第9話 覚醒

——ライブ前日、学校


「千明、今度のライブは勝たせてもらうぜ」


「ふん、いくらあの子が天才だからって、ちゃんとした場で勝負すれば、わたしたちに敵うはずないわ」


たしかに、千明たちの方が有利であるのは事実だった。


勝負の評価基準は簡単。


ライブ会場に来てくれたファンの、歓声の大きさだ。


もちろん、ファンはそのことを知らない。


要は、どれだけファンを熱狂させるかが勝負だ。


これまでにファンがついているので、千明たちの方が一定の評価を得られるのは目に見えていた。


チャンスがあるとすれば、メイデンがもつカリスマ性による、爆発力だ。


一瞬でも会場の客を惹きつけられれば、勝機はある。


それに、俺はメイデンちゃんの真の力を知っている。


前の世界線でのメイデンちゃんのステージ。



あれを今プロデュースできるのは、この世界で俺だけだ!



というわけで、勝ちは見えてるんだけど、ただ勝っても面白くない。


「なぁ、千明、賭けをしないか?」


「なんで、賭けなんかする必要があるのよ」


「まぁまぁ、お前たち、負けたら解散なんだろ? こっちにも何か負けたらデメリットがないと、釣り合わないと思ってさ」


「あ、あんた、そのことを誰に」


「夏穂が教えてくれたよ。千明と離れ離れになりたくないって」


「あの子……」


千明は一瞬、考える素振りをした。


「だからって、手加減したら承知しないわ」


「それはもちろん。俺も勝つつもりだ」


「ふん、やけに自信あるじゃない。そうね……あんたが勝ったら、わたしに二股かけても許してあげるわ」


おお!

美少女二人と正式に二股できるだなんて。


あれ、でもメイデンちゃんは許してくれるかな……


でも、願ってもないチャンスだ。


「いいのか? 俺たち勝つぞ?」


「その代わり、わたしたちが勝ったら、一生言うことを聞きなさい」


「えぇ……」


それはちょっと、条件が違いすぎない?


「まぁ、いいけどさ。千明も約束破るなよな」


「もちろん。あんたこそね」



——放課後


「明日はついに、ライブですわね!」


「そうだな。きっと俺たちなら勝てる」


俺の秘策は二つあった。


どちらも、前の世界線からの知識だ。



まずは、特訓。


「メイデンちゃん。今日は特訓のために、ウチに来ないか?」


顔を赤らめるメイデンちゃん。


「ま、まぁ、ついにお誘いですのね! でも、まだ心の準備が……」


下着がどうの、服がどうのとつぶやいている。


「大丈夫、変なことはしないからさ」


「そ、それはそれでちょっと残念な気も……」


「ははは、まぁ、勝ったらなんでも一つ言うこと聞くからさ」


「本当ですの! 考えておきますわ」


ニヤリと顔を歪めるメイデンちゃん。


『なんでも』はちょっと言い過ぎたかな……



「ところで、特訓ってなんですの?」


「それはな——」



——凛樹の家


「ドSキャラ?」


「そうだ。メイデンちゃんにはドSキャラの才能がある!」


「そんな、わたしはそんな、はしたない女ではないですわ」


しかし、俺は知っている。

メイデンちゃんは前の世界線で、毒舌なドSキャラとして一斉を風靡したのだ。


だから、俺は確信を持って断言した。


「いや、メイデンちゃんはドSキャラをやるべきなんだ。例えばさ、俺と、ある女性が付き合うって言ったら、どうしたいと思う?」


「その女を八つ裂きにしますわ♡」


koeeeee!!!


「そ、そうだろう。その気持ちを、ライブを見ているファンに向けるんだ」


「そんな、ファンの方々にそんな言葉をつかうだなんて」


「大丈夫だ。みんな、メイデンちゃんに罵られたがってるから!」


何を隠そう、俺がそうだなのだから!


「というわけで、今から特訓だ。このボイスを聴いて、反復してくれ」


俺は、スマホで動画を見せる。


「なになに、『ドSキャラボイス集』、こんなものが、インターネットの海にはありますのね……」


「あぁ、一個ずつ、俺に言ってってくれ」


「い、行きますわよ」


「あぁ、来てくれ」



「あらあら、尻尾振っちゃって、そんなに踏まれたいんですの?」


「ここにいるみんな、全員わたしの奴隷ですわ!」


「あ、あんたみたいな男、わたしと付き合うしか無いんだから!」



あぁ、耳が幸せ……


「どうだ? できそうか?」


「フフフフフ……なんだか、楽しくなってきましたわ……」


もしかすると、俺はパンドラの匣を開けてしまったのかもしれない……


突然、メイデンちゃんは何かを決心したように、クワッと顔を見開いた。


「今日は一晩中、凛樹さんをいじめてあげますわ♡」


「うわっ!」


メイデンちゃんはそう言うと、俺を押し倒してきた。


メイデンちゃんのやわらかな身体が、俺を包む。


なんという極楽——


そのまま俺は、メイデンちゃんに毒舌ボイスをささやかれながら、夜が明けるまで『昇天』し続けた——

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