第24話 殺しちゃいますよ?
セルアの働きによって、勇者を亡き者にせんとする作戦がすべて失敗に終わり。
黒幕は苛立っていた。
「くそっ……一体どういうことだっ? なぜどれ一つとして成功しないのだっ……? 勇者はまるで警戒している素振りには見えぬというのに! ……まさか、そう演じているだけなのか? だとしたら、あのいかにも純朴な田舎者といった雰囲気も、すべて仮面……? だがそれは最初からだった……つまり、王宮にくる前から警戒していたということか……?」
実はその失敗はどれも、傍付きメイドに変装した勇者の母によるものだとは知る由もないだろう。
「このままでは……」
だがそこで黒幕の視線が、ある場所で停止する。
「いや待て……。くくく、儂にはまだこれがあるではないか」
「問題はどこで仕掛けるかだが……やはり、ダンジョンの中がいいだろう。だが並の魔物ではダメだ。そう、できればボス……それも、最強の……」
◇ ◇ ◇
王宮の地下に存在しているダンジョン――通称〝勇者の試練〟。
そのもっとも深層。
第二十階層を進む、一つの人影があった。
だが勇者リオンではない。
もっと背が高く、細身の身体付き。
歳の頃は四十前後といったところだろうか。
やがて人影は、階層の最奥へと辿り着いていた。
緊張の面持ちでそこにあった重々しい扉を開き、しかし中へ入る手前で足を止めた。
入ってしまうと最後、扉が自動的に閉じられて出られなくなってしまうのだ。
それでもその気配を感じ取ってか、部屋の奥で蹲って眠っていた〝主〟が身体を起こした。
「オオオオオオオオオオオオオッ!!」
大地が唸るような雄叫びを轟かせたのは、全長十メートルをゆうに越す巨大な魔物。
それはこの第二十階層のボス、すなわちこのダンジョンのボスだった。
人影はその圧倒的な威圧感に腰が引けつつも、勇気を振り絞って〝それ〟を思いきり投げ付けた。
直径十センチほどの石だ。
だがただの石ではなく、魔力が込められたいわゆる魔石と呼ばれるもの。
しかもそれは大きさこそ小さいものの、そこに膨大な魔力が封じられていた。
足元に転がってきた魔石を、ボスモンスターは前肢で踏み潰そうとしたが、それを思い留まった。
代わりに鼻先を近付けて舌を伸ばすと、器用に石を摘まみ上げ、そうして口の中へと呑み込んでしまう。
「~~~~~~っ!」
直後、ボスモンスターの持っていた強い気配が、さらに高まった。
それどころか全身が一回り以上も膨れ上がる。
ボスモンスターが強化されたのだ。
魔物は魔石を喰らうことによって、より強くなることは知られていた。
そしてその魔石の質が良ければよいほど、その強化度合いも上昇する。
最高の餌にありつくことができたボスモンスターは、それを与えてくれた人間へと意識を向けた。
もちろんだからといって、人間に礼をしようなどという考えは魔物にない。
ただ魔物の本能に従い、その人間も喰らってやろうと思っただけである。
「?」
だがそのときにはもう、用事を終えたとばかりに、人影の姿はなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ボスモンスターのいる部屋から全力で逃げ出してきた彼は、ようやく立ち止まり、額にびっしょり浮かんだ汗を拭う。
ボスモンスターと対峙しただけで、すでに大きな体力を奪われていた。
「勇者というのは、あんなものを単身で倒せるというのか……」
改めて驚きを禁じ得ない。
確かにあの少年は、あの年齢ですでに怖ろしい強さを持っていた。
武術大会で
このダンジョンに挑んだことで、今はさらなる成長を遂げているだろう。
とある方法を使って、ここまで一切魔物と戦うことなく潜ってきた自分とは大違いである。
しかしそんな勇者でも、魔石によって強化されたあのボスモンスターを打ち破ることはできないだろう。
敗北は必至。
しかも逃げることはできない。
なぜなら勇者に与えられた転移石は偽物だからだ。
「ふふふ……一体なぜボスモンスターを強化したのですか?」
「っ!?」
そのとき背後から笑い声が聞こえてきて、彼は慌てて振り返った。
そこにいたのは、つい先日、王宮にやってきたばかりの新人メイド。
「教えてください、ブラット騎士団長。なぜボスモンスターに魔石を食べさせ、勇者様がダンジョンを攻略できないようにしてしまったのか」
相手がただのメイドだったことで、彼――王宮騎士団長のブラットは、胸を撫で下ろす。
だがすぐにそれが異常だと気がつく。
なぜただの王宮メイドが、こんなダンジョンの最下層にいるのか?
見たところメイド用の衣服を着用しているだけで、何の武器も持っていない。
「教えてくださいよ。さもないと……」
次の瞬間、メイドの姿が掻き消えていた。
「――殺しちゃいますよ?」
「っ!?」
かと思うと、喉首にナイフを突きつけられていた。
いつの間にか懐へと入り込まれていたのだ。
「な、な……何者だ、貴様は……?」
ここに至ってまだ相手がただのメイドであると考えるほど、ブラットは愚かではなかった。
可能性が高いのは、自分たちの暗躍を知り、それを探っていた存在がいたということ。
当たらずとも遠からず、だが――
「あの子の保護者です♪」
「……は?」
――まさかそれが勇者の母親であるとは、想像だにできなかっただろう。
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