に……?

 レーシャさんは間髪入れずに言う。


「貴様は見たところ世間知らずな田舎者のようだからなっ!」


 な、なんかいきなりすごくディスられちゃった!?

 ……だけど反論できない。


「一人で旅をするなど、色々と危なっかしくて仕方がない! だから私が一緒に付いていってやろうというのだ!」


 有無を言わさない気迫で、そこまで言い切るレーシャさん。


「もちろん、それなりに戦力になるつもりだ!」


 た、確かにレーシャさんが居てくれれば、旅をするのに右も左も分からない僕にとって、心強いだろう。

 それに戦力面でも助かるはず。


「だ、だけど……騎士見習いの方は……?」

「それなら辞めてきた」

「えええええっ?」


 ちょっ、それってつまり、戻っても職がないってことだよね!?

 何やっちゃってんの、レーシャさんっ?


 思いきり驚く僕を見ながら、レーシャさんはしてやったりといったふうに笑って。


「だからたとえ貴様が嫌だと言っても私は付いていくぞ?」


 そ、それ、最初っから僕には拒否権はないってことじゃ……。


 結局、僕は断ることもできず。


 ……レーシャさんとの二人旅かぁ。

 それを想像するだけで、僕の胸を色んな思いが去来する。


 嬉しい気持ちが半分。

 だけどそれと同じくらいの、強いストレス。


 だってレーシャさん女性だし!

 こんなに美人だし!

 しかも男女二人っきりだなんて!

 あ、過ちとか起きちゃったらどうするのっ?


 って、レーシャさんはきっともっと純粋な気持ちで僕と一緒に行きたいと言ってくれているだろうに、僕は何を考えているんだよっ!?


 僕は次の街に着くまで、馬車の中で悶々とし続けたのだった。


「だけどレーシャさん、大人びてるし、たぶん経験豊富だろうし……僕みたいな男と二人旅くらい、全然平気なんだろうな……」




     ◇ ◇ ◇




「うぅぅぅ~~~~っ、だ、だ、大丈夫だっただろうかっ? 私、変なこと口走ったりしてないだろうなっ? いや、そもそもこんな強引に押しかけてしまうなんて、その時点で変な女と思われているのでは!?」


 勇者が乗る馬車を追いかけながら、レーシャは一人馬上で身悶えしていた。

 馬が抗議するように「ヒヒンッ」と鳴くが、その声さえ届いていない。


「だ、だって仕方ないではないかっ! 同年代の男と話をしたことなど、ほとんどないのだからっ!」


 誰に向かって反論しているのか、顔を真っ赤にしながら叫ぶレーシャ。

 実はリオンが思っているような経験豊富な大人美女ではなく、初心な生娘なのである。


「というか、そんな調子で私、男と二人旅なんてできるのかっ?」


 自分から言い出しておきながら、リオンに負けず劣らず悶々とするレーシャだった。




    ◇ ◇ ◇




 勇者の出立という大イベントの背後で。

 王宮ではまさにその日の早朝、モダロ宰相が自室で死体となって発見されるという大事件が起こっていた。


 第一発見者はメイドの一人。

 彼女は現在ショックで寝込んでいる。

 それくらい、宰相の死体は酷い有様だったのである。


「確かに以前から時折様子がおかしいと思うことはありましたが、それでもまさか宰相閣下が魔族に通じていたとは思いませんでしたわ……」


 王宮メイド長エリザベスは、幾度となく身の回りの世話を行ってきた人物が持っていた裏の顔に、驚きを禁じ得なかった。


 宰相がすべての黒幕だったことは、部屋の中に残されていた様々な証拠から火を見るよりも明らかだった。

 何より宰相自身の姿が、人間から魔族のそれへと変貌していたのだから疑う余地などないだろう。


「ですが一体、誰が宰相を……?」


 間違いなく宰相は何者かに殺された。

 しかし不可解なことに、誰も名乗り出ていないのだ。


 勇者が秘かに倒したのではないかという意見もあったが、傍付きのメイドによれば昨晩は部屋に戻って以降、一度も外に出ていないという。


「……っと、いけませんね。こういうことはわたくしが考えるものではありませんわ」


 エリザベスはそう自戒し、意識をメイドの仕事へと向け直した。

 と、そこへ姿を見せたのは、新人ながら代理で勇者の傍付きメイドを勤め上げたメイドだ。


「セリーヌさん、ちょうどいいところにいらっしゃいましたわ。実はあなたにお話がありまして」

「何でしょうか?」

「今回の働き、大変見事でしたわ。あなたのような素晴らしい才能の方と出会えて、わたくし心から嬉しく思っておりますの。……それで、そんなあなたを、いつまでも一メイドの立場に置いておくのは惜しいと思いまして」


 彼女にしては珍しく、とっておきのプレゼントを渡すかのように勿体ぶってから、


「このたび、ぜひあなたを副メイド長に任命したいと思いますわ! なかなか相応しい人材が見つからず、長らく空席にしていましたの。ですがあなたであれば、きっと十二分な働きをして下さると思っておりますわ!」


 期待に満ちた目をしながら伝えるエリザベス。

 相手が断るなどと、思ってもいない様子。

 だが、


「お断りします」


 一蹴された。


「え? ……い、今、何と……?」

「お断りしますと言いました」


 新人メイド・セリーヌ――いや、セルアはきっぱりと繰り返す。

 予想外のことに口をパクパクさせるエリザベスだったが、そこへ更なる追撃が放たれた。


「それと本日で退職させていただきますので」

「……はい?」




 勇者の母、セルア。

 言わずもがな、可愛い息子のいない場所に勤め続ける気など端からないのだった。


「さて、あの子を追いかけないといけませんね♪」

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一人息子が勇者として旅立ちました。でもお母さん、心配なのでこっそり付いていっちゃいます [壁]ω・*) 九頭七尾(くずしちお) @kuzushichio

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