第8話 餓鬼がやりやがった!
翌日、僕は王都に向けて街を出発した。
王都までは街道が通っているらしい。
あの山道と比べればずっと歩きやすいけれど、徒歩だと時間がかかり過ぎるようなので、僕は乗合馬車を使うことにした。
途中で何度か乗り換えないといけないみたいだけれど。
「おにーちゃん、どこにいくの?」
「王都までだよ」
「すごーい! おうとって、すっごくおっきいまちなんだって!」
たまたま隣同士になったお母さんとその娘さん。
娘さんの方はまだ五歳くらいだろうか。
人懐っこい性格のようで、初対面の僕へ元気に話しかけてくる。
「君はどこに行くの?」
「ジジとババのところ!」
どうやらこの馬車の終着点の街に住んでいるらしい。
「ママがね、パパとけんかしちゃったの!」
「こ、こらっ」
家庭内の複雑な事情を暴露され、お母さんが顔を赤くして娘さんを窘める。
あはは、と僕は曖昧に笑うことしかできない。
「おにーちゃんはおうとになにしにいくの?」
「えっと……魔物と戦いに?」
「すごーい! おにーちゃん、きしさんになるのっ?」
「う、うん。そんなところだよ」
はっきりと勇者だとは言えず、僕は曖昧に答えた。
娘さんの名前はシエナちゃんというらしい。
おしゃべり好きなシエナちゃんと色々な話をしていると、単調な馬車の旅もまったく退屈しなかった。
やがて道は林の中へと入っていく。
と、そのときだった。
突然、木々の間から剣や槍を持った男たちが飛び出してきて、馬車の前に立ち塞がった。
御者が慌てて馬を停止させる。
「と、盗賊だっ」
誰かが悲鳴じみた声で叫んだ。
「いいか、てめぇら! 命が惜しかったら金目のもん全部置いていきやがれ!」
男の中の一人が怒声を張り上げる。
乗客たちが怯えて縮こまった。
こちらに抵抗の意思がないと見るや、男たちは馬車を取り囲んで中を覗き込んでくる。
「おら、早く出せ!」
「隠すんじゃねぇぞ!」
武器をチラつかせながら乗客たちに命じる男たち。
ど、どうしよう……?
せっかくお金が戻ってきたのに、このままじゃ奪われちゃう。
僕一人なら抵抗したり逃げたりできるかもしれない。
でも僕以外にも乗客がいる。
ここで暴れたら彼らにまで被害が出かねないし、大人しく言うことを聞いた方がいいのだろうか?
そんなふうに僕が迷っていると、
「ほう、そこの女、なかなかの上玉じゃねぇか。出てこい」
一人の男がシエナちゃんのお母さんにそんなことを言った。
「ちょっと歳は喰ってるようだが、売ればそこそこの金になりそうだな」
さらにお母さんの全身を眺め回して、酷い胸勘定を口にする。
「お、お許しください! この通り、私にはまだ幼い娘もいるんです!」
「ママ?」
何が起こっているのか分かっていないシエナちゃんを抱き締め、盗賊に懇願するお母さん。
「はっ、だったらその娘も一緒に売り払ってやらぁ! 小さいのを好んで買う奴もいるみてぇだからよ!」
「そ、そんなっ……どうか、どうかご慈悲を……」
「うるせぇ! 出てこいっつったら、出てきやがれってんだ!」
盗賊はお母さんの腕を引っ掴むと、無理やり引き摺り下ろそうとする。
ここに至って、さすがに僕も大人しくしているわけにはいかなくなった。
武器を持った盗賊が八人。
僕一人でどうにかできる?
ううん、やるしかない!
「はぁっ!」
僕はお母さんの腕を掴んでいた盗賊の顔面へ、思いきり拳を叩きつけた。
「ぶごっ!?」
盗賊が吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
鼻から血を噴き出し、思いっ切り白目を剥いていた。
あれ? 気絶しちゃった……?
ちょ、ちょっと強く殴り過ぎたかな?
でも自業自得だよね?
僕は馬車からジャンプすると、味方がいきなり倒れたことで動揺していた別の盗賊へ飛び蹴りを見舞った。
「がはぁっ!?」
さっきの盗賊よりもさらに大きく吹っ飛んでいった。
彼も気を失ったようで、倒れたまま動かない。
「おいどうした!?」
「餓鬼がやりやがった!」
残る六人の盗賊が騒ぎ出す。
僕は地面に着地するや、すぐ近くにいた三人目の盗賊へ躍り掛かった。
「この野郎っ!」
盗賊はそう叫び、持っていた剣で斬り掛かってきた……けど、すごく遅い?
僕は相手の剣が振り下ろされる前に接近すると、鳩尾に拳を打ち込んだ。
「ぐぼっ!?」
お腹を押さえて倒れ込む盗賊を飛び越え、さらに次の盗賊へ。
幸い馬車の周囲にバラけてくれていたので、ほとんど一対一だった。
僕は順調に一人ずつ盗賊を倒していく。
「……思ってたより弱い?」
七人目も一撃で倒すことができ、僕は首を傾げた。
この人たち、これじゃオークすらまともに倒せないんじゃ……?
「って、今はそんなことはどうでもいい。最後の一人を……あれ? いない?」
馬車をぐるっと回ってみたけれど、八人目の姿が見当たらない。
「ママっ!」
「シエナ!」
その声に反応して馬車の中へと視線を向けると、いつの間にか馬車の中に入り込んでいた最後の一人がシエナちゃんを抱きかかえ、ナイフをチラつかせていた。
「シエナちゃん!」
「はっ! 残念だったな、クソ餓鬼!」
「っ……」
僕のバカバカバカ!
何でこの可能性に思い至らなかったんだよっ?
盗賊が乗客の誰かを人質に取るかもしれないなんて、少し考えたら分かるはずなのに!
「この子を殺されたくなけりゃ、大人しくここから離れやがれ!」
盗賊はそんな要求をしてくる。
僕はそれに従うしかない。
「いいか! そのまま見えなくなるまでずっとだ!」
盗賊にナイフを突きつけられて泣いているシエナちゃんを助けてあげることもできず、僕は一歩二歩と後退していく。
ああ、どうしたらいいんだろう……?
――ガンッ!
「え?」
何か鈍い音が聞こえたかと思うと、盗賊の目が急に虚ろになった。
シエナちゃんがその腕から滑り落ち、続いて盗賊の身体がぐらりと傾いだ。
どさり、と馬車の中で倒れ込む。
なぜか盗賊は失神していた。
近くにいた乗客たちは誰も何もしていないらしい。
無事にシエナちゃんが解放されたからよかったんだけれど、何が起こったのかは結局分からなかった。
ただ、盗賊の後頭部に真新しい大きなたんこぶができていて、馬車の中に石ころが一個転がっていたんだけれど……まさか、ね。
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