第27話 怒りたいのはわたしの方なんですけれど
「……ブラットの奴め……っ! 一体、何を考えておるのだ……っ!」
黒幕の怒りと焦りは頂点に達しつつあった。
「勇者の抹殺に失敗したばかりか、いきなり自白するなど……!」
騎士団長に貴重な魔石を渡し、ダンジョンのボスを強化させることで、勇者を亡き者にしようとした。
にもかかわらず、勇者はダンジョンを攻略して無事に帰還。
さらにどういうわけか、ブラットが自ら国王の前ですべてを白状したのだ。
その中には、王都が魔物の大群に襲われた五年前のことも含まれていた。
王都を護っていた結界を内側から壊し、魔物の侵入を幇助したことすら自白してしまったのである。
不幸中の幸いは、それを裏から指示していた存在のことは、魔法契約のお陰でまだ明るみになっていないことだろう。
だが何者かが背後にいることを察したようで、国王はブラットを牢に捕えつつ、秘かに黒幕を探ろうと動いていた。
「まぁそちらの方はどうとでもなる。なにせ儂がその黒幕だとも知らず、調査の指揮を任せているくらいだからな」
問題は勇者の方だ。
「明日には王宮を出てしまう……それまでにどうにかして始末しておかねば……」
しかし生憎とそれに適した手駒はない。
これまでの作戦が悉く失敗に終わってきたことを思えば、生半可な方法では今までの二の舞いにしかならないという確信があった。
「……仕方がない。この儂自らが手を下すしかなさそうだ」
分厚い口端を歪め、彼は嗤う。
「そうだ……そもそも最初からそうしておけばよかったのだ。自分以外のものを安易に頼ったのが間違いだった。結局、信頼できるのは自分だけなのだ」
こうなると話は早い。
すでに夜は更けており、恐らく今頃は勇者も宛がわれた部屋で眠っているところだろう。
絶好のタイミングだ。
幾ら勇者と言えど、寝ているときは無防備に違いない。
近くに王宮メイドどもが侍っているだろうが、それも一緒に殺してしまえばいい話だ。
彼はそう思い定めると、たっぷり贅肉のついた身体を揺らして歩き出し――
「ふふふ、どこに行かれるつもりですか?」
いきなり暗がりから声が聞こえてきた。
「っ!? だ、誰だっ?」
彼は慌てて振り返り、暗がりに向かって誰何する。
するとランプが照らす灯りの中へと、人影が進み出てきた。
「……メイド?」
驚いたことに、現れたのは王宮に仕えているメイドだった。
支給されている制服に身を包む、若く美しい女だ。
「貴様、一体いつからそこにいたっ? いや、そもそもどうやってここに入ってきたのだっ!?」
この部屋は特別仕様だ。
幾つもの物理的、魔法的なセキュリティ機能を備えており、無断で侵入することなど絶対に不可能なはずだった。
「儂の専属メイドですら、ここには入れぬはず……!」
「ええ、確かになかなか厄介でしたよ。すべての罠を解除するのに一週間もかかってしまいました」
「な、何だと……っ?」
まさか、仕掛けられたあらゆるセキュリティを潜り抜けて入ってきたというのか?
「さすがはこの国ナンバー2の私室ですね、モダロ宰相?」
「……っ」
黒幕――モダロ宰相は元からお世辞にも美形とは言い難い顔を、憎々しげに歪めた。
「なるほど、貴様だな……っ? 散々この儂の邪魔をしてくれおったのは……っ!」
「ええ、そうです。……ですが、心外ですね。わたしの方があなたに怒られるなんて」
唾を散らしながら咆えるモダロに、メイド――もちろんその正体は勇者の母、セルアである――は、にっこりと微笑みながら言った。
「怒りたいのはわたしの方なんですけれど、クソ豚」
直後、モダロの顔面に強烈な拳が叩き込まれていた。
「ぶぎゃっ!?」
モダロの巨体がゴムボールのように吹っ飛び、背後にあった高価な大理石製の執務机に激突する。
「が、はっ…………な、な、な……?」
一瞬白目を剥いていたモダロだったが、すぐに意識を取り戻したらしい。
鼻から血を噴き出しながら、信じがたいパンチを繰り出してきた謎のメイドの存在に動揺している。
その謎のメイドこと勇者の母は、口の形こそ笑みを保ったままだが、その瞳は明らかに狂気の色に染まっていた。
「あの子を殺そうとするなんて……絶対に許せません……だってあの子がいない世界なんて、存在価値すらありませんよ……? そんな世界は滅びた方がいいくらいです……」
全身から強烈な殺気を振り巻きながら近づいてくるセルアに、モダロは尻餅をついたまま後ずさる。
だが突然何を思ったか、大きな笑い声を上げた。
「く、くははっ……くははははははっ!」
「……?」
「貴様が何者かは知らぬが、しかしこの儂を一瞬でも怯えさせたことを褒めてやろう! だが、所詮は人間! この儂には勝てぬわ!」
直後、モダロの巨体がさらに膨れ上がったように見えた。
何をするつもりかと訝しむセルアの前で、モダロの皮膚が不気味に変色していく。
薄毛なので分かりにくいが頭髪が白に染まり、禍々しい角が生え、口からは牙が、背中には翼が出現する。
そこにいたのは、もはや人ではない。
紛れもない魔族だった。
「……なるほど、魔族が人間に化けていたのですか」
「くくく、違うなァ。魔族が人間に化けていたのではない。人間が魔族になったのだ!」
「っ……?」
モダロが明かした事実に、セルアは息を呑んだ。
それにはさすがの彼女も驚いたらしい。
「魔族に、なった……?」
「そうだ! 偉大なる魔王様のお陰でなァ!」
すっかり人間離れした姿に変貌してしまったモダロは、まるで神を崇めるかのような陶酔した目で叫んだのだった。
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