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 最初の俺の攻撃に、小細工は何もなかった。ただまっすぐに黒鎧男に突っ込んで行って斬りつける、それだけだった。


 もちろん、小細工は何もないにしても、手を抜いたわけではなかった。俺としては、目の前の黒鎧男をすぐに倒して、他の連中の加勢にまわるつもりだったのだ。手を抜く理由なんてなにもない。


 だが、そんな俺の最初の一撃は、黒鎧男の体に命中することはなかった。なんと、やつときたら、この俺の剣をひらりとかわしやがったのだ。


 しかも、かわしたと同時にすぐに体勢を立て直して反撃してきやがった。


「ちっ!」


 むろん、そんなヘナチョコ反撃をよけられない俺ではなかったが、相手の予想以上の速さと反応速度に思わず舌打ちしてしまった。速さだけでも、俺やヒューヴに匹敵するくらいはありそうだ。


 しかも、改めて距離をとって向かい合った後、


「さすが勇者アルドレイ様。今の一撃をこうもやすやすかわすとは」


 とかなんとか言ってきやがった。それはこっちのセリフだ、クソ野郎。


「そっちこそ、なかなかの動きじゃねえか。さすが俺の対抗馬として出してきただけのことはあるぜ」


 と、俺も余裕ぶって相手を褒めるようなことを言ってみたが、心の中ではやつに中指を立てていた。か、勘違いしないでよね! 今のは別に全然本気じゃなかったんだからねっ!


「そうですね。この体はまさに、あなた様の相手をするのにふさわしいと言えるでしょう」

「へえ、ご自慢のお人形ってわけか」


 と、俺はそこでふと疑問に思った。ここには何百年も前に死んだ邪悪な呪術師のジジイがいる。このことからして、俺の目の前にいる黒鎧男も、さっきここに呼び出された連中もすべて、元は生きた人間だったんだろう。おそらく、死んでからラファディとかいう男に体を取られたんだ。


 ただ、それにしちゃ、ここにいる連中は生きた人間と顔色が変わらないし、不死族って雰囲気でもないな? ということはつまり……ええと……?


「勇者アルドレイ様、彼らは死体であって死体ではないのですよ」


 と、そこで黒鎧男が俺の胸中の疑問を見透かしたように言った。


「彼らは確かに、元は死者です。ですが、その体は私の錬金術により再構成されたものなのであり、その能力や性質はほぼ生きていたころのままなのですよ」

「つまり、死体をベースに錬金術で魔改造された連中ってことか」


 防腐剤とかたっぷりしみ込んでそうだなあ。


「そして、私が今あやつっているこの体もまたしかり。彼は非常に強大な力を持つ戦士でした。しかし、不幸にもその全盛期に命を落としてしまった」

「不幸にも、か」


 その不幸って、ほぼほぼラファディって男のせいじゃないのかなって。


「まあいい。どんな来歴があろうと、敵として目の前にいる以上、倒すだけだぜ!」


 俺はふたたびゴミ魔剣を握りしめ黒鎧男に迫った。うおおお、今度こそ、倒す!


 だが、そんな俺の気合の攻撃はまたしても外れ続けた。黒鎧男のやつ、素早いだけではなく、まるで俺の攻撃を完全に見切っているような動きだった。


「な、なかなかやるな……」


 はあはあ。額ににじむ汗をぬぐいながら、また強がってこう言っちゃう俺だった。いったいどうなってんのよ、この鎧の人。この俺の攻撃がまったく当たらないなんて。マジで中の人、超つよキャラか。


「ふふ、勇者様、威勢がいいのは口だけのようですね。では、今度はこちらか行きますよ!」


 と、その言葉通り、今度は黒鎧男のほうから俺に斬りかかってきた!


「うわっ!」


 それは俺が今まで体験したことがないくらいの、鋭い一撃だった。とっさに身をひねってかわしたが、間髪を入れず横から二撃目が飛んできた。少しの無駄もない、洗練された剣さばきだった。


 まあ、相手がこの俺なわけで、そんな攻撃当たるわけないんだが……ないんだが? この黒鎧男、スピードだけではなくパワーも相当ありそうだった。もしかしてこいつ、俺と同じくらい強い?


 いやでも、こいつってせいぜい数百年くらい前のやつだろ? 俺ってば、自分でも千年に一人のハシカン的な逸材だと思ってるわけで、たかが数百年程度さかのぼったくらいで、俺と同じ強さのやつが発掘できるかよって話なんだが? なんせ千年に一度の人材ですよ!


 それに、こうやって黒鎧男と対峙していると得も言われぬ不気味さを感じるのだった。単に相手が強いってだけじゃない。なにかこう、生理的に受け付けないような感じ? そう、これはまるで……一か月前のリュクサンドールと戦ったときみたいな……。


「勇者様、なにを呆然としているのですか? まだ戦いは終わってないのですよ!」


 と、やつはまたしても俺に攻撃してきた。


 しかし、今度の攻撃は剣を使っての直接攻撃ではなかった。なんとやつは、離れたところから剣を振り、そこから真空の刃を飛ばしてきたのだった。


「な――」


 その見覚えのありすぎる攻撃に俺は度肝を抜かれた。それってば、俺の数少ない技の一つじゃんよ!


 そういえば、やつは最初にこう言ってたな。この黒鎧男の中の人には、魂が入ってないって。


 ってことはだな……。


「なあ、一つ聞きたいんだが……その鎧の中の人が死んだのって、何年くらい前なの?」

「今から十五年ほど前になりますね」

「なん……だとう!」


 思った以上に新しい! じゃなくて、今から十五年前に死んだ、俺と同じレベルの強さのやつって、一人しかいないじゃんよ!


「それ……俺かよ!」

「はい、勇者アルドレイ様の体を使わせていただいております」


 黒鎧男はそう言うと、兜を脱いだ。そこから現れたのは、まさに昔の俺の顔だった。

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