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「勇者様、落ち着いて。彼らはあれでいいのよ」


 と、そこで変態女が俺に言った。


「暗黒術師ロス・メロウといえば、半ば伝説と化している悪名高い呪術師なの。その力も強大で、一説によると、呪術の研究のためだけに、当時存在していたディヴァインクラスのレジェンド・モンスターの一体をたった一人で倒したとも言われているわ」

「へえ、あのジジイ、ガチでやべーやつなのか。見た目はだたのよぼよぼのジジイなんだがなあ」


 人は見かけによらねえなあ。


「そして、そのロス・メロウが今や戦いのことを忘れてサンディーとの話に夢中になっているわ。つまり、サンディーはああして、ロス・メロウを引きつけ無力化しているとも言えるはずよ」

「……確かにあのジジイ、ああいうふうに話をしている間は攻撃してきそうにないな?」


 俺は改めて、和気あいあいと話に花を咲かせている呪術師二人を見てみた。どちらも、もはや周りのことなどどうでもいい様子だ。やはりオタクというものは、専門分野の話となると他のことは何も見えなくなるのか。一か月前、俺と対決したときも、呪術の話を振ると戦いはそっちのけでペラペラ語り始めたからなあ。


「彼らの戦いはある意味もう始まっているのよ。そっとしておきましょう」

「……そうだな」


 考えてみりゃ、あいつの術は強力だがはた迷惑なものばっかりだし、ああして敵の一体(かなり強い?)を引きつけてもらっておくのがベストか。今まで魔力電池としてはそこそこ使えたしな。


「というわけで、あいつらのことは気にせず行こうぜ! クソ錬金術師さんよぉ!」

「では、最後の一人の紹介と行きましょう」


 と、やつも空気を読み、五番目の棺を開けた。


 中から出てきたのは、黒い鎧に身を包んだ謎の男だった。剣を携えており、顔も何も見えない。FE蒼炎なら民家から唐突に出てきそうな漆黒ぶりだ。


「彼こそは、勇者アルドレイ様のお相手にふさわしい、歴戦の猛者と言えるでしょう」


 と、そんな言葉は聞こえるものの、黒鎧男は無言で立ち尽くしているだけだった。他の奴らと違って自己紹介しないのかよ。コミュ障かよ。


「で、こいつはなんて名前なんだ?」

「名はありません。彼にはふさわしい魂が入っていないのですから」

「こいつ、抜け殻なのかよ」


 なんでそんなの引っ張り出してきた。


「本当に申し訳ない話です、勇者アルドレイ様。私もあなた様にふさわしい相手をご用意したかったのですが、なにせ、あなた様は相当にお強い。その強さに対抗しうる英霊アインヘリアルなど、やすやすと見つかるはずもなく。それで、このような不完全な形に……ですが、ご安心ください、勇者アルドレイ様」


 と、やつが言った直後だった。黒鎧男の兜の奥の目が赤く光った。そして、それと同時に、黒鎧男の周りの地面から光る水のようなものが集まってきて、黒鎧男の足元にどんどん吸い込まれて行った。これはいったい?


 やがて、再び声がした。今度は黒鎧男の口からだった。


「この彼の欠けた魂は、この私で補うことにしましょう。この状態ならば、たとえ相手があなた様であろうと、とてもよい戦いが期待できるはずですよ」


 なるほど、今のでラファディというやつは、黒鎧男に乗り移ったらしい。


「はっ、結局お前も戦うのかよ。後で殴る手間が省けて助かるぜ」


 と言ったものの、仮にこの黒鎧男を倒したところで、中身のラファディという男に致命傷を与えられるとはとうてい思えなかった。本体の水とやらが全部そこに入ったわけじゃないだろうしな。


 ただ、こうしてご丁寧に人数分相手を用意された以上、ここは戦うしかなさそうだった。その後のことはそれから考えるしかないか。


「というわけで、お前ら、ちゃっちゃと目の前のザコ集団片づけるぜ!」


 俺は他のみんなに声をかけると、ゴミ魔剣を握りしめ、前に飛び出した。

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