第6話 まさか、落しちゃった……?
男性に肩を貸して歩くこと十五分ほど。
狭い路地に入ったところで、
「ありがとよ、少年。ここで大丈夫だ」
「え? でも、まだ家が……」
「もうすぐそこだ。後は自力で歩けるからよ」
「そ、そうですか?」
男性は僕から離れる。
痛そうに顔を顰めているけど、どうにか立てるようだ。
「じゃあな、本当に助かったぜ」
「いえ、これくらいお安いご用です!」
びっこを引いて歩いていく男性が路地の先にある角を曲がるのを見送ってから、僕は踵を返した。
さて、今度こそ宿を探さないとね。
そろそろ日が暮れ始めているし。
そのときすごく香ばしい匂いが漂ってきて、僕のお腹が自然と「ぐう」と鳴った。
「……」
その匂いの元と思われるお店へと、思わず視線が釘付けになってしまう。
飲食店だ。
こんな美味しそうな匂いをさせているなんて、ズルい。
僕はあっさりと誘惑に負けて、気づけばお店の中に入ってしまっていた。
まぁ、宿探しはご飯を食べた後でもいいよね?
「いらっしゃいませー。注文はどうされますー?」
「ええっと……」
壁にかかっているメニューを見たけれど、知らないものばかりだ。
あ、あれ? 僕の村とそんなに違うものだったっけ……?
僕が困っているのが分かったのか、店員さんが助け舟を出してくれる。
「うちの料理人、王都で修行してた人なんですよー。だからお客さんのほとんどがメニュー見ただけじゃよく分からないんですよねー」
どうやら僕だけじゃないらしい。
そのことにホッとする。
「どれも味は保証するんでー、とりあえず適当に頼んでみてください。一応、これが一番人気ですねー」
「じゃ、じゃあ、それにしてください」
店員さんのおススメに全力で乗っかることにした。
やがて出てきたのは、丸いパン生地の上にトマトやチーズ、それからベーコンなんかを乗っけた料理だ。
どうやら窯で焼いたばかりらしく、焦げたチーズの匂いが僕の鼻腔を擽る。
これだ。
さっき店の前で嗅いだ匂いに間違いない。
じゅる、と口の中から涎が溢れてきた。
ナイフで切り分けて、その内の一片を口の中へと放り込む。
「~~~~っ!」
熱っ!?
でも、めちゃくちゃ美味しい!
具材の旨味、それがとろとろに溶けた濃厚なチーズと一緒に口の中で爆発する。
トマトの酸味や香草のアクセントも絶妙だ。
それなりに分量があったはずなのに、僕はあっという間に完食してしまっていた。
半日以上も歩いたんだし無理もないよね。
おかわり……したいけれど、やめておこう。
王都までの旅の資金は十分あると言っても、まだまだ先は長い。
何が起こるか分からないし。
そして代金を支払って店を出ようかと腰を浮かせかけたとき、僕はとんでもないことに気づいた。
「……な、ない? えっ? う、嘘っ? そんなっ……ここにあるはずなのに……」
さあっと頭から血の気が引いていく。
お金を入れていた金袋が無くなっていたのだ。
僕は必死に探した。
だけど見つからない。
鞄の中身をいったんすべて出してみたけど、結果は同じだ。
金袋には僕が王都に行くまでの旅費すべてを入れていたのに……。
「まさか、落しちゃった……?」
村を旅立って、最初の街。
早くも僕はピンチに陥っていた。
◇ ◇ ◇
「へへっ、チョロイ餓鬼だったぜ」
一人の男がニヤニヤとほくそ笑みながら、狭い道を身軽に走っていた。
その手にはずっしりと重い金袋。
少し覗き込んでみると、思っていた以上の金が入っていた。
「あんな手に引っ掛かるとはよぉ。ま、いい勉強になったと思って諦めるんだな」
彼は先ほどリオンが助けた初老の男だった。
その足取りはとても怪我をしているようには見えない。
それもそのはず。
鴨を誘き寄せるため、怪我をしているフリをしていただけだったのだ。
そして肩を貸してもらいながら歩く途中、秘かに金袋を奪っていたのである。
「これだけありゃあ、しばらくは遊んで暮らせそうだぜ。とりあえず今日は祝いがてら酒でも飲んで、それから女を抱くかねぇ。……っ?」
そのとき男の進行方向に立ちはだかるように、人影が現れる。
一瞬、あの餓鬼が追ってきたのかと身構えたが、違った。
「なんでぇ、女じゃねぇか」
それも若くて、高級娼館でもなかなか出会えないくらいの別嬪だった。
それがどういうわけか、一歩も動かずに自分のことをじっと見てくる。
「俺に何か用かい、嬢ちゃん?」
「ええ。そのお金を返していただきにきました」
「へえ?」
男は口端を吊り上げる。
あの餓鬼の知り合いだろうか。
もしくは自分が金を盗むのをたまたま見ていた正義の手合いか。
いずれにしても相手は女一人。
しかもここは滅多に人が通らない路地裏だ。
「こいつを返してほしいと」
「その通りです」
「そうかいそうかい。だったらほらよ」
男はこれ見よがしに金袋を掲げてみせた。
すると女はすんなり返してくれると思ったのか、警戒した様子もなく近づいてくる。
やがて彼我の距離がほんの一、二メートルとなったとき、
「な~んてなぁ!」
男は金袋を地面に落とすと同時、女に襲いかかっていた。
すでに初老となって随分と衰えはしたが、それでも過去には名のある盗賊団の一員として活動し、地方騎士団と何度もやり合い死線を潜り抜けてきた身だ。
ここで女一人を犯すことくらい容易いことだろう。
――という男の考えは、次の瞬間に吹き飛んでいた。
「……は?」
いつの間にか女の片手に四本ものナイフが握られ、いつの間にかそれらが一斉にこちら目がけて投擲されており、いつの間にか背後の壁にナイフで両手両足を縫いつけられていたのだ。
こんな状況でさえなければ、素晴らしく魅力的に見えただろう笑みを浮かべながら女が訊いてくる。
「優しい優しいあの子の善意につけ込んで騙すなんて……どう考えても万死に値すると思うんですが、どんなふうに死にたいですか?」
目だけはまったく笑っていなかった。
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