第4話 天才アイドル、メイデン

——ライブハウス


ライブハウスに着くと、他の客が一斉にこちらを見てきた。


「おい、あんなかわいい子、今日のライブのメンバーでいたっけ?」


「新入りかな?」


「どこで出るんだろう」



みんな、メイデンちゃんを一目見ただけで、その魅力に気づいてしまったらしい。


しかし!


メイデンちゃんは、この世界線ではアイドルではない。


俺が独り占めできる存在なのだ!


「アイドルのライブなんて、初めて来ましたわ」


「ハハ、お、俺もそんなにアイドル好きじゃないんだけど、千明が来いって言うから、仕方なくさ」


なんて言って、本当は千明のライブが見てみたかったんだけどね。


ライブハウスは既にほぼ満員だった。


俺にチケットをくれたもんだから、てっきり人気がないと思っていたけど、千明もなかなかやるな。


でも、なんで誘ってくれたんだろう?

俺に見て欲しかったから?


まさかね。


「みんな、メイデンちゃんのこと見てるね」


「そうですわね……わたしは凛樹さんに見ていただければそれで良いのに……」


くぅ〜〜!

あのメイデンちゃんがこんなこと言ってくれるなんて。

でも、アイドルライブはそんなに好きじゃなさそうだし、ちょっと罪悪感あるかも。


ま、せっかく来たんだし、今は楽しもう。


千明が所属するグループのライブは、なんとトリだった。


意外と人気あるんだな、千明たち。


ライブの順番が近づくごとに、だんだん会場のボルテージは上がっていった。


メイデンちゃんも、次第にノッてきていたようだった。


「この曲知ってますわ! 前にアニメで流れてましたわ」


「このグループはダンスがキレキレですわね!」


よかった、メイデンちゃんも楽しんでくれているみたいだ。



そして、千明の出番がやってきた。


なんと、千明はセンターだった。


一斉に盛り上がる会場。



「わたしたちが最高のアイドルだって、今日この場で、証明してみせるわ!」


『イェー!』



声と共に曲が流れ出す。


歌い、踊る千明。


ステージ上で、ふと目が合った。

隣のメイデンちゃんにも気づいたかもしれない。


次でラストだ。

千明がこんなことを言った。


「みんな、今日は来てくれてありがとう。他の女の子なんて目に入らないくらい、わたしたちに夢中になってくれたわよね?♡」


『ヒューヒュー』


『お前が一番!』


あれ、千明いま、俺のこと見てなかったか?


「じゃ、ラスト行くわよ!」



最後の曲が終わって、俺は完全に魅了されていた。


学校で見ていた千明からは想像もつかないほどのライブパフォーマンスだった。


そこには、地下アイドルとはいえ、プロのアイドルとしての千明がいた。



「すごかったな! 千明たち……」


「そうですわね……」


メイデンちゃんは怪訝な顔をしていた。


やっぱり、千明のライブを見せたのはまずかっただろうか。


「だ、大丈夫? メイデンちゃん」


「……」


なかなか返事が来ない。


「……メイ」


「わたしも、あそこに立ちたいですわ」


「へ?」


今、メイデンちゃんは何を?


「わたしも、あそこに立って歌いたいですわ」


「そんな、飛び入りで歌うなんて、無理だよ」


それに、この世界線ではメイデンちゃんを俺が独り占めしたいんだ!



「いいんじゃないか?」


隣りにいたスーツの男性が話しかけてきた。


「え、いい、と言われても」


「いいからさ、俺がなんとかするから。いっちょやってきてよ、お嬢さん」


「だそうですわ! いいですわよね、凛樹さん!」


「お、おう……」


勢いに押されて許可してしまった。


ステージに立つと、どよめきが起きた。


「あれ、さっきので最後だったんじゃ?」


「サプライズ? めっちゃかわいいじゃん」


「あ、あの子客席にいた子じゃん」



あ、やべ。


メイデンちゃん、さっき買ってあげたハイヒールのままじゃん。


本人は気がついていないみたいだ。


しかし、メイデンちゃんは、構いもせず、始めてしまった。


「さっきの曲を流してください!」


イントロが流れ、歌い始めるメイデンちゃん。


あぁ、前の世界線でのライブを思い出す。

この歌声に、俺はやられたんだ。

もう一度見ることができるだなんて……


そして、ダンスを始めるメイデンちゃん。


完コピだった。


千明がさっき踊っていたダンスを、一目見ただけで完コピしてしまったのだ。


それに、メイデンちゃんは千明たちと違い、ハイヒールだ。


「「天才だ……」」


隣りにいたスーツの男性と俺は、同時につぶやいた。


目を見合わせる俺たち。


「あの子、すごいね」


「ふふん。えぇ、そうでしょう。でも、あの子はアイドルにしませんよ」


「ははは、そうか。まぁ、いいだろう。とりあえずこれを、君に渡しておくよ」


男が渡してきたのは名刺だった。


なになに、『サカイプロダクション社長 堺……』


社長!?

しかもサカイプロダクションって、あの超有名アイドルが何人も所属している、サカプロのことか!?


「あ、あんた、どうして俺なんかに」


「——どうして、って、あの子は君のために、あのステージに立ったんだろう?」


ニヤリと笑う堺。


「そ、そんなこと言われたって……お、俺はあいつを、アイドルにはしないからな!」


「ま、いいさ。気が向いたら連絡してきてくれ」


バーイと言って、一足早く堺は、会場を後にした。



ステージの上ではちょうどメイデンちゃんがライブを終えたところだった。


会場は、今日一番の盛り上がりを見せていた——

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