第2話 千明

「さっきの女性、誰なのでしょう?」

メイデンちゃんが尋ねる。


「あ〜、え〜っと……たしか」

この世界線での俺にとってはあいつは幼馴染だが、元の世界線だと、既に15年は会っていない人なので、思い出すのが大変だ。


「あいつは千明。同級生だよ」


「同級生……」

メイデンちゃんは興味なさげにつぶやく。


「それで、凛樹さんとのご関係は!?」


食い気味に聞いてくるメイデンちゃん。

ヘタなことをいうとぶちのめされそう……


ま、それも楽しそうだけど♡


とは言っても、あいつとの、この世界線での関係がわからない。


たしかに俺と千明は小学校の頃からの幼馴染だったが、だからといって、仲が良いわけでも悪いわけでもなかった。

それに、千明はこの頃になると、なぜか高校にもあまり来なくなっていた。

高校卒業後、どうなったのかは知らないが、俺の耳に活躍が届くほどの人気はなかったと思う。


ただただ、当時から友達としての存在だったから、俺とあいつとの関係はたいしたものではなかった。


でもなぜか、この世界線の千明は、さっきみたいに突っかかってきたのだ。


なんでだろう?


「う〜ん、ただの友だちだよ。あいつは」


「そうですのね。なら良かったですわ♡」


メイデンちゃんがチョロくて良かった!


「とりあえずここでお別れですわね。また放課後お迎えに参りますわ!」


「おう、またな」


メイデンちゃんは1年生で、俺は3年生なので、当然学校の中では一緒にいられない。



教室に着くと、千明がムスッとした顔で、ほおづえをついて座っていた。

千明と、この世界線でどういう関係性かわからないのもやりづらいし、話しかけてみるか。


「おう、おはよう。な、なにムスッとしてるんだよ千明。さっきのは言葉のあや、というか……さ」


「知ってるわよ。だってあんた、わたしに告白したものね」


へ?


何やってるんだこの世界線のオレ!


千明に告白?


そんな! メイデンちゃんがいるというのにどうして!


しかし、ひとまずここは、千明の機嫌を落ち着かせるのが先だ。


「お、おう。そうだ! だ、だからさ、俺とメイデンちゃんには何も関係がないというか」


「妹みたいなやつ、っていうんでしょ? もう聞き飽きたわよ」


あ、そういうことだったのか。


この世界線の俺にとっては、メイデンちゃんは妹みたいな存在で、恋愛対象ではなかったんだ。


しかし、そんな俺に、10年以上もの間メイデンちゃん推しをしていた未来の「俺」が、のりうつってしまったというわけか……。前の俺、スマン。


「そうそう、メイデンちゃんは妹みたいなヤツなんだ」


「わかったから。いいわよ。はい、これ」


「ん? なんだ、これ」

渡されたのは、チケットだった。


「何って、今度のライブのチケット」


なになに、アイドルライブ@某ライブハウス……?


「千明ってアイドルオタクだったっけ?」


「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってんのよ。わたしが出るに決まってるでしょう!」


そうか!

俺は理解した。


千明が前の世界線で高校にあまり来なくなっていたのは、地下アイドル活動に熱心だったからなんだ。


「おぉ、すごいな! 見に行くよ」


「ふん、せっかくだから、あんたの冴えないオタク友達でも誘いなさいよ」


「おう、ありがとう!」


「まったく、どうしてこんな冴えないやつが、あんなかわいい子になつかれ……」


「ん? なにか言ったか?」


「なんでも。チケット余らせたら承知しないわよ! 動員目標切ると、ヤバいんだから」


「わかったわかった」


思いがけない発見ができた。


まず、俺が千明に告白していたこと。

そして、千明が地下アイドルをしているらしいこと。

俺に客を集めて来いというくらいだから、そんなに人気ではないのだろう。


なにはともあれ、千明はそこまで怒ってなさそうで安心だ。

誰をライブに誘おうかな——



そんな一部始終を、教室のドア越しに覗いていた少女がいたことに、俺はこのとき気が付かなかった。


「千明さん……なんであんなヤツと一緒に……」

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