第7話 失礼ですが、どのような御関係で?

 ど、ど、ど、ど、どうしよう!?


 僕は焦りまくっていた。

 どんなに探してもやっぱりお金がない。


 しかもさっきから店員さんがちらちらと僕の方へと視線を向けてきてる。

 もうとっくに食べ終わっちゃってるし、とっとと金を払って席を開けてくれと思っているのかもしれない。


 このままだと完全に無銭飲食だ。


 謝って許してもらえるようなことだろうか?

 でもここは正直に言わないとダメだと思う。

 最悪、この店で働いて食べた分を返さないと。


 王都へ行くための旅費は…………後で考えよう。


「あ、あのっ……」


 僕が意を決し、店員さんに真実を話そうとした、まさにそのとき。


「おい、餓鬼っ……じゃねぇ、少年!」


 店内に飛び込んできたのは、先ほど自宅まで肩を貸してあげた男性だった。


 どういうわけか、両足でちゃんと立っている。

 足はもう大丈夫なのだろうか?


 でもその一方で、随分と顔色が悪い。

 まるでドラゴンにでも遭遇して、命からがら逃げてきたといった感じ……というか、今も追われ続けている真っ最中と言った方がいいかも……?


「どうしてここに……?」

「これっ! これを返しにきたんだっ!」


 そう言って、彼が掲げたのは金袋だった。

 その瞬間、僕は大声を上げていた。


「ああっ!」


 思わず彼の下へと駆け寄る。


「もしかして拾ってくれたんですか!?」

「あ、いや、えっと……ま、まぁ、そんなところだ……」


 男性はなぜかバツが悪そうに目を逸らしながら曖昧に頷く。


「ありがとうございますっ!」


 僕は思わず涙目になりながら彼の手を握っていた。


 やっぱり僕は金袋をどこかで落としてしまっていたらしい。

 こんなに大事なものを無くしてしまうなんて、我ながら情けないにもほどがある。


 だけどこれを見つけて、わざわざ僕に届けてくれるなんて!

 なんて良い人なんだろう。


 やっぱり人には親切にするべきだと、僕は改めて思った。


「だけど足の方はいいんですか?」

「えっ? あ、ああっ、家に置いていたポーションを使ったからな!」

「そうなんですか! よくなって本当によかったです!」

「お、おう……ありがと、よ……」


 弾性は絞り出すような声で礼を言ってくる。

 お礼を言いたいのは僕の方なのに。


 と、そこで僕はあることを思いつき、彼に提案した。


「よかったら何か食べていきませんかっ? せっかくなので驕らせてください!」

「いやいやいや、そんなことしてもらう必要はねぇから!」

「そんなこと言わずに! お金を拾って届けてくださったお礼ですから! 僕、これがなかったら本当に困っていたところですし!」

「うぐっ」


 なぜか男性は胸を押えて、そんな声を漏らした。


「お、お前さんは先に俺を助けてくれたっ! だから貸し借りゼロだ! ……そ、それに俺はこれから用事があるんだった! じゃあな! 今度は気を付けろよ!」


 慌てて踵を返し、店を出ていこうとする。

 そうかぁ……残念だけれど用事があるのなら仕方がない。

 

 去り際、男性は一瞬だけ振り返って、


「あと人助けはほどほどにして、ちゃんと相手を選ぶようにしろよ! 世の中には悪い奴もいるからなっ!」


 なぜかそんなことを言い残したのだった。




    ◇ ◇ ◇




「まぁ今日のところはこれで許して差し上げましょう」


 逃げるように走っていく男の後ろ姿を眺めながら呟くのは、もちろん勇者(リオン)の母セルアだ。


「それにしても心配ですね……。あの子の優しいところは美徳だけれど、このままだときっとこれからも悪意のある人間に騙されてしまいそうです」


 眉根を寄せ、母は息子のことを憂う。

 一応あの男を使って注意はしてみたが、恐らくあまり効果はないだろう。

 人を疑うことを知らない優しい子なのである。


「まぁでも、今回のようにわたしが始末を付ければいいだけですね。……ふふふ、やっぱり付いてきて良かったです。あの子にはまだまだお母さんが必要なようですね」


 どうやら心配よりも、自分が可愛い息子の力になれる喜びが勝ったらしい。

 思わず笑みを零すセルア。


 ……果たして見守るだけではなかったのか?


 その後、無事に戻ってきたお金で宿を取ったリオンを追って、彼女もまた同じ宿で部屋を借りることにした。


「いらっしゃいませ。一名様のご利用ですか?」

「ええ。先ほどの男の子のすぐ隣の部屋をお願いします」

「……はい?」


 セルアの謎の指定に困惑するフロント係。

 当然であろう。


「あ、あの……失礼ですが、どのような御関係で?」

「母です」

「あ、お母様でございますか……」

「ただし訳あってこっそり後を付けていますので、あの子には秘密にしていてください」

「は、はい……」


 何か人には言えない理由があると思ったのか、あるいは単に関わり合いたくないと思ったのか、フロント係はそれ以上の追究はしなかった。


 部屋は決して広くはないが、ちゃんと掃除がされているようで清潔感があった。

 安宿であることを思えば十分だろう。

 コストパフォーマンスは悪くない。


 一人で宿を取ることができるようになって……と、母は息子の成長を喜ぶ。

 つい先ほど「一人じゃダメだ」と再認識したばかりのはずだが、まさに親バカらしく、その辺りは都合よく頭から除外したらしい。


「ああ、このすぐ隣にあの子が……なのに会うこともできないなんて……。たった一枚の壁がこれほど遠いとは知りませんでした……」


 そして部屋の向こう側にいる息子を思い、今度は嘆きの息を吐く。

 と、そこで何かを思いついたのか、じっと壁を睨み、


「……この壁、ちょっとくらいなら穴を開けてもいいですかね?」


 ダメに決まっている。

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