第5話 初めての〇〇

「あいつ〜〜、全部もって行きやがったわね」


ペットボトルがグシャッとつぶれる。

千明は楽屋で、ライブの映像を見ながら叫んでいた。


「だいたい、なんであいつがステージに立ててるのよ! おかしくない?」


怒る千明を怖れて、グループのメンバーは皆、たじろいでいた。


そんな中、一人だけ千明のもとへ駆け寄るメンバーがいた。


「そうですよね、なんであんな飛び入りで参加できたんでしょう。わたしが注意しておきます」


「ありがとう、夏穂。頼れるのはあなただけだわ」




「どうでしたか? 凛樹さん」


ステージから降りてきたメイデンちゃんが真っ先に駆け寄ってくる。


「あぁ、すごかった! やっぱりメイデンちゃんは天才なんだなぁ」


「そんなことないですわ♡ 凛樹さんが見てくださっていたおかげですわ♡」


あぁ、メイデンちゃんは俺のためにライブをしてくれたんだ。

きっと、千明に俺が見惚れていたから、見返してやりたかったんだろう。


そうやってヤキモチを焼く所もかわいい♡



「ちょっとあんた! 何ステージに勝手に上がってるのよ!」


急に怒声が聞こえてきたと思ったら、俺とメイデンちゃんとの間に、一人の少女がズカズカと割り込んできた。


誰だろう、この女の子。


「な、なんですのあなた。わたくしは凛樹さんとお話しているのですわ」


「だから、なんで飛び入りで、あんたがライブしてるのかって聞いてるの」


あ、よく見たらさっき千明が着ていた衣装と同じものだ。

同じグループのメンバーだったのか。


そういえば千明と一緒に踊っていた気もする。


「君、千明と同じグループの子だよな」


そう言って俺は彼女の肩を掴む。


「ちょっと、触らないで……って、な、あ、あんたは、千明さんのクラスメイトの!」


「ん、俺のこと知ってるのか」


少なくとも俺は、前の世界線でも彼女と知り合いではなかったはずだ。


「千明さんをたぶらかしていたかと思えば、この女を刺客として送り込むなんて、わたしをどこまで邪魔するつもりなの……」


なるほど。

彼女は千明のグループのメンバーでもあり、ファンでもあるというわけか。


「飛び入り参加させたのは悪かったよ。でも、この人がいいっていうからさ」


そう言って俺は、堺社長の名刺を見せる。


「こ、これは社長の……」


「そう。その社長に免じて今回は許してくれよ」


「ふ、ふん。社長が許しても、わたしは許しませんからね!」


よく見ると、この子も千明と同じグループのアイドルなだけあって、めっちゃかわいい。


千明はボーイッシュな元気さが魅力だが、この子は小動物みたいなロリっぽいかわいさだ。


配られたパンフレットを見ると、顔写真とともに『白石夏穂』とあるのが見えた。


「君は夏穂ちゃんっていうのか」


「な、なんでわたしの名前を! さては、ストーカー……?」


「いやいや、これに書いてあるし。というか、どっちかというと君の方が俺のことをストーキングしてなかい!?」



夏穂ちゃんと話していたら、メイデンちゃんが俺の腕を掴んで強引に引っ張ってきた。


「凛樹さん! そんな女、放っておいて、行きましょう!」


どうやらメイデンちゃんは、俺がこの子と話していることが気に食わなかったらしい。


「ゴメンゴメン。でも、あの子が怒ってるのも、メイデンちゃんのライブが最高すぎたからだよ」


「フフン、当然ですわ! 凛樹さんが見てるんですもの♡」


よかった、メイデンちゃんの機嫌は直ったみたいだ(チョロい!)。


「夏穂ちゃん、千明によろしくな〜」


「もうあなたとは会いたくありません!」


夏穂ちゃんはプイッとそっぽを向いてしまった。


そして俺は、メイデンちゃんに強引に引きづられ、ライブ会場を後にするのだった。



「わたし、ライブをしない方がよかったでしょうか……」


帰り道を歩いていると、メイデンちゃんが、さっきと打って変わって、神妙な面持ちで尋ねる。


「そんなことないよ。俺はメイデンちゃんのライブが見られて、最高だったよ」


これは嘘偽りない気持ちだ。

メイデンちゃんのことは独り占めしたかったけど、俺だけのために歌ってくれるメイデンちゃんのライブを見るのは、最高に気持ちが良かった。


「良かったですわ。これからも、凛樹さんのためならなんでもしますわ」


そう言うと、メイデンちゃんは俺に抱きついてきた。


「本当に、なんでも、ですのよ……?」


やばい、ドキドキする。

夢にまで見たアイドルが、俺に抱きついてる。


我慢できなくなった俺は、メイデンちゃんの身体をぐっと引き寄せ、そのままくちびるを奪った。



——皆が熱狂していたステージの上に立つメイデンちゃんは、今は俺だけのものだ。


そう思うと、身体が熱くなって、メイデンちゃんと一つになれた気がした。


メイデンちゃんと見つめ合うと、彼女の顔は、トロンとした女の顔になっていた。


「ふふっ、初めてのキス、奪われちゃいましたわ……♡」


この、独占欲が満たされた快感を、俺は一生忘れないだろう——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る