第28話 これが力というものだ
モダロはいきなり腕を振り上げたかと思うと、近くの執務机へと叩きつけた。
大理石でできているはずのそれが、粉々に砕け散った。
「見よ、この力を! そして身体の奥から溢れ出るこの膨大な魔力を! これこそが魔族だ! 脆弱な人間とは比べ物にならぬ! 所詮、人間など魔族の前には劣等種! 今はまだ人間が世界の主流だが、いずれ魔族こそがすべてを支配することになるだろう!」
モダロは目を爛々と輝かせ、滔々と語る。
「ゆえに勇者など要らぬのだ! 無論、あのようなガキが魔王様を倒せるとは思わぬが、それでも人間どもに希望を抱かせる存在など、ここで確実に消しておかねばならぬ!」
叫び、モダロは右腕を横に薙ぐように振るった。
するとそれに合わせて発生したのは、強烈な風の渦だ。
「くははははっ! この通り、魔族ともなれば、いとも容易く魔法を放つことができるのだ!」
暴風がモダロの意思に従い、セルアに襲い掛かる。
だが迫りくるそれを前に防御も回避もせず、彼女はナイフを一閃させた。
それだけで風が両断され、霧散する。
「……ほう。やはりただのメイドではないか。だがこれならばどうだ?」
次の瞬間、モダロが放ったのは魔力を集束させた塊。
それがセルアに接近するや、集まっていたエネルギーが一瞬にして解き放たれた。
ドオオオオオオオオオオオンッ!!!
激烈な爆発が巻き起こった。
発生した衝撃波で重い家具すらも吹き飛び、窓ガラスの幾つかが割れた。
「……なに?」
モダロは眉を潜めた。
爆心地にあるはずの死体がないのだ。
さすがに肉体ごと消滅したはずもないだろう。
「なるほど、確かに身体自体はなかなかの性能ですね。ですが、それを操る者がまったくその性能を使い切れていません。例えるなら、子供が大人の身体だけを手に入れたようなものです」
「っ!?」
頭上から聞こえた声に、モダロは戦慄する。
咄嗟に顔を上向かせるとほぼ同時、天井からメイドが降ってきた。
ズシャッ!
「ぎっ、ぎやあああああああああああっ!?」
左目にナイフを突き立てられ、モダロは絶叫する。
激痛のあまり床に倒れ込み、転がりながら悶え苦しむ。
「き、貴様ァ……」
それでも魔族の頑丈な身体のお陰か、血を溢れさせながらも起き上る。
「許さぬ……許さぬぞォッ!」
怒りに任せて、次々と魔力の塊を投げまくった。
途切れることなく爆音が轟き、部屋全体が何度も大きく揺れた。
だが、
「だから言ったでしょう? まるで力を使い切れていない、と。それではあの子にすら勝てないかもしれませんよ」
セルアはまったくの無傷。
それどころか、衣服には一切の乱れがない。
「く、くそがァッ! 儂は魔族だッ! 人間ごときに負けるはずがなァァァいッ!」
忌々しげに叫びながら、モダロはどこからともなく発光する石を取り出した。
魔石だ。
拳大の大きさのそれを、何とモダロは口の中へと放り込んだ。
バリボリバリ、と嫌な咀嚼音を鳴り響かせながら、モダロは魔石を喰らう。
するとその身体に再び異変が起こった。
首も腕も足もさらに一回り太くなり、いっそう巨大化したのだ。
青みがかっていた皮膚が、青を通り越して紫色へと変わり、顔はますます醜くなった。
「くははははははっ! どうだッ? 魔族は魔石を喰らうことでさらに強くなれるのだァッ!」
モダロが床を蹴った。
それだけで硬い床がベコリと凹み、そしてとても超重量級の体格とは思えない速度でセルア目がけて突進してきた。
「っ……」
横に飛んで避けると、モダロはそのまま壁に突っ込む。
その衝撃で壁が木っ端微塵に砕け散った。
「……幾ら力を得たところで、使いこなせなければ意味がないと言ったばかりですが?」
「ひゃははァッ! ならばもっともっともっと圧倒的な強さを手にすればいいだけだァッ!」
モダロは不気味な笑い声を上げながら、さらに隠し持っていた魔石を口の中へと放り込んでいく。
「……どうやら理性すらも失いつつあるようですね」
魔石を喰らった副作用なのかは分からないが、さらなる化け物へと変貌していく姿に比例するように、とても一国の宰相とは思えないほど我を失い始めているようだった。
「これでっ、どうだァッ!」
「っ!」
ここにきて初めて、セルアは全力での回避行動を取らざるを得なくなった。
それでもモダロの腕が肩を掠め、その衝撃だけで華奢な身体が吹き飛ばされる。
空中で身を捻って壁に着地したセルアは、腕に痛みを覚えた。
服の袖が破け、そこから覗く白い肌が次第に赤くなっていく。
「……久しぶりです。わたしがダメージを受けたのは」
「ヒャハハハハァッ! 死ね死ね死ね死ねェェェッ!」
モダロは狂ったように叫び、壁に貼りつくセルアへ再び襲い掛かった。
接近すればその太い腕を振り回して殴りつけようとし、距離が開けば魔力の塊で爆発を巻き起こす。
そこには技や駆け引きといったものは一切ない。
ただただ暴力的な力で暴れ回っているだけだ。
「なるほど、確かにここまでの強さを得れば、大抵の相手はそれだけで圧殺できそうですね」
感心しながらも、セルアは相手の攻撃を躱し続けていた。
いや、それだけでなく、時より隙を突いてはナイフでモダロの巨体を斬りつけている。
「……硬い」
だが幾ら斬撃を見舞っても、まるで手応えがない。
恐らく強力な魔力によって身体が保護されているせいだろう。
「ヒャハハハハハァッ! どうだァッ! これが力というものだァッ! 勇者もろとも皆殺しだァァァァァッ!」
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