第25話 随分とお粗末な強さですね

「う、うぅ……」


 セルアの足元で呻くのは、見るも無残な姿と化した王宮騎士団長。


「この程度で王宮騎士の団長ですか……随分とお粗末な強さですね。それとも、実力以外のことでその地位に就いたのでしょうか?」

「っ……」


 図星だったのか、息を呑むのが分かった。


「いえ、同僚のメイドたちからこんな話を聞きまして。現騎士団長は、ずっと騎士団長の座を狙っていて、邪魔な前騎士団長のことを妬んでいた、と。……前騎士団長が魔族に殺されたときは、さぞ嬉しかったことでしょうね?」

「き、貴様に何が分かるっ!? 私の方が先輩であるにもかかわらず、長年ずっとあいつの下で甘んじていた私のことをっ!」

「だから殺したと? 王都を護っていた結界を破り、魔物の群れを呼び込むことで。それを率いていた魔族とはあらかじめ示し合わせていたのですか?」

「……そ、それはっ……それは違う……私は、ただ……」


 何かを言おうとしたブラットの声が、不自然に窄む。


「もしくはある人物にその気持ちを利用され、協力を要請されたのでしょうか? そうすれば、騎士団長の座を与えてやる、と」

「っ……」

「その人物が誰なのか、教えていただけませんか?」

「わ、私は、何も知らな――があああああっ!?」

「もう一度訊きますね? その人物が誰なのか、教えていただけませんか?」

「し、知らな――があああああっ!」


 それから何度か繰り返し痛めつけたが、ブラットは決して口を割らなかった。


「なるほど。どうやら黒幕の名を口にすることが無いよう、魔法契約で縛っているようですね」


 魔法契約は、本人の意思ではどうやっても破ることができない。

 さすがのセルアでも聞き出すことは難しかった。


「ですがまぁ、黒幕のことは大よそ特定できていますし、とりあえず良しとしましょう。……それよりも、今はアレをどうにかしないといけませんね」


 騎士団長を縄で縛ってその辺に適当に転がしながら、セルアは視線をボスモンスターのいる方角へと向けた。


「さすがにあれだけ強化されちゃうと、今のあの子では倒せそうにありませんし」






 セルアがその部屋へ踏み入ると、背後の扉が重厚な音とともに自動的に閉まった。


「オオオオオオオオオオオオッ!」


 強烈な咆哮を上げながら身体を起こしたのは、硬質な鱗に覆われた巨大な蜥蜴――いや、ドラゴンだった。


「レッドドラゴンですか。ダンジョンボスとして不足のない魔物ですね」


 しかも魔石を喰らったことで、通常種よりも強くなっている。


「ですが……」


 直後、セルアは地面を思いきり蹴った。

 一瞬にしてレッドドラゴンの頭の下へと潜り込む。


「っ?」


 いきなり獲物を見失って混乱するドラゴンの顎下で、セルアは跳躍しつつ足を振り上げた。


「……この程度の魔物であれば、わたしの敵ではありません」


 ――ズゴンッッッ!!!


「~~~~~~~~~っ!?」


 顎に凄まじい一撃を貰い、ドラゴンは白目を剥く。

 その威力は脳天をも貫くともに頭部を浮き上がらせ、ドラゴンはほとんど二本脚で立ち上がるような格好となった。

 そして晒された無防備な腹へ、セルアは拳を叩き込む。


 ――ズガンッッッ!!!


「アアアアアアアアアッ!?」


 ドラゴンの巨体が悲鳴とともに吹っ飛んだ。

 女の細腕から放たれたとは思えない信じがたい殴打。


 後方の壁へ強かに叩きつけられたドラゴンは、瓦礫に半ば埋もれながら倒れ込んだ。


「……さすがドラゴンですね。鱗の薄い部分を狙ったのに、手足がジンジンします」


 ドラゴンの腹部を殴りつけたことで、セルアの拳は少し赤くなっていた。

 靴を履いているため分からないが、恐らく顎を蹴った足の甲の部分も同じようなことになっているだろう。


「まぁ、あまり得意ではありませんからね、殴ったり蹴ったりするのは」


 ぷらぷらと手首や足首を振って痛みを逃がしながら、とてもレッドドラゴンを徒手空拳で圧倒しているとは思えない台詞を口にする。


「オッ、オアアアアアアアアアッ!」


 気絶していたドラゴンが、雄叫びとともに意識を取り戻した。

 巨体を振って瓦礫を弾き飛ばしながら前進すると、頭を引いて長い首をたわめた。


 ゴオオオオオッ!


 次の瞬間、大きく開かれた口腔から、超高熱のブレスが放たれる。


 ダンジョンの床が熱で溶けてぶつぶつと煮立ち、一帯の気温が急激に上昇する。

 さらにレッドドラゴンは念を入れるかのように、首を左右に振ることで、部屋全域を炎の海にしてしまった。


 あの凄まじいパワーは予想外だったが、所詮は貧弱な人間だ。

 このブレスを浴びて、無事でいることなどあり得ないだろうと、赤きドラゴンは己の勝利を確信し――


「それでわたしを仕留めたつもりですか?」

「っ!?」


 すぐ耳元で感じ取った気配に戦慄する。


 セルアは燃え盛る炎の中にはいなかった。

 いつの間にか、赤きドラゴンの頭の上へと移動していたのだ。

 彼女が身に纏っている王宮メイドの衣服には、火の粉の一つも散っていない。


 ドラゴンは咄嗟に頭を振って、彼女を振り落とそうとする。

 だがその直後、右目にナイフを突き立てられていた。

 さらにセルアは、眼球を掻き混ぜるように腕を回す。


「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」


 異次元の痛みに、一際大きな咆哮を轟かせる赤きドラゴン。


 しかしセルアは容赦しない。

 反対側の目にもナイフを突き刺して――





 こうして勇者が攻略すべきはずのダンジョンは、勇者の母によって攻略されてしまったのだった。


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